男の娘
【アルバート家】
アルバート家へと戻ってきたヒイロたちは、ようやく落ち着いた時間を取り戻していた。
ゼノスとの戦いから五日。
その間、ヒイロはほとんど眠り続けていた。
目を覚ました直後は身体の調子も悪くなかったのだが、少し歩き回ったせいか、今になって身体のあちこちが痛み始めている。
「うぅ……」
リビングのソファに座ったヒイロが、肩を回す。
「やっぱり痛むんですの?」
「まあな。五日も寝てたから、身体が硬くなってるんだろ」
「だったら、今日はもう大人しくしていなよ。無理は良くないよ?」
カルーアが心配そうに言う。
「そうですわ。お兄さまはまだ本調子ではありませんの」
サーシャも頷いた。
「ヒイロ、今日は休もうよぉ!」
アリスにも言われ、三人から揃って見つめられる。
「……分かった。今日は大人しくしてるよ」
さすがのヒイロも折れた。
カルーアが作ってくれたデザートを食べながら、夕食までゆっくり過ごす。
そんな穏やかな時間になるはずだった。
――ピンポーン。
「ん?」
玄関から呼び鈴の音が響いた。
「私が出てくるねぇ」
アリスが立ち上がり、玄関へ向かう。そして扉を開けた瞬間、
「あ、ジュリアンさん!」
「よう、アリス」
そこに立っていたのは商業ギルドのギルド長、ジュリアンだった。
その後ろには商業ギルドの若い職員が二人。
さらに二人は、それぞれが引くリアカーを連れている。
「……何だ、その荷物?」
「今回の修理品だ」
ジュリアンが笑う。
リアカーには、武器や防具が山のように積まれていた。
「ヒイロさん、こちらで全部です」
若い職員たちはヒイロに指示された裏手の倉庫へ修理品を運び込んでいく。
二十五個。
かなりの量だった。
「助かるよ」
「では、俺たちはこれで」
二人の職員が帰っていく。
残ったジュリアンは、そのままリビングへ入ってきた。
「さて、今回持ってきた二十五個だが……」
ジュリアンは椅子に腰掛けながら説明を始める。
「全部で百個ある修理依頼のうち、まず今回の二十五個を頼む。で、そのうち半分くらい終わったところで、一度商業ギルドに持ってきてくれ」
「半分?」
「ああ。十二、三個くらいだな。それを持ってきたら、残りを仕上げて持ってくる。その時にまた二十五個追加する」
ジュリアンは指を折りながら続ける。
「それを四回繰り返せば、ヒイロへの依頼は全部終了だぜ」
「なるほど。まとめて百個じゃなくて、二十五個ずつですか」
「そういうことだな。一度に全部じゃ運ぶ方も大変だからな」
「分かりました」
話が一段落すると、カルーアが追加で作ったデザートを運んできた。
「ジュリアンさん、どうぞ」
「お、悪いな。うん、美味しそうだ」
続いてサーシャが飲み物を用意する。三姉妹は自然とヒイロの横へ座った。
そんな光景を眺めていたジュリアンが、ニヤリと笑う。
「しかしお前……」
「ん?」
「ずいぶん可愛い子たちに懐かれてるじゃねえか」
「え?」
「選り取りみどりだって言ってるんだよ。こりゃ嫁候補がいっぱいじゃないか。モテモテだなぁ」
「なっ……!」
ヒイロの顔が一気に赤くなる。
「ジュリアンさん!」
カルーアが顔を真っ赤にしている。
「……サーシャは、何時でも受け入れますの❤︎」
「ははは、冗談だよ、冗談」
ジュリアンは笑いながらデザートを口へ運ぶ。
「俺の嫁のネネカからも、だいたい聞いてるだろ?」
「ええ」
「納期は急がなくていいからな。数が多いんだ。焦らず、お前のペースでやってくれ」
「分かりました」
「じゃあ俺はそろそろ戻るわ。こっちはこっちでギルド長としてやることが山積みだからな」
そう言ってジュリアンは飲み物を飲み干し、デザートも完食する。
「ごちそうさん。美味しかったぜ」
そうしてジュリアンは帰っていった。
玄関の扉が閉まる。
「……さて」
ヒイロはジュリアンを見送ってから、アリスを見る。
「アリス。この前話してたミルのことなんだけどな」
「うん!」
「サメ焼き屋の方も、まだそんなに忙しくないって言ってたよな?」
「うん。お昼とか休日は忙しくなるけど、それ以外はお姉ちゃんと妹さんだけでも十分みたい」
「そうか……」
ヒイロは少し考える。
「だったら、ミルをうちで雇うっていうのはどうだ?」
「私は賛成だよぉ!」
アリスは即答した。
だが、カルーアは少し考え込む。
「……でも、私たちだってまだ駆け出しの冒険者だよ」
「うん」
「ミルの給料まで含めて、ヒイロ一人に稼ぎを押し付けるような形にならないかい?」
「それは……そうかもな」
ヒイロの返事を聞き、アリスが言葉に詰まる。
「だったら余計に、私たちがもっと頑張ってクエストをこなそうよぉ!」
しかし、そこで黙って話を聞いていたサーシャが口を開いた。
「でしたら……」
三人がサーシャを見る。
「お兄さまが鍛冶をして、私たちがクエストに出るようになったら、お兄さまのお食事や身の回りのお世話をする人がいなくなってしまいますの」
「……あ」
「ですから、必然的にミル君を雇う必要性が出てくるのではありませんの?」
「それだよぉ!」
アリスが嬉しそうに手を叩いた。
「ミルを雇えば、お兄ちゃんも助かる!」
「……まあ、それなら仕方がないか」
カルーアも納得した。
「じゃあ、決まりだな」
その日のうちにアリスが一人でサメ焼き屋へ向かった。
そしてしばらくすると――。
「ただいまぁ!」
