絶対の約束
【ヒイロの部屋 早朝】
まだ朝日が昇り始めた頃だった。お寝坊常習犯のアリスはもちろん、ヒイロもまだ、もう少し寝ているタイミングだった
「サーシャをぉ…離せぇ!…ゴチン!」
昨日、街でサーシャが危険な目にあったことを夢に見ていたアリスは、巨漢男に頭突きをカマそうとした
「あ!?痛た…痛いよぉ……」
しかし現実では、ヒイロの胸板に鼻の先をぶつけてしまった。それでもヒイロは何事もないかのように眠り続けていた
「やっぱりお兄ちゃんも強いんだなぁ…やっぱり筋肉なのかなぁ……」
アリスも筋トレは欠かさずやっていたが、昨日の巨漢男との力の差を思い出すと、単純な腕力では自分はまだまだ敵わないのだと思い知らされる。
「へっくちゅん!…ズズズ…」
「うわ!びっくりしたぁ…」
突然ヒイロはくしゃみをしたが、そのまま眠り続けていた。そんな彼の顔を眺めているアリスは……
(あは。お兄ちゃん可愛いなぁ♪)
マジマジとヒイロの顔を見続けていると、一昨日のカルーアの言葉を思い出した
「シャルルって嫌な女に絡まれてさ…その…つい勢いで兄さんとキスしてしまったんだ///だ、誰にも言わないでよ///」
「キスかぁ…お兄ちゃんとキス…ボっ///」
自分がヒイロとキスするシーンを想像したアリスは急に恥ずかしくなり、顔を真っ赤にしてしまう
「ガバッ!」
ヒイロと距離を取ろうと、その勢いで起き上がったアリスは掛け布団を引っ張ってしまった
「んお?アリスか…今朝は早起きなんだな…」
「えへへ。目が覚めちゃったぁ…」
それから家族揃って朝食を取った。
..........................
「サーシャ手伝うよ」
カルーアは食器の後片付けをしようとするサーシャの右肩のことが気になり、一緒に後片付けを始めた
「俺はちょっと工房で仕事してるからな。何かあったら呼んでくれ」
「アタシは…どうしようかな?」
前に料理の用意と片付けを手伝った際に、皿を割ったり野菜を落としたりと余計なことをして、カルーアに注意されたことを思い出したアリスは、1人で何をしようか悩んだ
「ねぇ。お兄ちゃんの仕事を見てても良い?邪魔しないからァ…」
「..........................」
「..........................」
「……良いよ。あんまり近いと火傷するかもだから、少し離れた位置に居てくれるならな」
カルーアとサーシャは、突然のアリスの提案に驚いて何も言わなかった。ヒイロも少し考えて返事したようだ
「うん。わかったぁ!」
アリスはヒイロに付いて行き工房に入っていった
【工房】
「トンカン…コンコンコン…ゴツ、ガツ…」
ヒイロはソードを眺めてはハンマーを振り下ろし、叩いた場所を観察しては熱を足したり冷ましたりしながら、時間をかけて新しいソードを作っていた。
「この前エルドラ山脈で、ヴォイド化したハイランダーウルフと戦った時に予備のソードが傷ついたからな。あれは貸し出し用だから、新しいのを作っているんだ。」
「そうなんだ。ごめんねぇ、チカラ任せに振り回して傷付けちゃってぇ…」
アリスはヒイロに言われた通り、5メートルほど距離を取ってヒイロの仕事を眺めていた。
「いや、構わないさ。お前たちが傷つくくらいなら、武器防具が傷ついた方がいい。武器防具はまた直せばいいんだからな。」
「うん、そうだねぇ…」
アリスはハンマーを振るうヒイロの手元から目を離さなかった。
普段ならすぐに飽きてしまいそうな光景なのに、今日は不思議と気になって仕方がない。
「ねぇ、お兄ちゃんはチカラあるよね?もっとチカラを入れて叩いたら、硬い武器が出来るんじゃないのぉ?」
「あはは。それじゃダメだよ。素材によって、最適な叩き具合ってのがあるんだよ。」
「そうなのぉ?」
ヒイロは手を止めてアリスの方に向き直った。
