第73話 養老ダンジョン新人教導任務④
「ちょ、ちょっと待ってください。モンスターって今どのくらい見つかっているのですか?」
「うちらが見た資料だと精々10種類とかその辺でした」
「あー…多分それは権限の問題かな。実は正規の調査員でもそうなんだが、階層や踏破階層によって閲覧資料に制限があるんだよ」
現在制限が無い人はごくわずかで、稲守、滑川の上野を筆頭に、10名程しかおらず、ダンジョン庁内部では密かに等級付けされている。
稲守は制限無しの1級、その下に2級から10級まで存在する。
笹山と高須は正規とはいえ、実績が無いため、閲覧できる内容が少ないのだ。
「ま、その内増えると思うから、コツコツ見るしかないね」
「でも、それじゃあ調査する意欲とか無くなるんじゃ?何が危険かもわかりません」
「うちもそう思うかな。せめて何がいるかは知りたい」
「難しいところだねぇ。むしろ気になって無謀にも進み過ぎる人だっているから。実際過去に自分の力を過信してワーウルフに挑もうと飯岡ダンジョンを進んだ人がいたんだが、手前の草原エリアにいるゴブリンにやられてね。それが原因かもしれないね」
これは他の国でも言えるのだが、自分の能力を客観的に評価するというのは難しい。
だから過信する人はどうしてもでてくるし、自分の力を試したい人もいるのだ。
雑談しながら歩いていると、嫌な気配と臭いを感じた稲守は、先ほど決めた合図を出して、「制振膜」を行使する。
二人も稲守に倣って同じ様に魔法を行使、声では情報が伝えられないので、端末に文字を打ち込み、何があったのかを伝える。
(モンスター、木に上り待機、周囲警戒)
3人は身体強化しつつ、ひと際大きな太い幹の木の上に飛び上り、周囲を見渡す。
稲守が静止の合図を出したまま約2分が経過した頃、大きなモンスターが近づいてくるのが見えたので、指をさして2人の視線を誘導する。
全長3m程の巨体でノシノシと歩くその生物は、見た目は熊だが体毛は明るい茶色、山吹色と言うべきか、森にはそぐわない色をした生き物が、稲守達がいる真下を通る。
熊は3人が見ていたキノコをスンスンと嗅ぎ、一口でバクリと食べると、次のキノコは無いかと首をもたげ周囲を見渡してから移動し始めるが、動き出した瞬間、突如3方向から影が3つ、熊へ飛び掛かった。
「ンギャー!!!!」
「ギャギャギャ!」
「ギャッハー!!!」
先端に黒い石が付けられた斧の様なものを持ったゴブリンだった。
3頭は一斉に熊に襲い掛かり、手斧を降りおろす。
「ガアアーーーー!」
完全に奇襲に成功したかと思いきや、熊は体を回転させつつ、腕を振り回す。
「「「ンギャ!?」」」
吹き飛ばされるゴブリン達。
その瞬間、熊の死角、右側後方から熊の横っ腹めがけ、赤い影が長い獲物を脇腹に突き刺す。
「グルァ!?」
出てきたのは緑色ではなく、体色が赤いゴブリンだった。
隙をついた槍による背後の一撃を食らわせた赤いゴブリンは、直ぐに槍を離し熊の攻撃範囲から離脱、腰にある大きな手斧を構える。
「ギャギャンギャ!ギャン!」
手斧を熊に向け、何か喋ったと思うと、3頭いたゴブリンは草むらに飛び込み姿を消した。
「グルアアアアアアアアアアアアアアア!」
熊は警戒しつつ、威嚇の咆哮、魔力を放出しているのか、木々や草木が揺れ、稲守達の肌がびりびりとした感覚に襲われた。
「ンギャアアア!!!」
その咆哮にひるまず、赤いゴブリンが声を出しながら熊の周りを旋回する様に駆け出す。
草木を交わしつつ、木を盾にして動き回りながら熊の隙を伺っているようだ。
一方熊は、先ほど姿を隠したゴブリン達の事が気になり動けない上、腹に槍が刺さっているので行動が制限されている。うかつに動くと隠れたゴブリンに奇襲もされるため正直詰みだ。
そして
ヒュッ、ベチャ。
熊の顔に何かが投げつけられた。
「グルァ!?」
何かの木の実なのか、黄色い液体が顔全体に付着してしまう。
一つ、二つと続けて投げつけられ、臭いのか、液体が嫌なのか熊は地面に顔をこすりつけ液体を拭おうとする。
しかし、その隙を見逃さなかった赤いゴブリンは、木を駆け上がり熊目掛けて地面を強く蹴り、手斧を大きく振りかぶりながら首めがけ落下と同時に降り下ろす。
ザシュッと音と共に血しぶきが舞い、首を切断した。
絶命する熊に勝ったと言わんばかりに咆哮を上げる。
「ンギャギャーーーーー!!!!!
