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ヘルメスの三姉妹  作者: 龍之介21時
三姉妹との出逢い
33/44

サメ焼き屋の妹 キャルト

【翌朝のヒイロの部屋】

 

 ヒイロは、自分のベッドの上で目を覚ました。


「……ん……」


 まだ少し眠気の残る頭を起こしながら、ヒイロはゆっくりと目を開ける。

 そして――。


「……ん?」


 ふわり。

 鼻をくすぐる、甘い女の子特有の匂い。

 ヒイロはぼんやりと隣を見た。


 ベッドの上には、自分に背を向けて眠っている誰かの姿がある。


「……あれ?」


 ヒイロは首を傾げた。


「昨日は……アリスか、カルーア、サーシャ……誰と一緒に寝たんだっけなぁ」


 寝起きの頭では、昨日の出来事が今ひとつはっきりしない。


 ヒイロは隣で眠っている人物へ声を掛けようと、ゆっくりと手を伸ばした。

 肩へ触れようとした、その時だった。


「……ん?」


 視界に入った髪。

 それは、三姉妹の誰とも違う色だった。

 緑色。


「……あ」


 ヒイロの手がピタリと止まる。


「違う。三姉妹じゃなくて、ミルくんだった」


 危ない、危ない。

 ヒイロは慌てて伸ばしかけた手を引っ込めた。


 すると、その気配で隣に眠っていたミルが目を覚ます。


「……あ、ヒイロさん……」


 眠そうに目を擦りながら、ミルが顔を向ける。


「おはようございます……」


「ああ、おはよう。ミルくん」


 昨日はアリスとサーシャに散々からかわれた。

 その疲れが残っているのか、ミルの目はまだ半分ほどしか開いていない。


「……眠いです」


「まあ、昨日はいろいろあったからな」


 ヒイロは苦笑する。


「朝飯の前に着替えるか。昨日濡れた服も、もう乾いているだろ」


「はい」


 二人はベッドから起き上がると、それぞれ着替えを済ませ、リビングへ向かった。

      



【リビング】


 リビングでは、すでにカルーアが朝食の準備をしていた。


「あら」


 カルーアがミルの姿を見て、少しだけ目を丸くする。


「今朝は男の子の格好なんだね」


「……!」


 ミルの顔が一気に赤くなる。


「こ、こっちが僕の本当の姿ですから!」


「あはは、そうだったね」


 カルーアが楽しそうに笑う。

 その隣では、ヒイロが引きつった笑顔を浮かべていた。


「……まあ、そうだよな」


「ヒイロさんまで!」


「いや、別に変な意味じゃないぞ?」


「絶対、変な意味です!」


 そんな三人のやり取りを聞きつけたのか、キッチンからサーシャがお盆を持って現れた。


「あ、できましたの。お兄さま、ミルちゃん。おはようですの♪」


「え!?」

「ミルちゃん?」


サーシャはミルのことを「ちゃん」付けで呼んでいた。


 お盆の上には、焼きたての料理が並んでいる。


「私も運ぶよ」


 カルーアもキッチンへ向かう。

 その二人と入れ替わるように、今度はアリスがリビングへ入ってきた。


「おは、よぅ……」


 完全に寝ぼけた声だった。

 髪も少し乱れている。

 アリスは目を細めながらテーブルへ近づき――。


「……あ!?」


 ミルを見つけた。


「ミルくん」


「お、おはようございます。アリスさん」


 ミルが挨拶をすると、アリスは眠そうな顔のまま、じーっとミルを見つめる。


「……なんだぁ。着替えちゃったのかぁ。昨日の格好、かわいかったのになぁ~」


アリスは残念そうに肩を落とした。


「~~~~っ!」


 ミルの顔が再び真っ赤になる。


「アリスさんまで!」


「あはははは!」


 ヒイロはそんな光景を見ながら、心の中でミルに同情した。


 ――この家に住むなら、これくらいは覚悟しておいた方がいいぞ。

      


