恥ずかしさに打ち勝て!
【ヒイロの部屋】
次の日の朝。
「……もう、仲良さそうに寝ちゃってますの!」
部屋に入ったサーシャは、ベッドの上で寄り添うように眠っているヒイロとカルーアを見て、思わず声を上げた。
昨日からカルーアの様子がおかしい。
いや、正確には、以前と比べてヒイロに対する態度が変わったと言うべきだろう。
以前のカルーアなら、姉妹の中でも特にしっかり者として振る舞い、ヒイロに甘えることも控えめだった。ところが最近は、ヒイロと一緒にいることを以前ほどためらわなくなっている。
昨夜も当然のように彼の隣で眠り、今もまるで離れたくないとでも言うように、ぴったりと寄り添っていた。
「……カルーア、そんなに怒るなよ……」
「……兄さん、いやらしく触らないで……」
「もう! 夢の中まで仲良くしないでほしいですの!」
どうやら二人は夢の中でも、何やら仲良く会話をしているらしい。
サーシャは頬を膨らませると、二人の肩を揺すった。
「兄さん! カルーア! 朝ですの! いつまで寝ているんですの!」
「ん……ああ、もう朝か」
ヒイロが目をこすりながら起き上がる。
その隣では、カルーアも眠そうに目を開けていた。
「……おはよう、サーシャ」
「おはようございます、ではありませんの! 二人とも、仲良く寝すぎですの!」
「何を言ってるんだ?」
「何でもありませんの!」
サーシャはぷいっと顔を背けた。
そんな彼女の態度に、ヒイロとカルーアは顔を見合わせる。
どうやら、朝からサーシャの機嫌を損ねてしまったらしい。
もっとも、二人にはその理由を深く考えるつもりはなかった。
朝食の時間も迫っている。
ヒイロたちは身支度を整えると、サーシャと一緒にリビングへ向かった。
【リビング】
「皆さん、あの……少し時間をいただけますか?」
リビングでは、アリスとミルが朝食の準備を手伝っていた。
テーブルを囲んで食事を始めようとしたところで、ミルが遠慮がちに手を挙げる。
「どうしたんだ、ミルくん?」
「実は、皆さんに相談したいことがあって……」
そう言うと、ミルは一度部屋を出ていった。
何だろうと顔を見合わせる一同。
やがて戻ってきたミルの姿を見て、サーシャの目が大きく見開かれた。
「まあ! すごく似合ってますの! どうしたんですの、それ♪」
そこにいたのは、セーラー服姿のミルだった。
普段の服装とはまるで違う、可愛らしい衣装。本人は落ち着かない様子で、裾を気にしながら皆の反応をうかがっている。
「あ、あの……明日からこの服でお店に立ってほしいと、グレイスさんに言われたんですけど……」
「遊ばれてるね」
カルーアが即座に言った。
「そうだな」
ヒイロも同意する。
二人には、グレイスが面白がってミルにこの服を着せようとしている姿が、容易に想像できた。
もっとも、衣装そのものはミルによく似合っている。
それは否定できなかった。
「ボク、どうしても嫌だって言ったんです。そしたら、『じゃあ多数決で決めましょう』って言われちゃいまして……」
「多数決?」
「はい。グレイスさんが賛成で、皆さん四人のうち三人が反対してくれたら、この服を着ないで済むんですけど……どうでしょうか?」
ミルは期待を込めた目で一同を見渡した。
どうやら、グレイスは最初からこの状況を想定していたらしい。
「ミルが嫌なら着なくていいんじゃないか?」
カルーアは率直に答えた。
「まあ、似合ってるとは思うけど、嫌なら断ればいいんじゃないか?」
ヒイロも同じ意見だった。
無理に嫌なことをさせる必要はない。店の売り上げが上がるからといって、本人の気持ちを無視するのは違うだろう。