「アリスは同じくらいの歳の女の子よりチカラあるだろ?」
「それはもちろんだよぉ!」
「でもチカラ自慢の男相手には敵わないよな?」
「う、うん。昨日アタシ負けちゃったぁ……」
昨日、巨漢男に負けたことを思い出したアリス。
「けどさ、アリスはパワーだけじゃないだろ?スピードも使えば有利になるぞ!」
「あ!そうだ、そうだよねぇ!」
負けた思い出で、しょんぼりしていたアリスの顔が少し明るくなった。
「更にアリスはソードも使える。いくら怪力の男でも、武器の扱いが下手くそで足も遅かったら、その弱点を突けばアリスが勝つだろ?」
「そうだぁ…絶対に負けないよぉ!」
今度は自信満々になったアリスだが、ヒイロは険しい顔になった。
「俺はさ、アリスの純粋無垢な笑顔が大好きだよ」
「う、うん?ありがとォ?」
アリスは急に褒められた理由が分からなかったが、ヒイロは続ける。
「…が、もしもその大男が武器に長けていて、意外に素早かったらどうするんだ?」
「え?あっ!どうしよぉ……」
急にアリスは元気をなくした。
「もしもだ。3人でクエストに出た先で、アリスが1度倒したことのある魔物と同じ魔物に遭遇して「アイツ相手なら勝てる。カルーアとサーシャは絶対に守るよ」と言って、万が一守れなかったらどうするんだ?」
「そ、それは……どうしたらぁ……」
「な?人と約束するのは難しいんだ。それに、絶対に結果を出せるとも限らないんだ」
「そ、そうだよねぇ。ごめんなさい。簡単に絶対とか言っちゃってぇ…」
「アリスを責めてる訳じゃないんだ」
ヒイロは優しい笑顔で、アリスの頭を柔らかく撫でながら続けた
「特に3人(三姉妹)のパーティではアリスが前衛なのは変わらない。そのアリスが魔物に突破されたら、カルーアとサーシャのもとに魔物が行く」
「それはダメだよぉ!」
「まァな。でも、絶対に抜かさせない事を守り続けるのは難しいだろう?相手がアリスより強いこともあるし、相手が1人じゃ相手出来ないほど多いこともあるよな?」
アリスはヒイロに近付き、彼の服の端を掴んで答えを乞う目で見上げた
「そういう時って、どうしたら良いのぉ?」
「考えるんだ。全力を尽くすんだ。絶対にやり遂げる気持ちでな」
「気持ちぃ?」
ヒイロは笑顔を浮かべると膝を曲げ、アリスと同じ目線まで腰を落とした
「世の中では色々なことが起きるものだ。平和なヘルメスの街でも急に誰かに絡まれたり、勝てる相手だと思っていたら急に数が増えたりとかな」
「う、うん……」
「だから絶対の結果は約束出来ないんだよ」
「じゃあ、どうしたら良いのぉ?」
「さっきも言ったろ?全力を尽くすんだ。それでもどうにもならなかったら仕方ないさ。カルーアもサーシャもアリスを責めたりしないだろうぜ」
「そ、そうかなぁ?」
純粋無垢なアリスは、それが本当なのか?自信が持てないようだ。
「例えば昨日サーシャが崖下に落とされたよな?」
「うん、あれはビックリしたよぉ」
「俺は普段使わないようにしている紅血化の能力を使って、絶壁の斜面を走ってサーシャを追い掛けた。結果サーシャを助けられたけど、もし、助けられなかったらサーシャは俺を責めると思うか?」
「ううん。サーシャは責めない…アタシもカルーアも責めないよぉ!」
「そうだろう。俺が必死になって全力を尽くした結果だからな……俺はアリスの明るい性格が大好きだ」
「お兄ちゃん?」
「けど、考え無しに行動して家族を危険な目に遭わせたくはないよな?」
「うん、もちろん!」
「だったら全力を尽くすんだ。人の多い場所、逆に人気がなくて怪しい場所、魔物の生息地など、何かありそうな場所では常に気を張っておくんだよ」
「分かったぁ!アタシもそうするね♪」
アリスは一応の答えを知ることが出来て、満面の笑みを浮かべた
「それで良い。アリスが一生懸命にやってくれた結果なら、誰もアリスを責めたりしないよ」
