6話「知ってる顔と知らない人と知ってる人と」
フードの下から出てきたのは───ミカルの顔だった。顔はミカルだが、髪型が変わっていた。胸のあたりまであった素敵な髪は、短くなっていた。顎よりも少し長いくらい。正直似合っていた。ミカルが髪を短くしたらこんな感じなのかと少しワクワクする。
「それにしても、ミカルの偽物に殺されかけてたのは、地獄なのか天国なのか………」
ミカルに殺されるなら本望!と少し思ったことがあるリディオだが、流石に死にたくはないと今回のことで分かった。
「さてと。戦いますか。リディオ君。一緒にどうですか?」
「え。何で俺の名前……」
「ミカルが結構君のことを話しているからです。愛されて何よりです」
リディオの耳が赤くなる。声が少し上擦り、視点が定まらない。
「いや!別に!違いますって!」
「はいはい」
笑顔で適当にあしらうヨーナス。
「あ。……。あー!!」
そんなふうに会話をしていたら、いつの間にかミカルの偽物はいなくなっていた。
「逃げられてしまったようですね。火で炙って蔓を切ったんでしょう。まったく……やられてしまいました」
ヨーナスはすまし顔で話す。
「何でそんなに平然としてるんですか?!逃げられたんですよ!絶対追いかけたほうがいいですよね!?」
「そうですねぇ……。やめときましょう」
「え?」
「救助が最優先という話ですし。わざわざ追いかけて時間を潰すのははっきり言って無駄です」
正論を淡々と並べるヨーナス。もちろん、救助が最優先ということはリディオもわかっていた。ただ、やられっぱなしというのはすごく嫌だった。
「さ、次、行きますよ」
「はい……」
「そんなしょぼくれた声を出さないでください。適当に回っていたら、また会えるかもしれませんし」
「はい……」
*
「大丈夫ですか?すごい傷ですね……」
足が切断されている女性に、「ヒール」と一言ヨーナスが唱えると、跡形もなく傷は消える。目に入った人を片っ端から助けているヨーナス。ざっと五十人は助けている気がする。その姿はまるで、天から舞い降りた神様。
それに比べて俺は……。
自分と会ったときも硬直し、何もできなかった。ミカルの偽物と会ったときも、ヨーナスに助けてもらった。何一つ、役に立っていない。それどころか、足を引っ張っている気もする。
「物語の主人公みたいに、強い力を持てば俺だって……」
叶いもしない事を、ただぽつりと呟く。今のリディオはただの新人騎士。強くもなければ、何か特別な力を持っているわけでもない。
「分かりませんね。そんな事を言っているだけでは、何もならないでしょう?」
「それは分かっているんですけど……。ヨーナス様はいいですよね。力も持ってるし、信頼だって勝ち取ってるんですから。俺のことなんか分からないですよ」
「………」
ふつふつと湧き上がる感情を、ヨーナスにぶつけてしまう。ヨーナスは何も言わず、ただリディオの言うことを受け止めた。しばらくすると、口を開いた。
「私は力なんて持っていませんよ。持っているのは──」
と、そこで口をつぐみ、影のある顔を見せるヨーナス。俯き、顔を上げたときにはいつもの表情に戻っており
「いえ、何でもありません」
「……?」
「人生は常に己との戦いです。今はまだ経験が足りないだけで、頑張っていれば目標に追いつくことが出来ますよ」
「は、はい……!」
団長であるヨーナスにそう言ってもらえて、少し自信が持てたような気がした。一度気持ちを切り替えて、目の前のことに集中しよう。両頬を叩き、前を向く。
「おっと。長話している場合じゃありませんね」
背後から来る偽物を察知。振り返りもせず、リディオの方を向いたまま蔓を使い敵を縛り上げる。一見何もしてなさそうに見えるが、無詠唱なうえに相手を見ずに蔓を操るという、とてつもなく高度なことを軽くやってのけている。
「ずっと思っているんですが、本当に戦わないんですね」
今回も行動不能にしただけだ。ヨーナスが真正面に戦うところを、リディオはまだ一回も見ていない。
「体力が消耗してしまいますし、何だか強そうな気がするので。簡単に倒せなさそうな相手はごめんです。時間の無駄なので」