しかし――。
「こんなに似合ってるんだから、着ないなんてもったいないですの❤︎」
サーシャは最初から反対する気など、まったくなかった。
「ええっ!?」
ミルが悲鳴を上げる。
「だって、本当に可愛いですの♪ お客さんだって、きっと喜びますの!」
「そ、そんなぁ……」
頼みの綱だったサーシャが、まさかの賛成派。
ミルが絶望しかけた、その時だった。
「アタシも、すごくいいと思うよぉ!」
アリスが笑顔で手を挙げた。
「その服で働くのはありだと思う。お客さんにも喜ばれるよぉ!」
「アリスさんまで!?」
これでアルバート家の四人は、賛成二人、反対二人。
意見は完全に真っ二つに割れてしまった。
そして、グレイスの賛成票を加えれば――。
「うわぁ! ボク、明日からこの服で働くことになっちゃったぁ!」
ミルは両手で顔を覆った。
こうなることを予想していたグレイスに、まんまとはめられてしまったのである。
もっとも、サメ焼き屋の繁盛を考えれば、グレイスの判断にも商売上の理由はあるのだろう。
だが、当のミルにとっては、素直に喜べる話ではなかった。
朝食を済ませた一同は、改めてテーブルを囲んで話し合いを始めた。
「しかし、ミルくんのおかげでサメ焼き屋があんなに繁盛していると、家にいてもらう時間が減ってしまうなぁ。となると、四人でクエストに出かけるのは難しいな……」
ヒイロは腕を組んで考え込んだ。
ミルが店で働くようになったことで、家の仕事を任せられる時間は減っている。
それ自体は喜ばしいことだ。店が繁盛すればグレイスたちも助かるし、ミル自身にとっても新しい経験になる。
しかし、ヒイロには鍛冶屋の仕事がある。
魔物の襲撃で破損した装備の修理依頼は、まだ大量に残っていた。
三姉妹と一緒にクエストへ出かけている間は、当然ながら鍛冶の作業を進められない。
このままでは、いつまで経っても仕事が片づかないのだ。
「ねえ、お兄ちゃん!」
その時、アリスが椅子から立ち上がった。
「アタシたち、強くなったから、お兄ちゃん抜きでクエストに行っても大丈夫だと思うのぉ」
「うーん……危険なエリアを避けていけば、何とかなるかもしれないね」
カルーアも考え込むように頷いた。
三人は、ヒイロと一緒に冒険を続ける中で、確実に成長している。
以前なら苦戦していた魔物にも対応できるようになったし、それぞれの得意分野も磨かれてきた。
いつまでもヒイロに頼りきりというわけにはいかない。
「お兄さまがご一緒してくださるのは嬉しいのですけど、それだと鍛冶屋のお仕事が進みませんよね?」
サーシャもヒイロの仕事を心配していた。
「兄さんから見て、わたしたちだけじゃ不安なのかい?」
カルーアが問いかけると、ヒイロは少し考えてから答えた。
「そうだなぁ……三人とも強くなっているのは間違いない。でも、それぞれに弱点があるんだ。せめてそこを克服しないと、危険だと思うんだ」
「弱点があるのぉ?」
アリスが首を傾げる。
自分たちが成長していることには自信があったが、弱点があると言われると、思い当たることがないらしい。
「今から俺が、それぞれの弱点を教えてあげるよ。それを克服できたら、俺抜きでクエストに行ってもいいぞ」
「やる! 絶対にやる! どんな訓練でも頑張るんだからぁ!」
アリスは迷うことなく答えた。
妹たちだけで冒険に出られるようになる。
それは、三姉妹にとって大きな一歩だ。
「そうか。じゃあ今から着替えて、ソードを持って中庭に来てくれ」
「え、着替えるの?」
アリスは不思議そうに首を傾げた。
訓練をするのだから、動きやすい服に着替えるのだろうか。
