可愛い変化
【アルバート家】
エルドラ山脈からアルバート家へ戻ってきた頃には、外はすっかり暗くなっていた。
「お帰りなさい♪」
玄関を開けると、ミルが笑顔で出迎えてくれた。
「すぐに飲み物とお菓子なら用意できますから、少し待ってくださいね♪ 皆さんがそれらを食べている間に、作っておいた晩ご飯を温め直しますから」
事前にミルへ伝えていた帰宅時間と、ほぼ同じ時刻に戻ることができた。
そのため、ミルのおかげで帰宅後もスムーズに食事を取ることができる。
「ありがとうな。助かるぞ」
「帰ったら晩ご飯が用意されているというのは、すごく助かりますの♪」
サーシャも嬉しそうに笑った。
今までなら、冒険から帰ってきた後もサーシャが晩ご飯を作ることが多かった。
しかし、ミルが事前に料理を作っておいてくれたおかげで、今日はサーシャも家事をせず、ゆっくり食事を楽しむことができる。
「やっぱりミルくんがいてくれると助かるねぇ♪」
アリスもニコニコと笑っていた。
それから一時間ほど経った頃。
四人は今回の冒険について振り返り、これからの予定について話し合っていた。
「明日は馬車を使って、商業ギルドに出来上がっている十三個の武器と防具を持って行こう」
ヒイロが話をまとめる。
「今日取ってきた鉱石で残りの十二個を作ってもまだ余るからな。とりあえず、しばらくは鉱石を取りに行かなくてもいいだろう」
「よかったね、お兄ちゃん♪」
アリスも満足そうに頷いた。
すると、サーシャが立ち上がった。
「お兄様もお疲れでしょうし、昨夜はアリスお姉様がお兄様と一緒に過ごされましたから、今夜はサーシャがお兄様のお相手をいたしますね♪」
いつものように、サーシャが積極的に立候補する。
しかし――。
「何言ってんのさ、サーシャ」
珍しくカルーアが口を挟んだ。
「昨日がお姉さんだったなら、今日は私の番じゃないか」
「「え?」」
ヒイロとサーシャの声が重なった。
カルーアが自分からそんなことを言い出すとは、二人とも思っていなかったのだ。
これまでのカルーアは、ヒイロに好意を抱いていながらも、恥ずかしさから一歩引いていることが多かった。
サーシャが積極的にヒイロへ迫っていても、それを止めようとはしなかった。
「どうしたんですの、カルーアお姉様? 急に……」
サーシャが戸惑う。
するとカルーアは、ヒイロにしがみついた。
「急でも何でもないよ。今夜のヒイロの面倒は、私が見るんだからね!」
「カルーア……?」
ヒイロまで驚いた顔をする。
「今夜はカルーアお姉さまが、お兄さまと一緒に寝られるのですね……」
サーシャは少し考えると、にっこり笑った。
「それでしたら、お風呂はサーシャがご一緒しますの♪」
「だ~か~ら!」
カルーアの顔が一気に赤くなる。
「今夜は私が一緒だって言ってるだろう!」
「え?」
ヒイロが驚く。
「か、カルーアお姉さまがお風呂までご一緒されるんですの?」
サーシャも戸惑った。
「もちろんだよ///」
カルーアは真っ赤になりながらも、はっきりと言い切る。
「きょ、今日は私の番なんじゃからね!」
少しろれつが回っていなかった。
それでもカルーアは、もう引かなかった。
エルドラ山脈で、ヒイロは自分を守るために傷だらけになった。
あの時、自分を閉じ込めていた心の檻は崩れた。
そして今。
カルーアは、自分の気持ちを隠さず、ヒイロの隣に立とうとしていた。
「分かった。じゃあ今日はカルーアと一緒だな///」
「う、うん……!」
カルーアは嬉しそうに頷いた。
その頬は真っ赤だった。
「ちょっと兄さん!ジロジロ見てこないでよ!」
「いや、そのなんだ……」
風呂場からは二人の声が漏れていた。
【その日の就寝】
「ちょっと兄さん///」
ベッドに入ったカルーアが、隣で横になるヒイロを見て慌てる。
「そんなにど真ん中で寝られたら、ふ、ふ、触れちゃうだろ?」
「そ、そうか?」
ヒイロが少し身体をずらす。
それだけで、カルーアの心臓が大きく跳ねた。
自分から一緒にいると言ったくせに。
いざ隣にいると、ほんの少し身体が触れるだけでも、ヒイロの存在を強く意識してしまう。
「……もう、兄さんのせいだからね」
カルーアは小さく呟いた。
それでも――。
「ほ、ほら、もう寝るんだよ///」
「お、おう……」
以前のように、自分から離れようとはしなかった。
【翌朝】
朝食を終えたヒイロたちは、商業ギルドへ向かう準備を始めていた。
「それじゃ、商業ギルドに向かうが、誰が一緒に来るんだ?」
ヒイロが尋ねる。
すると――。
「わ、私に決まってるじゃないか!」
カルーアが即答した。
「ええっ!?」
サーシャが驚きの声を上げる。
翌日になっても、カルーアの自己主張は止まらなかった。
いつもとは違うカルーアの行動に、サーシャは戸惑い続けていた。
「そうですのね。お気を付けて……」
【商業ギルド】
中へ入ると、二人を待ち受けていたのはギルド副長のネネカだった。
「すいませんでした、ヒイロさん! ウチのバカ旦那がアリスちゃんにとんでもないことを!」
「え?」
突然謝られ、ヒイロは目を丸くする。
どうやら一昨日、アリスと一緒に夜のパーティーへ出た際、アリスをほったらかしにして危険な目に遭わせてしまったことを知ったらしい。