「うん、ありがとぉ♪」
アリスはヒイロの顔をマジマジと見詰めた。その時、一昨日カルーアから聞いた言葉を再び思い出した
「勢いで兄さんとキスしちゃってさ///」
アリスの目の前にはヒイロの顔があった
「(*´³`*) ㄘゅ」
「ど、どうしたんだアリス?」
「……柔らかいねぇ///」
真面目な話をしていたのに、突然アリスからキスされて驚きのあまり立ち上がったヒイロ
「あのねぇ、一昨日カルーアと寝てた時に「シャルルって人に絡まれて勢いで兄さんとキスしちゃったのさ」って聞いてからァ、キスってどんなのかな?って気になっちゃったぁ///」
「か、カルーアぁぁぁ…口が軽すぎだろお!」
思えばアリスが背中を流したい!と言い始めたのも、アリスがカルーアから聞いていたからだった。今のキスもカルーアの情報からきた行動だったことを知り、憤慨したヒイロ
「…ともかくだ。少し外に出てソードの訓練しようか?」
「え!?訓練?やるやるぅ!」
急に明るい顔になったアリス
(やっぱり話ばかりじゃ退屈だったんだな)
【リビング】
「サーシャ。兄さんと姉さんは、まだ工房なのかい?」
キッチンからカルーアが、生地の入ったボウルとオタマを持って出てきた
「2人とも、先程ソードを持って中庭に行かれましたの」
「そうなんだ…じゃあ、アップルタルトでも作っててあげようかな♪」
カルーアはヒイロとアリスが疲れて戻るだろうと予想し、キッチンで甘いものを作ることにした
【中庭】
「始める前にもう少しだけ言っておくが、アリスは柔軟性とスピードに長けている。そこを活かすように考えて戦うんだよ」
「うん、分かったぁ!」
ヒイロはレンタルの刃引きしてあるロングソードを構えた。アリスは同じレンタル用のノーマルソードと、ショートソードの二刀流で構えた
「ふうぅぅ…」
ヒイロはソードを下から上へゆっくり構え上げる。水平になる手前で「ピタッ」と止めた
「え!?」
「行くぞっ!」
ヒイロが中途半端な高さでソードを止めたことに一瞬気を取られたアリスは、ヒイロの突進に対して反応が遅れた
「ブウゥン!」
素早くバックステップしてヒイロの攻撃を回避したアリスは、地面を蹴飛ばし一気に間合いを詰めようとした
「グッ!…おおぉ!」
ヒイロは振り上げたソードを途中で強引に止めると、そのまま薙ぎ払いに移行した
(攻撃が戻ってきたぁ!止めなくちゃ…でも、力で勝負したら負けちゃう。アタシの速さを使うんだぁ!)
「しゅるん…」
戻ってくるヒイロのソードを屈んで回避したアリスは、ノーマルソードをヒイロの胸元に突き立てた
「なんとぉ!…ガシッ!」
ソードを持っていない左手で、アリスのノーマルソードを持つ左手首を掴んで止めたヒイロ
しかし!アリスに閃きが走った!
(ここだぁ!!)
「えへへぇ♪」
「あっ!?」
アリスのノーマルソードは止めたが、左手に持っていたショートソードを喉元に添えられたヒイロ
「やるなアリス。冷静な判断とテクニックだったぞ♪」
「やったぁ!お兄ちゃんに初めて勝てたァ♪ねぇねぇ、頭ナデナデして♪」
「お安い御用さ。さて、そろそろ昼飯が出来てる頃だな。家に帰ろうぜ」
頭を撫でられながら上機嫌で家へ戻っていくアリス
「お兄さま!アリスお姉さま!お昼ご飯が出来ましたの♪」
家に戻るとサーシャの肉入り野菜炒めと、カルーアのアップルタルトがアリスの初勝利を称えてくれた
(初めてお兄ちゃんに勝てた!これからも強くなって妹たちを守るんだぁ♪)
「アリス。お前は長女だから妹たちを守れるようにならないとな」
「うん!もちろんだよぉ♪」
(ま、1番年上の俺は言うまでもないんだがな)
アリスに長女としての自覚を促しつつも、同時に自分への覚悟もしたヒイロ
「やった、勝てたぁ!これからも頑張るもんねぇ♪」
ヒイロからもぎ取った初勝利が、アリスに少しだけ自信を与えてくれたようだ
続く




