見据える先の違い
【ヘルメスの街 外れ】
「サーシャ、サーシャ!何処に居るのさ~!」
「カルーアちゃんじゃないか。サーシャちゃんがどうかしたのかい?」
「見付からないんだ。さっきまでは近くに居たのに…急に居なくなったんだよ…」
「そりゃ大変だ!…しかし、俺はまだ店があるから…見かけたらカルーアちゃんが探してたと伝えるからな」
「ありがとう。オジサン!」
カルーアが必死にサーシャの名を呼び続けていると、小さな八百屋を営むオジサンが心配してくれた
「何処を探しに行こう……」
とりあえず、ここをサーシャが通ればオジサンが見てくれる。なので、カルーアは別の場所に探しに行こうとしたが…
「カルーアぁ!どうかしたのぉ?」
「姉さん!アドルフさん……」
「リリアもいるってば!」
カルーアは帰り道で、突然サーシャが居なくなった時のことを3人に話した
「サーシャちゃんが、自分から突然居なくなるなんて考えにくいね。人攫いにあった可能性があるね……」
「そうなのぉ?早く探さないとぉ…」
「そうだね、二手に別れて探そう。僕はリリアと裏路地の方を探すよ」
「それじゃ…私は姉さんと向こうを探してみるよ」
「アタシの鼻で絶対に見つけるからねぇ!」
アドルフはリリアと裏路地へ、アリスとカルーアは人が集まりそうな場所に聞き込みに行くことにした
..........................
「ダメだ。この人たちもサーシャを見ていないって……」
「アタシの鼻も、サーシャの匂いを嗅ぎ取れないよぉ……」
アリスとカルーアは、時間が経過していく度に焦りを感じていた。その頃……
【路地裏の入り組んだ奥】
「あ、アナタは誰なんですの?サーシャに何の用なんですの?」
17-18歳くらいの少年に壁に押し付けられているサーシャは、恐怖心を抑えながらも少年に質問した
「やっぱりサーシャだったんだね。ほら、俺のこと覚えてない?」
「えっと……どなたですの?」
一生懸命な表情をしている少年のことを思い出そうと記憶を探ったサーシャだが、全く心当たりがなかった
「そうか……あれから5年が経っているもんね。俺のことも覚えてないよね?俺さ、サーシャの世話をしていたんだよ。ほら、一緒に奴隷市場にいた……」
「えっ!?……あ!あの時の?」
奴隷市場で一緒に居た、という言葉にサーシャは思い当たる相手が1人いた。
「実はね。サーシャが買われて行った翌年にね、あの奴隷市場は潰れたんだ。10人以上の盗賊団に狙われちゃってさ……」
「そうだったんですの!?」
いつまでも自分を苦しめる奴隷市場が永遠に続くと、あの時感じていたサーシャは、思いがけない結末に驚いた
「その後、治安隊の捜査が入ることを知った俺は、最低限のお金を持って逃げ出したんだ」
「大変だったんですのね……」
少年は空を見上げ、ポツリと話した
「持ち出したお金も少なくてね。お腹が空いてアチコチを彷徨っていた時にね、キミが何処で暮らしているのか?知りたくなったんだ」
「今までサーシャのことを探して?」
「そうだよ。盗みとかして何とか食い繋いでね……キミがヘルメスの街に居ることを偶然知ったんだ」
少年はサーシャを追って、この街に来た。その少年の目的が気になったサーシャは……
「それで、サーシャをどうするの?」
「本当はね、キミが幸せに生きているのか?確認したかっただけなんだ。あそこでは大変だっただろ?」
「そうですの……あんな生活には2度と戻りたくないですの……」
奴隷市場での生活を久しぶりに思い出してしまったサーシャの顔は、一気に暗くなってしまった
「この街に来て調べたらさ……あの日サーシャを買っていった男が、最近死んでしまったらしいじゃないか?」
「そうですの……義父さんは、魔族との戦闘で同じパーティの人たちと一緒に……」
少年は察した。数年とは言え、サーシャを育ててくれていた男が死んだのは、サーシャにとって辛い事だろうと思ったからだ。しばらく間を置いてから話し出した少年
「実はね……僕はあの時、あと2~3年もしたらサーシャを連れ出して、一緒に遠い街へ逃げ出そうと思ってたんだ」
「サーシャを連れて?」
「そうさ……俺はサーシャが好きなんだ!」
突然の告白に戸惑うサーシャ。それと、あまりにも多くの情報が突然に提供されたので、頭の整理が追いつかないようだ。
「その……気持ちは凄く嬉しいんですの。でも、今のサーシャには帰るべき場所がありますの」
「そう、みたいだね。20歳くらいの鍛冶屋をしている男の元だろう?」
「調べましたのね。サーシャは今、そこで幸せに暮らしてますの。だから……」
「……本当に幸せなのか?知ってるよ。他にも近い年齢の女の子が、あと2人一緒に住んでるんだろ?その鍛冶屋の男がサーシャを幸せにしてくれるのか?」
「え?どういうことですの?」
「その男にとってサーシャは、突如一緒に住むことになった可愛い女の子の1人に過ぎないんだろ?……俺なら、サーシャだけを見て幸せにする!」
少年は真っ直ぐな瞳をサーシャに送った。自分こそがサーシャを幸せにできる!そんな意志を込めて……
【路地裏】
「くそ!見当たらないね。人攫いだとしたら、あんまり悠長にしていられないのに……」
探してくれているアドルフの表情にも、次第に焦りの色が濃くなって来ていた
「このへんは、いりくんでいるからね……」
リリアも探知魔法を展開して周囲を探してくれているが、サーシャを見付けられなかった。その時…