 朝食を食べ終えると、ヒイロがミルへ声を掛けた。


「そうだ、ミルくん」


「はい?」


「この家に住むことになったんだから、鮫焼き屋の裏に置いてある荷物も全部こっちへ運んだ方がいいんじゃないか?」


「えっ……」


 ミルが少し驚いた顔をする。


「いいんですか?」


「ああ。これからずっとここで暮らすんだろ?」


「……はい!」


 ミルの顔に嬉しそうな笑みが浮かんだ。


「それなら、荷物を全部取りに行こうよぉ♪」


「分かりました!」


 こうして、アリスたちは鮫焼き屋へ向かうことになった。

      



【つめ所横・鮫焼き屋】


「おっはよーう!」


 鮫焼き屋に到着すると、アリスが元気よく挨拶した。

挿絵(By みてみん)

「おはようございますにゃん!」


 店では、フルル姉妹が開店準備をしているところだった。


 ミルはアリスの横に立つと、少し安心したように店内を見回した。

 すると――。


「おや?」


 グレイスが三人を見つける。


「ちょうどいいところに来たにゃ」


「?」


 グレイスは作業の手を止めると、三人へ声を掛けた。


「準備は私がやっておくから、キャルトと一緒に市場へ行って、足りない材料を買ってきてほしいにゃ!」


「分かったぁ!」


 アリスが元気よく返事をする。


「ミルくんも行こう!」


「えっ、僕もですか?」


「もちろん!」


 こうして、キャルト、ミル、アリスの三人は、朝の市場へ向かうことになった。

      



【朝の市場】


 海産物の町として知られるヘルメスの町。その朝の市場は、すでに大勢の人々で賑わっていた。


「わぁ……!」


 アリスが目を輝かせる。

 市場には魚、貝、甲殻類、海藻など、様々な海産物が並んでいる。


 威勢のいい店員たちの声が飛び交い、買い物客が店から店へと行き交っている。


「アリスさん、こっちですにゃん」

挿絵(By みてみん)

 キャルトが慣れた様子で歩いていく。


「ここはいつもお世話になっているお店ですにゃん」


「へぇ~!お魚さんがいっぱいだねぇ♪」


 アリスは興味深そうに店を覗き込む。


 キャルトは、普段からひいきにしている店を中心に、必要な食材を次々と確認していく。


「えーっと……鮫肉はこちらで、野菜はあっちですにゃん」


「なるほどなぁ」


 ミルも感心しながらキャルトの後をついていく。

 しかし――。


「……んぅ?」


 突然、アリスが立ち止まった。

 鼻をひくひくさせる。


「……肉だぁ」


「アリスさん?」


「肉の匂いがするよぉ!」


 次の瞬間。


 アリスは海産物の並ぶ市場の中を、動物の肉の匂いを追いかけて走り出していた。


「アリスさん!?」


 ミルが慌てて追いかける。


「ちょっと待ってください!」


 その時だった。

 ――ガタンッ!

 背後から、大きな物音が響いた。


「え?」


 ミルが振り返る。

 そこには――。


「……ええ!?」


 大きな麻袋を担いで走り出す、いかにもゴロつきといった風貌の男がいた。

 そして、その麻袋からは――。


 キャルトの頭が、ひょこんと出ている。


「…………」


 キャルトは、キョトンとした顔で周囲を見ていた。


「キャルトさん!?」


 ミルの顔が青ざめる。


「アリスさん! キャルトさんがさらわれていきます!」

挿絵(By みてみん)