「何かお詫びをさせてください。必要なものとかありませんか?」
「いえ、そんなのいいですよ」
ヒイロは断った。
しかし、ネネカは首を横に振る。
「何かお詫びをしなければ気が済みません」
どうやら、簡単には引いてくれそうにない。
「そうだな……カルーア、今何か必要なものとかあるか?」
「うーん、そうだね~……」
カルーアは少し考える。
「あっ、そうだ!私たち、タンスがないんだよ。服を入れるタンスが欲しいな」
「タンスか」
ヒイロも頷いた。
「布団をしまうところに服を置いてもらってたもんな。さすがに、いつまでもそのままってわけにはいかないな」
「タンスですか? 分かりました!」
ネネカはすぐに頷いた。
「なるべく大きなものを送らせていただきますので、それでこの前のうちのバカ旦那の行いを許してやってください」
「ああ、いえいえ。もうそれで十分ですよ。お気持ちは確かにいただきました」
ネネカの低姿勢に気を遣いながら、ヒイロとカルーアは帰ろうとした。
「もう帰られるのですか?」
「ええ。サメ焼き屋によって、留守番をしているアリスたちにお土産を買って帰ろうと思っています」
「サメ焼き屋に、ですか?」
ネネカの言葉が、なぜか歯切れ悪い。
「何かあったのかい?」
カルーアが疑問を感じて尋ねた。
「なぜだか今日はサメ焼き屋さんが、ものすごく混んでいるので、いつもみたいにさっと買うのは難しいと思いますよ」
「そうなんですか?」
そんなに繁盛しているとは、ヒイロとカルーアも初耳だった。
「でも、お土産を買って帰るからな、と約束してますので。一応、見に行きますよ」
そう言って、二人は商業ギルドを後にした。
【サメ焼き屋前】
「ざわざわざわざわ……」
サメ焼き屋の前に到着した二人は、思わず足を止めた。
「本当にすごい人だなぁ。こんなにたくさん、みんなサメ焼き屋の客なのか?」
「すごい人だね。あんまりにも人が多いから、お店の様子がよく分からないよ」
カルーアも目を丸くした。
「もうちょっと近寄ってみるか」
二人は人混みをかき分けながら、サメ焼き屋へ近づいていく。
そして――。
「どうしたんだ、ミルくん?」
ヒイロの目に飛び込んできたもの。
「……まさか」
カルーアも絶句する。
そこにいたのは――。
数日前、自分の服を濡らして汚してしまい、着替えがなかったミルが、サーシャから借りた服を着ていた時と同じ姿だった。
ミルはその服を着たまま、サメ焼き屋のカウンターの内側で一生懸命にサメ焼きを焼いている。
しかも、顔は真っ赤だ。
「ああ、ヒイロさんとカルーアさん!」
ミルが二人に気づいた。
「助けてくださいよー!」
「どうしたんだい?」
カルーアが尋ねる。
その声に気づいたグレイスが振り返った。
「おっ、ヒイロだにゃ! カルーアもいるにゃ!」
そして、嬉しそうに胸を張る。
「ミルのおかげで大繁盛にゃ♪」
「どういうことですか?」
すると、周囲から野太い男たちの声が聞こえてきた。
「おお、本当に可愛い子だなぁ!」
「あれで男らしいぜ!」
「マジか、女の子にしか見えねえぞ!」
「いや、男でもあんだけ可愛かったら俺は構わんな❤︎」
「確かになぁ。あれはちょっと反則だぜ!」
ミルの顔が、さらに赤くなる。
「どうしてその服で仕事をしてるんだい?」
カルーアが素直に聞いてみる。
「着替えを持って出てきたつもりだったんですけど……」
ミルは困ったように答えた。
「間違えてサーシャさんの服を持ってきてしまって……そしたらグレイスさんが……」
「こんな可愛い服を持ってきたのなら、その格好で働いてもらった方がお客さんが増えると思ったにゃ♪」
グレイスは得意げだった。
「予想以上に大繁盛して嬉しいにゃ~♪」
店の外には、大勢の客が並んでいる。
小さなサメ焼き屋とは思えないほどの行列だ。
そして、グレイスとミルが働くカウンターのさらに奥では――。
「こ、これもお願いしますにゃ……!」
グレイスの妹、キャルトが必死に下ごしらえを続けていた。
次から次へと注文が入るため、キャルトも休む暇がない。
小さな店を、三人がそれぞれの持ち場で必死に回しているのだ。
「助けてくださいよ、ヒイロさん、カルーアさん……」
ミルが悲痛な声を上げる。
ヒイロは大勢の客を見回した。
「うーん……でも、これだけ喜ばれているんだから、しばらく頑張ってみるのはどうだ?」
「そうだよ、可愛いじゃないか♪」
カルーアも苦笑する。
「何を言ってるんですか!?」
ミルが悲鳴を上げた。
「僕は男なんですよ! この格好でみんなから喜ばれても、嬉しくないんですってばー!」
しかし――。
「サメ焼き一つ!」
「こっちにも頼む!」
「可愛い店員さん、頑張ってー!」
ミルの悲痛な叫びは、大勢の客たちの声にあっという間にかき消されてしまった。
「ほら、ミル! 次のお客さんにゃ!」
「うわぁぁぁ……!」
こうして――。
男の子であるミルは、本人の意思とはまったく関係なく、たちまちサメ焼き屋の看板娘として、ちやほやされる可愛い変化を迎えた。
そしてカルーアもまた、ヒイロのことでサーシャたちに引き下がらないという、これまでとは違う可愛い変化を見せていた。
二人の「可愛い変化」は、それぞれ違う形で始まったのである。
続く。




