解除(リライト)して
【コテージ内】
ヒイロとカルーアがハブニアンの群れに襲われ、大変な事態に陥っていた頃――。
コテージで留守番をしていたアリスとサーシャにも、ちょっとした事件が起きていた。
「サーシャ、まだ痛むのぉ?」
足をかばうように歩くサーシャを見て、アリスが心配そうに尋ねた。
「え? 痛みはほとんどないんですが、まだいつものようには動かせなくて……」
「うーん……あ、薬箱があるから、これでちょっと治療してあげるねぇ♪」
「いいんですの?」
「うん!その椅子に座ってねぇ♪」
アリスはにこやかな笑顔でサーシャを促した。
普段なら、仲間の面倒を見る側であることが多い回復役のサーシャ。しかし今回は珍しく、アリスに自分の怪我を手当てしてもらうことになった。
言われるがまま椅子に腰掛け、足を台の上に乗せる。
「少しヒヤッとするけど我慢してねぇ♪」
アリスは濡らしたタオルで足首の周囲を丁寧に拭くと、すりつぶした薬草をそっと塗り、その上から包帯を軽く巻いてくれた。
「これで、サーシャの足が治ってくれるといいなぁ♪」
そう言って、純粋な笑顔を向けるアリス。
その笑顔を見たサーシャの胸に、ある考えが浮かんだ。
(これは、もしかして……アリスお姉さまは、サーシャのことが好きなんじゃありませんの?)
カルーアの可愛らしい反応も好みではある。けれど、長女であるアリスから、こんなにも無邪気な笑顔を向けられると、サーシャの胸の奥で眠っていた欲望が、むくむくと頭をもたげ始めた。
「だ、だいぶ良くなってきましたの」
「そうなのぉ? よかったぁ♪」
アリスは心底嬉しそうに笑った。
(うう……なんて純粋なお方なんでしょう……)
……などと思いながらも、サーシャの頭は別の考えでいっぱいになっていく。
「あの……アリスお姉さまは、いつもパーティーの前衛で頑張ってくださっていますから、今度はサーシャが回復魔法とマッサージを同時にして差し上げたいのですけど?」
「うん? そんなに疲れたり、ダメージを受けたりはしていないんだけどぉ?」
アリスは不思議そうに首を傾げた。
「いえいえ! お姉さまは普段から頑張っておられますから、筋肉や骨には、かなりの疲労が残っているはずですの。マッサージで疲労を回復すれば、訓練もより一層身について、もっと早く、もっと強くなれると思いますわ!」
「えっ、そうなのぉ? アドルフさんみたいに強くなれるかなぁ?」
「もちろんですの!」
「じゃあ、お願いねぇ♪」
あっさりと了承するアリス。
もちろん、彼女はサーシャの邪な企みなど、これっぽっちも疑っていなかった。
サーシャはさっそく、アリスの背中を服の上から指圧し始めた。
(はぁ……なんて柔らかく、かつ弾力のあるお背中なのでしょう……。直接触れたら、もっと素晴らしい感触が得られるのでは……)
「どうしたの、サーシャ?」
急に黙り込んだサーシャを、アリスが不思議そうに振り返る。
「い、いえ! 薬草を塗ってからマッサージをして、回復魔法をかければ、もっと効果が出ると思うんですけど?」
「そうなのぉ? じゃあ、やってもらえるぅ?」
まったく警戒していない。
その無防備な返事に、サーシャの期待は一気に膨れ上がった。
(こ、これは……アリスお姉さまも、サーシャとのスキンシップを受け入れてくださるということですわね!)
「では、薬草を塗りますので、少し服をずらさせていただきますね」
「うん、お願いねぇ♪」
アリスは何の疑いもなく、サーシャに背中を向けた。
本人の了承を得て、アリスの服を少しずらしたサーシャは、すりつぶした薬草を手のひらに広げ、回復魔法をかけながら、アリスの背中を丁寧にマッサージしていく。
(はぁ……なんて、もちもちすべすべで弾力豊かなお体なんですの! これだけで、ご飯三杯はいけてしまいますわ♪)
マッサージをしているはずのサーシャの方が、天にも昇るような気持ちになっていた。
アリスの背中を見つめるたび、心の中で膨らんでいく欲望。
(あぁ、このお身体もサーシャだけのものにしたいですの❤︎)
やがてサーシャは、ついに一歩踏み込んだ提案を口にした。
「あ、あの……アリスお姉さま。よろしければ、前の方もマッサージいたしましょうか?」
「えっ? さすがに、そこまでしてもらうと、怪我をしているサーシャに悪いよ。背中だけで十分だよ。ありがとうねぇ♪」
そう言って、アリスはサーシャの方を向き、にっこりと笑った。
その瞬間――。
ズキューン!!