「ほえぇ!?……あぁ!!」


 少し離れた場所にいたアリスが、慌てて振り返る。


「キャルトちゃん!?」


 状況を確認した瞬間、アリスの表情が変わった。


「こら~~~~っ!」


 アリスが走り出す。


「待てぇ! キャルトちゃんを返せぇ!」


 ゴロつきの男は市場の外へ向かって走る。

 だが――。


「待ちな!」


 その逃走先から、二人の男が走ってきた。

 一人は若い男。

 もう一人は、長年この町を守ってきたことが一目で分かる、ベテラン風の男だった。


「その子を放せ!」


 若い警備員が叫ぶ。


「逃げ道は、もうあらへんぞ!」


 ベテランの警備員も声を張り上げる。


「わしの目の黒いうちは、犯罪なぞはさせへんからな!」


「くっ!」


 ゴロつきが方向を変えようとする。

 しかし、もう遅い。


「今だ!」


 若い警備員が腕を掴み、ベテランの警備員が反対側から身体を押さえ込む。


「ぐおっ!」


 ゴロつきは地面へ倒れ込んだ。

 麻袋も、その場へ転がる。


「キャルトちゃん!」


 アリスが駆け寄る。

 ミルも急いで麻袋を開ける。


「キャルトさん、大丈夫ですか!?」


「はい?」


 キャルトは何事もなかったかのように、麻袋から顔を出した。


「まあまあ」


 そして、いつもののんびりとした笑顔を浮かべる。


「助けてくださって、ありがとうございましたにゃん」


「…………」


 ミルは絶句した。


「いや……キャルトさん……」


「はい?」


「もう少し危機感を持ってください……」


「そうですかにゃん?」


 キャルトは首を傾げる。

 その横で、アリスも呆れた顔をしていた。


「キャルトちゃん……誘拐されるところだったんだよぉ?」


「そうだったんですかにゃん?」


「そうだよぉ!」


「なるほどですにゃん」


「分かってない!」


 アリスの声が市場に響き渡った。

      


「よし。こいつは俺たちが連れていく」


 若い警備員がゴロつきを引き渡しながら言う。

 ベテランの警備員は、キャルトたちを見た。


「お前、こいつらを鮫焼き屋まで送ってやれ」


「分かりました」


 若い警備員が頷く。


「荷物もあるようですし、俺が運びます」


 こうして、若い警備員とミル、キャルトは、買い物袋を抱えて鮫焼き屋へ戻ることになった。


 一方――。


「アリスちゃん」

「ん?」


 ベテランの警備員がアリスへ声を掛ける。


「ちょっと付き合ってもらうで」


「どこ行くの?」


「商業ギルドや」


「……分かったぁ!」


 アリスは元気よく返事をすると、ベテラン警備員と一緒に歩き出した。

      



【商業ギルド・ギルド長室】


「……そうか」


 報告を聞き終えたジュリアンは、腕を組んだ。


「そんなことがあったのか」


「はい。市場での誘拐未遂です」


 ベテラン警備員ガルドが説明する。


「まだまだ、この町も治安が行き届いていないな」

挿絵(By みてみん)

「もう本当に大変だったんだよぉ!」


 隣でアリスが身振り手振りを交えながら話す。


「キャルトちゃんが、こう、袋に詰められて、持っていかれそうになって!」


「うんうん」


「それで私が追いかけて――!」


 ジュリアンは苦笑しながらアリスの話に耳を傾けていた。


 すると、ガルドが真剣な表情で口を開く。


「大至急、裏路地や市場など、メイン通りから離れた場所の巡回警備を増やすべきです」


「……そうだな」


 ジュリアンはしばらく考え込んだ。


「これまではノアの監視役を任せていたが……これからは完全にツーマンで、お前とノアでそういった犯罪が起きそうな場所を重点的に、毎日見回りをしてくれ」


「分かりました!」


 ガルドは力強く頷いた。


「任せてくだせぇ」


「頼んだぞ」


 話がまとまった。

 それを確認したアリスは、すぐに立ち上がる。


「それじゃあ、私はミルくんを迎えに行くから!」


「え?」


 ジュリアンが驚く。


「もう行くのか?」


「うん!」


 アリスはそのまま扉へ走っていく。


「キャルトちゃんも気になるし!」


「おい、アリスちゃん――」


 ジュリアンが呼び止めるより早く、扉が開いた。


「行ってきまーす!」


 アリスは商業ギルドを飛び出していった。

 実際、商業ギルドと鮫焼き屋は五百メートルも離れていない。

 歩いてもすぐそこだ。


 それでもアリスは、そんなことなどお構いなしに走っていく。


「……やれやれ。お手柄だったからイチゴパフェでも奢ろうかと思ったんだが…」


 その後ろ姿を見ながら、ジュリアンは苦笑した。


「アリスちゃんは、いつも元気だな」


 ギルド長室には、そんなジュリアンの笑い声が響いていた。




続く

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