そう考えたアリスだったが、ヒイロはそれ以上の説明をしなかった。
【アルバート家の庭】
中庭に出ると、ヒイロは木剣ではなく、訓練用の刃を削ったソードを手にして待っていた。
アリスもソードを二本持ち、彼と向かい合う。
ただし、その格好は普段の訓練とは大きく違っていた。
「ね、ねえ、お兄ちゃん。どうしてアタシ、パジャマで戦わないといけないのかなぁ?」
アリスは、自分の服装を気にしながら尋ねた。
獣人族には、寝る時に裸で過ごす者も少なくない。
アリスもアルバート家で暮らし始めた頃は、そうした習慣に従って裸で寝ていた。
しかし、ある時カルーアから「さすがにそれは……」と指摘され、彼女の言いたいことを察したアリスは、サーシャが用意してくれたパジャマを着るようになったのだ。
もっとも、寝る時に下着まで着ける習慣はなかった。
アリスにとっては、パジャマを着て寝るようになっただけでも、共同生活に合わせた大きな変化だったのである。
「そこにアリスの弱点があるからだよ。とりあえず、普通に訓練を始めようか?」
「う、うん……」
理由は分からないが、ヒイロが必要だと言うのなら、やってみるしかない。
アリスは気持ちを切り替え、二本のソードを構えた。
「いくよ、お兄ちゃん!」
「ああ、来い!」
アリスが踏み込む。
二本の剣が連続して振るわれ、ヒイロの防御を揺さぶった。
以前と比べて、剣の扱いは格段に上達している。左右の剣を使い分ける動きにも迷いが少なくなり、攻めの勢いも増していた。
ヒイロは攻撃を受け流しながら、アリスの動きを観察する。
パジャマ姿であることを気にしていたアリスも、戦いに集中するうちに次第に慣れてきたようだった。
「えいっ! それっ!」
アリスの連撃が続く。
「くぅ! やるなアリス」
ヒイロは防戦に回りながらも、彼女の剣筋を確かめていた。
数分も経つ頃には、アリスはパジャマ姿で戦うことへの戸惑いを忘れ、ヒイロを押し始めていた。
「おお、なかなかやるじゃないか」
「えへへ! この調子なら、お兄ちゃんにも勝てちゃうかも!」
アリスは得意げに笑う。
その様子を見ていたヒイロは、頃合いだと判断した。
「サーシャ。水魔法でアリスの服を濡らしてくれ」
「えっ!? いいんですの? やります、やらせてほしいですの♪」
サーシャの目が輝いた。
姉に水魔法を使っていいという、またとない機会である。
彼女は嬉々として魔力を練り上げると、アリスに向かって水魔法を放った。
「えっ、ちょっ――きゃーっ! 冷たいよぉ!」
水がアリスのパジャマに降り注いだ。
「サーシャぁ! いきなり何するのぉ!」
「ヒイロお兄さまのご指示ですの♪」
「そうだけどぉ!」
アリスは抗議しながら、自分の服を見下ろした。
水を吸った薄いパジャマが肌に張りつき、普段とは違う感触が伝わってくる。
その瞬間、アリスはようやく自分の置かれた状況を理解した。
「あ!? 姉さん、パジャマが濡れちゃってるけど……下着、着けてなかったの?」
「えっ!?」
サーシャの言葉に、アリスは自分の服を見直す。
そして、顔がみるみる赤くなった。
「あ、あああっ! 見ないでぇ!」
アリスは慌てて身体を隠そうとする。
さっきまで勢いよく振るっていた二本のソードは、いつの間にか構えが崩れていた。
ヒイロを押していた時の勢いは、完全に消えている。
「そこだぞ、アリス!」
動きが鈍くなったアリスに、容赦なく攻め込むヒイロ。
恥ずかしさに意識を奪われたアリスは、目の前の相手と戦うことすら忘れかけていた。
その様子を見つめながら、ヒイロは静かに彼女の反応を確かめていた。
続く。