「バウワウワウ!」
「えっ!?どうしたのよ?」
リリアに向かって野良犬が吠えてきた
「なーに……え?オンナノコがショウネンにひっぱられていくのをみたの?」
動物の言葉が分かるリリアに、野良犬がサーシャらしき女の子の情報を話してきた
【路地裏の入り組んだ奥】
「サーシャは……仮にお兄さまに、パートナーとして選ばれなかったとしても、あの家族と一緒に居られることが幸せなんですの」
「そんなのは、まやかしだよ!まだサーシャ達が小さいから、その男は平等に扱っているけど……サーシャ達が大きくなったら3人の中から嫁さんを選ぶさ。選ばれなかった2人は、いずれ家から出て行くことになるよ」
「そんなことは……いえ、そうかもしれませんの……」
「だったら俺と!ガシッ」
説得が成功したと確信した少年は、サーシャの手首を掴んだ。しかし……
「離して欲しいですの。例えそうなったとしても、サーシャはその日まで、あの家で暮らしたいんですの……」
「ぬうぅ…何故だよ!どうして分かってくれないんだ!?……こうなったら仕方ないね。本当は薬なんかに頼りたくなかったんだけどね」
ここまで話しても、自分について来てくれようとしないサーシャに痺れを切らした少年は、ポケットから怪しい薬を取り出した
「この薬、高かったんだよ。記憶を消して、上書きすることが出来るらしいんだ。その家での記憶を消して、僕と生活しているんだと上書きしてあげるよ」
「や、そんなのは嫌ですの!!」
サーシャは必死に抵抗した。かなりの腕力を誇るサーシャなら、チカラで少年を取り押さえられるかも?と判断したからだが……
「ピタっ……」
「サーシャ、抵抗しないでよ。このナイフには、大熊を少量で殺せる毒を塗ってあるんだ。サーシャが俺を受け入れてくれないのなら、サーシャを殺して俺も死んであげるよ……」
「そ、そんなこと……」
サーシャは毒が塗られたナイフを首筋に当てられ、抵抗するのを止めた。何とか話し合いを続けようとした時……
「バウワウワウっ!!」
「ここに居るのかい?」
「ニンシキソガイのアイテムかも?セイレイよ、まどわすチカラをとりのぞいて!ドゥエニティードゥーン!」
リリアが犬の吠える先に向かって、特殊能力無効化の精霊魔法を使った。すると……
「キミか、サーシャちゃんを攫ったのは?」
「な!?俺が見えるのか?認識阻害のネックレスをしてるのに……」
少年は慌てて、首にかけているネックレスを手で掴んだ
「アドルフさん!助けてくださいですの!」
「もちろん、そのつもりさ。少年、今なら見逃してあげるから、サーシャちゃんを離すんだ。今すぐに!」
「ひ、ひいっ!?」
アドルフは少年を睨み付けた。それは、ただの年上の男からの眼光ではなかった。
イシスの英雄と呼ばれるに値する死線をくぐり抜けて来た、歴戦の戦士の鋭い眼光だった
「ち、近寄ると…このナイフでサーシャを殺すぞ!?」
アドルフの気迫に押された少年は、震える手でナイフを持つ手にチカラを込めた
「それは困るね……」
「だったら!」
「ズバッ!……カラン!」
少年の手から毒が塗られたナイフが地面に落ちた
「あ、うわあぁぁぁ!?お、俺の手がぁっ!」
少年の目も、サーシャの目も捉えられなかった閃光が、ナイフを持っていた少年の手首を斬り裂いていた
「消えるんだ。2度とアルバート家の人たちの前に姿を現すんじゃないよ?でなければ、次はキミの生命を断つからね」
少年を斬ったアドルフは、冷酷な目で睨み付けるが……
「だ、大丈夫ですの?」
「ぐうぅ、サーシャ……こんな俺の心配をしてくれるのか?」
「..........................」
「..........................」
自分の生命を奪おうとした少年にまで優しい声を掛けるサーシャの優しさに、アドルフもリリアも黙って見守っていた
「当然ですの。アナタは生き方を間違ってしまいましたの……でも、不器用だけど優しいですの」
サーシャは回復魔法をかけ、少年の手首の傷を塞いだ
「……俺が間違っていたようだね。俺はもうサーシャの前には現れないよ。それに、イシスの英雄に目を付けられてしまったからね……サーシャ幸せにね」
少年は手首の激痛に耐えながら、サーシャから離れ振り返ることなく薄暗い街中へと消えていった
【アルバート家】
「そんな事があったのか……済まなかったサーシャ。ガバッ」
帰ってきたアドルフから説明を受けたヒイロは、怖い思いをしたサーシャを気遣い抱きしめた
「姉さん、ごめんよ。わたしがもっとシッカリしてたら……」
心を込めて謝罪するカルーア。だけどサーシャは……
「もう、お兄さまもカルーアお姉さまも、サーシャは大丈夫でしたの。それよりも、助けてくれたアドルフさんに今夜もサーシャのご飯を食べていって欲しいですの」
サーシャは満面の笑みで、みんなの心配に応えた
「サーシャちゃんはリョウリのテンサイよね♪」
「そうなんだよぉ♪ねぇねぇアドルフさん。食べたらまた訓練して欲しいなぁ。アタシもサーシャを守れる強さが欲しいんだぁ♪」
「もちろんさ。アリスちゃんもカルーアちゃんも、そしてヒイロ君もみんな優しくて良かったねサーシャちゃん♪」
アドルフは優しい笑みをサーシャに送った。みんなが心配してくれて、みんなが優しくて、それだけで幸せ過ぎると満足するサーシャだった
続く