ミルを連れて戻ってきたアリス。
「今日からよろしくお願いします!」
「こちらこそ。仕事内容は俺とサーシャから説明するよ」
ミルは嬉しそうに頷いた。
「サメ焼き屋のお仕事だけだと、どうしても生活が苦しかったので……。本当に助かります!」
サーシャとヒイロから、今日からこの家に住み込みで働くことと、して欲しい仕事内容を聞かされたミル
「じゃあ、まずはこれを」
サーシャがエプロンを手渡す。
「今日から一緒に頑張りましょうですの♪」
「はい!」
ミルはさっそくエプロンを身につけ、家事を始めた。
ヒイロは裏の倉庫へ向かい、届けられた武器と防具を五個持って工房に行くと修理に入った。
アリスは庭へ出て剣の訓練。
カルーアはミルが仕事の後で食べられるようにデザートを作る。
こうしてアルバート家に、新しい日常が加わった。
しばらくして――。
「ふぅ……」
ヒイロが一仕事終えてリビングへ戻ってくる。
「お疲れさまです、ヒイロさん」
そこには飲み物と、カルーアが作ったデザートを持ったミルがいた。
「ありがとう、ミル」
「はい!」
ミルがテーブルへ運ぼうとした、その時だった。
「あっ!」
カーペットの小さな段差に足を取られる。
ヒイロが反射的に手を伸ばし、デザートの皿を受け止めた。
しかし――。
「うわっ!」
ミルの持っていた飲み物が、自分の服へ。
「……」
ミルが固まる。
「大丈夫か?」
「はい……でも、服が……」
胸元からお腹まで、飲み物でベタベタになっている。
「着替えは?」
「今日、そのまま来たので……持ってないです」
「俺の服じゃ大きすぎるだろうしな。着てもらえる服、何かあったかな……」
ヒイロが考えていると――。
サーシャの顔がパッと明るくなった。
「あ♪」
「……何か思いついた顔だな」
「サーシャの予備のお洋服を貸してあげますの♪」
「え?」
「さあ、ミル君!」
「え、ちょっと……!」
サーシャに手を引かれ、ミルは三姉妹の部屋へ連れていかれた。
そして数分後。
ガチャッ。
扉が開く。
「……」
そこから出てきたミルの姿を見て、ヒイロは言葉を失った。
ピンク色の可愛らしい服。
髪型まで少し整えられている。
普段の少年らしい服装から一変した姿は――。
どう見ても、可愛い女の子にしか見えなかった。
「あ、あの……」
ミルが恥ずかしそうに頬を赤くする。
「僕に……合ってますか?」
「……ああ。似合ってるな……」
そこへ庭から戻ってきたアリスが現れる。
「わああああっ!ミル、すっごく可愛いよぉ❤︎」
「でしょう♪」
サーシャも嬉しそうだ。
「とっても似合っていますわ!」
「そ、そうですか……?」
ミルが困ったように笑う。
その後ろではカルーアが、
「……いや、男の子にそれはないんじゃないかなぁ」
と、何とも言えない顔をしていた。
しかし、他に着られる服もない。
結局ミルは、その服装のまま仕事を続けることになった。
そして夕食。
ミルはアルバート家の皆と一緒に食卓を囲んだ。
食事が終わると片付けを始める。
「ミル君、こっちもお願いしますの♪」
「はい!」
「可愛いなぁ、ミルは♪」
「アリスさんまで……」
二人に挟まれ、ミルは困り顔。
カルーアは少し離れたところから、やれやれと眺めていた。
「そろそろお風呂に入ろっか!」
アリスが言う。
「じゃあ、サーシャがミル君と一緒に入ってあげますの♪」
「えっ!?」
ミルが驚いた。
「い、いや……僕、男ですし……」
「どうしてぇ?」
アリスは本当に分かっていない顔をする。
「一緒に入ったらいいじゃない」
「いや、そういう問題じゃ……!」
サーシャはすっかり楽しそうになっている。
「さあ、ミル君♪」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
さすがに耐えられなくなったミルは、その場から逃げ出した。
「ヒイロさん!」
「え!?」
工房に戻ろうと席を立ったヒイロへ駆け寄り、その服をぎゅっと掴む。
「僕……今夜はヒイロさんと一緒にお風呂に入って、一緒に寝たいです!」
「……え?」
ヒイロが顔を赤くしながら目を丸くする。
ピンク色の服を着たミルが、必死な顔で助けを求めている。
「サーシャさんが……」
ヒイロは後ろを見る。
ニコニコしているサーシャ。
その隣で、まだ状況を理解していないアリス。
そして少し離れたところで、巻き込まれまいと静かにしているカルーア。
「……なるほどな」
ヒイロはため息をついた。
これはミルが参ってしまう。
「分かった。今日は俺が一緒にいてあげるよ」
「ありがとうございます!」
ミルがホッとした顔をする。
カルーアがジト目でヒイロを見る。
「兄さん。ソッチの趣味には目覚めないでよ?」
「目覚めねーよ!」
ヒイロが即答する。
「僕、男ですよ?」
ミルも念を押す。
「分かってるって!」
【ヒイロの部屋】
その夜。
ミルはサーシャから借りたパジャマを着て、安心したように眠っていた。
ヒイロはその寝顔を見ながら、小さく息を吐く。
「……本当に女の子みたいに可愛い顔してるな」
だが、すぐに自分へ言い聞かせる。
(いや待て。落ち着け、俺)
(ミルは男の子だ)
(男の子なんだ)
(……よし)
ヒイロは目を閉じる。
今日もまた、アルバート家には新しい家族のような仲間が一人増えた。
そんな穏やかな夜だった。
続く。