「「「ギャッギャ!ギャッギャ!」」」
隠れていた3匹も出てきて、熊の周りで踊り始める。
「ンギャ!ギャギャ!」
赤いゴブリンは何かを指さし、3匹に指示する。
その後ゴブリン達はどこからか持ってきた太い木に。腰に巻いていた紐で熊を縛り付けて、担いで何処かへと去って行った。
それから5分程で、稲守は静止の合図を解き、魔法を解除する。
「さて、説明は後だ。急いでキャンプ地点へと移動する。場所はF6、あそこに見えるひと際大きな木があるだろう?あそこを目指す」
二人は頷き、移動する稲守の後をついていく。
制振膜は解き、纏風と身体強化を行使した3人は急ぎ目標地点へと急ぐ。
先ほどと同じ様に稲守の合図と共に木の上に待機したりと、調査もせずに1時間程歩いた頃、目標地点まではさらに1時間はかかるが、疲労が見えてきた二人に気付く。
(さすがにきついか、体力よりかは精神的な部分か)
胸元のポケットから1枚の紙を取り出し、内容を確認する。
(F6は遠いが、D5なら…)
予定を変更し、稲守は二人を連れて地図のD5地点へと向かった。
二人は先ほど見た光景に対する恐怖と疲労で頭一杯で、稲守に着いて行くだけでやっとのようだ。
「もうすぐで仮拠点だ。頑張れよ」
それから数分程で、F6よりは小さいが、そこそこ大きな木に到着した一行。
「上に登るよ。辛いだろうけど頑張って」
明らかに人工物であるロープを辿って登った先には、大人二人が寝転がれる程度の手作り感満載のツリーハウスがあった。
先に登った稲守が二人の腕を掴みなんとかツリーハウスに入る。
「魔法を解いてもいいよ。ちょっと休憩と説明をしよう」
「「は、はい…」」
二人は鞄から水分補給用のゼリーを取り出し、一気に飲み干す。
稲守も同じ様にゼリーを飲み、二人が落ち着くのを待つ。
「はー…稲守さん、さっきのはなんなんです?」
「てかあのゴブリン強くない?勝てる自信が無いんだけど」
落ち着いたのか一斉に喋り出す二人。
「まぁ説明するとね」
この1層は、ヤマブキイロベアーを代表とした大型のモンスターと、ウルフの群れ、そして先程のゴブリン小隊が縄張り争いをしている事、そして、森の中ではゴブリン小隊が頭一つ抜けている事を話した。
「特にゴブリン小隊は危険だよ。彼らは連携するし、強い赤いゴブリン、レッドゴブリンが注意を引きつけるのと盾役を担っているんだ。こちらが1人の場合は、逃げに徹するのをお勧めするよ」
「もう沢山ありすぎてわけわかんなくなってきた!」
「わたしもー…」
「ははは、まぁ、俺がいてよかったよ。もしかしたらあの熊が自分達だったかもしれないからね」
二人ははっとした表情でようやく気付く。
「森ってのは五感全てを使って周囲を感じ取らないと待っているのは死だ。だから君たちには今日から森での生き方を学んでもらう。調査もしつつね」
「「わかりました!」」
1,2時間程休憩し、二人も体調は万全だというので、本来の目的地であるF6地点へと歩き始める。
魔法は先ほどと同じ様に纏風だけを使って、身体強化は使わない。
木やキノコ、低木の葉を採取したり、食べられる木の実をおやつにしたりと、まるでただの森林探索のような状況が続く。
「ここらへんはウルフはいないけど、イロリスや、虫系のモンスターが結構多いんだ。だから木や、草花をよく観察して動かないといけない。ほら、この木、他の木とは少し違うだろう?」
稲守が歩きながら一つの木に近づくと、手を置き二人に見せる。
よく見るといままでの木とは木肌が違い、凹凸が大きいように見える。
「この木は虫系のモンスターが好きな樹液を出すんだ。この木が生えているという事は、ここからは虫系のモンスターの縄張りになる。地面は相変わらず枯れ葉の絨毯ではあるけど、青々として草や花が多くなってくるからよく注意するんだ」