サーシャの心に、強烈な衝撃が走った。
(……ああ、サーシャは……こんなにも純粋なアリスお姉さまに向かって、なんて不埒な思いを抱いていたのでしょう……!)
自分の欲望に浮かれていた心が、アリスの無垢な笑顔によって、一瞬にして冷え込んでいく。
「お姉さま……」
「どうしたの、サーシャ?」
「……あの、マッサージは終わりましたから、お洋服を着てもらっていいですの?」
「そう? ありがとうねぇ♪」
服を整えたアリスは、ふとサーシャの顔を覗き込んだ。
「ん? どうしたのぉ? なんだか、すごく真剣な顔をしているよぉ?」
サーシャは深くうつむいた。
そして――。
「申し訳ありませんでした!!」
その場に座り込むと、アリスに向かって深々と土下座した。
「ちょ、ちょっと!? どうしたの、サーシャ!?」
アリスが慌てて声を上げた、その時だった。
ガチャリ。
コテージの扉が開いた。
「お待たせ。戻ったよ……って、何やってんのさ?」
戻ってきたカルーアは、二人が仲良くくつろいでいるものと思っていた。
しかし、彼女の目の前に広がっていたのは、アリスに向かって深々と土下座するサーシャの姿だった。
「サーシャ!? あんた、一体何をしたんだい?」
「な、何もしていませんわ!」
「いや、何もしていない人間が、そんな勢いで土下座するかい!?」
「ええっと……サーシャ、どうしたのぉ?」
困惑するアリス。
サーシャは必死にごまかしたものの、カルーアはどうにも納得できなかった。
(……絶対、アリスに何かやらかしたね、こいつ)
そんな疑念を抱きながらも、カルーアには気にしていることがあった。
馬車にかけた認識阻害の魔法が、そろそろ限界を迎えるのだ。
残された時間は、あと二時間ほど。
「とにかく、兄さんと合流しよう。鉱石の採取も、まだ終わっていないんだからね」
こうしてカルーアは、サーシャとアリスを連れてヒイロと合流した。
その後、四人は再び鉱石の採取へと向かい、必要な分を手早く確保。無事に馬車のもとへと戻ってきた。
「それじゃあ、認識阻害を解除するよ」
カルーアが魔法を唱える。
馬たちが襲われないように、馬車ごと周囲から認識されにくくしていた魔法が解除されていく。
清らかな光が馬車を包み込むと、そこには二頭の馬に繋がれた馬車が、再び姿を現した。
馬たちの前に置いておいた食事と水は、ほとんど空になっていた。
「カルーア、ご苦労さま」
ヒイロに労いの言葉をかけられ、カルーアは嬉しそうに頬を染めた。
「べ、別に……これくらい、どうってことないよ」
照れ隠しのように答えるカルーア。
そんな姉の姿を見て、アリスも笑顔を浮かべた。
「カルーア、ありがとうねぇ♪」
「う、うん……」
カルーアはますます照れくさそうに視線をそらした。
その光景を見ていたサーシャは、再び自分の心の汚れ具合を恥じた。
(アリスお姉さまの純粋な笑顔にも、カルーアお姉さまの照れた顔にも……サーシャは、なんという邪な心を抱いてしまったのでしょう……!)
そして、サーシャは意を決してカルーアに向き直った。
「カルーアお姉さま! お願いがありますの!」
「ん? 何だい?」
「私の汚れた心も、リライトしてほしいですの!」
「……は?」
カルーアは、ぽかんと口を開けた。
「いや、何を言ってるんだい、サーシャ。この魔法は、心の汚れを取り除く魔法じゃないんだよ?」
「いえ、それでもいいんですの! どうか、お願いしますわ!」
「いや、だから……」
必死に頼み込むサーシャを見て、カルーアは困ったように頭をかいた。
「よく分からないけど……まあ、一応やってみるよ」
「ありがとうございますの!」
こうしてサーシャは、カルーアからリライトの魔法をかけてもらった。
もちろん、心の汚れを取り除く効果などない。
それでも、魔法の光に包まれたサーシャは、ほんの少しだけ心が清らかになったような気がした。
――ただし。
彼女の下心まで、きれいさっぱり解除されたわけではなかった。
こうして四人は、採取した鉱石を馬車に積み込み、アルバート家へと帰っていった。
続く。