この清々しい笑顔で正論を言うのは直してほしい。正直言って怖い。
でも、ヨーナス様なら簡単に倒せそうだけどな。と、リディオは言いたくなる。今にも出てきてしまいそうな言葉をぐっと飲み込み、相槌を打つ。
「そろそろ中心に向かってもいいでしょう。この周辺は全て助け出せた気がします」
「そうですね」
中心の方が静かになっている気がするが、きっと気のせいだろう。頭を振って、余計なことを脳みそから出す。
「何してるんですか?行きますよ」
「は、はい。すみません…」
*
「リディオ!良かったぁ。一応心配してたんだから」
「一応かよ!」
中心に行くと、ミカルと再会できた。軽いジョークを交わしながら、ひとまずミカルが無事だということに安心する。
「あの後大丈夫だったか?」
「うん。ちゃんと送り届けることもできたし、回復魔法が上手な人が治療してた。たぶん助かると思う」
「そうか。良かった」
「リディオもあの後大丈夫だったの?」
脈が大きく波打つ。本当のことはあまり話したくない。散々格好つけたのに、ピンチになりヨーナス様に助けてもらいました……。なんて、男として恥ずかしい。
「ねーえ。聞いてる?」
黙っていると、ミカルは下から顔を覗き込んできた。なんて答えようか。嘘をつくと後が怖いからな……。
「実は、ヨーナス様に助けてもらって」
「え?ヨーナス様に?」
「うん。一緒に行動してて。ほら。隣に……あれ?」
さっきまでいたヨーナスが見当たらない。するとミカルはリディオの右側をじっと見たあと、手から水を発射させた。
「冷たいっ!」
ヨーナスの声が右側から聞こえてくる。隣には誰もいなかったのに、みるみるうちにヨーナスの姿が現れる。
「ヨーナス様。毎度のことながら、盗み聞きはやめて下さい」
「盗み聞きなんて人聞きの悪い。私は若い二人の邪魔をしてはいけないと思い、姿を隠していただけでありまして……」
「やめて下さい」
「はい」
ヨーナスの言い訳をきっぱりと断る。リディオは、ミカルがこのやり取りに慣れているように見えた。
「でも…」
と、言葉を続けるミカル。
「リディオを助けて下さったのは感謝してもしきれません。リディオのことだから、啖呵を切っていてもろくな目にあっていないと思っていましたので」
「そんなにきっぱり言われると悲しい」
まぁ、実際にそうだから何も言い返せないのだけれど。
「それはそうとして、敵は撤退したのか?フードの人たちが全くもって見当たらない気がする」
「そうみたい。さっきカミーユ様が撤退したと仰ってた。敵の方も体制が崩れてきたんでしょ。きっと」
「そうか」
胸を撫で下ろすリディオ。とりあえず、戦いは一旦終了だと思うと安心以外の感情が出てこない。
「でも、またいつ来るか分からないのが怖いよね」
「そうだな……」
「それまでにどう対策するか……。団長として頑張らないといけませんね」
これはまだ始まりに過ぎないと誰もが思っていることだろう。これから忙しくなる。直感的にそう思った。
「とりあえず、まだ負傷している人がたくさんいます。団長。指示をお願いします」
「そうですね。まずは魔道士を集めましょうか。配置と役割を振り分けたいです」
「分かりました。では、いつも通り連絡用の魔法を空に………」
魔道士はもう事後対策を行っている。騎士団も何か指示があるだろう。団長がいるであろう中央に向かおう。
「じゃぁ、ミカル。また後で」
「はーい。リディオも頑張ってね〜」
こうしてリディオは二人と別れた。
*
「助からなかった…か」
瓦礫の下に居たのは無惨にも死んだ女性。エプロンを着ており、見た目も三十代くらいだ。もし、この女性に子供がいて、母親がこんな姿になったと知ったら……。
「残された子供は何を思うんだろう」
しかし、リディオにはどうすることもできない。救助と上は言っているが、そんなものではないことはリディオにも分かる。逃げた人以外、助かっている人はいないだろう。救助と言う名の死体回収だ。
腕を額に押し付ける。息を整える。そして再び、リディオは瓦礫に手をかけた。




