5話「風と光と新たな影と」
「と言っても、俺は魔術が使えんでございま……ひぇっ!」
躊躇なく上の方から手のひらサイズの火玉を無造作に放つ。リディオは低く体制を取り一つ一つ丁寧に避けていく。しばらくすると攻撃は止み、息を切らしたリディオが立っていた。
「おいッ!勝手に始めるなッ!!」
いきなりの襲撃。リディオは偽物に向かって怒りを飛ばす。もちろんそれも立派な「作戦」と言うことは理解していたが、真正面から戦いたいリディオにとっては怒らずにはいられなかった。と言っても、一方通行の気持ちなので偽物は次々に仕掛けていく。
「なんだこれ!」
半径五メートルくらいの青い魔法陣がリディオを中心として現れた。逃げずにそこで動揺していると、ゾクリとした感覚が体中に流れた。
「おい!お前何を……!」
屋根の上にいる偽物に向かって叫ぶのを合図かのように、偽物は左手を下からすくい上げ、空へ挙げる。魔法陣全域に、大量の水が地面から発射される。
「ガッ………」
それは人をも軽々と持ち上げるほどで、リディオも例外ではなかった。水圧に耐えられなかったリディオの体が宙に舞う。空中でなにかできるというわけではない。重力に逆らえない体はそのまま何もできず、地面に叩きつけられる。聞くに耐えない鈍い音が響き渡る。
「ぐっ………いっ………てぇ」
剣を地面に突き刺し、それで体を支えながら立ち上がる。何事もなかったかのようにびちょびょになった服を絞る。
「───!」
一歩、ニ歩と後退りする偽物。顔は見えないが、きっとこう思っているに違いない。あんなに体叩きつけられたのにたち上がれるなんてどうかしてる!と。リディオは生まれつき、体が強かった。昔からやんちゃなところがあり、木から落ちるのは日常茶飯事だったが、ピンピンしていた。だから、今回のも少し傷ができたくらいで終了だ。
「さてと、次はこっちの番だ」
屈伸をし、ストレッチをする。体を慣らしたあと、助走をつけ屋根の上まで──飛ぶ。
「おぉ!やっぱ偽物にできることは俺も出来るんだな!流石だ!俺!」
した本人が一番驚いていた。リディオは一回も地面から屋根へ登ったことなんてなかったからだ。屋根なんて登る場面なんてそもそもないし、登ったら登ったで街の人達から大ブーイングを浴びせられる。
偽物だけできる……なんて言うのは癪だからというリディオの対抗心から、偽物みたいに登ってみよう!と思いついた。実際、成功できたし、魔法をぶっ放してくる偽物を追い詰めることができた。
「さて!ようやく対等になったぜ。これでもう一方通行の戦いはないからな!」
多少距離があるのでまだ顔がみえない。目元もフードの影で隠されており、見えるのは口元のみ。
「──。──!」
「うわっ!」
偽物は、手のひらをリディオに向け何か呟く。その瞬間、右側からものすごい風が吹いてきた。偽物の方は何の変化もない。と言うことは、偽物がリディオに施した魔法ということになる。
「近づけさせないように風を吹かせ行動を制限。あわよくば風の力で屋根から突き落とそう……って考えか。俺には到底思いつかねぇな。これが作戦ってやつか」
全く立てないと言うわけでもないが、相当集中していないと、すぐにバランスを崩して転落してしまう。とりあえず、右手を屋根に付きしゃがむ。風に気を取られて、なかなか攻撃に入れない。
「いやぁ。厄介だ。これで魔法なんか打たれたら………。考えたくもねぇ」
ここは屋根の上。ちゃんとした逃げ場もない。加えて風ときた。この状況で走るのは至難の技だろう。つまり、敵にとっては絶好のチャンスになっている。
「魔道士相手じゃどうにもならないな。この風だってどうにかなるわけじゃないし……。っておいおいっ!」
リディオは、真上に真っ黒な雲が浮かんでいることに気がついた。この雲はきっと雷雲。リディオの上以外の空は普通に晴れているので、これも偽物が作ったものなのだろう。
「やべ……」
逃げられない──。
受け止める以外無理だと覚悟したリディオは、目をつむり、力を入れる。
次の瞬間、一本の光が落ちてきた。ずっしりとした光だ。落ちたと同時に、耳が壊れそうなほどの爆発音が鳴り響いた。屋根にはぽっかりと穴が空き、苦い匂いが鼻を突き刺した。
「あれ?」
薄っすらと目を開けるリディオ。いつの間にか地上に居たことに、不思議な感覚を覚えた。腹には丈夫な蔓が巻き付いており、根は地面から生えていた。無理やり取ろうとしたがなかなか取れない。
「すみません。すぐに取りますので」
そう言われた瞬間、硬かった蔓が嘘のようにするりと抜け落ちた。その蔓を取った人は、無造作に伸びた少し長い髪は透明感のある紫色で、黒い眼鏡をかけている。眼鏡を掛けていても抑えきれない……いや、掛けていることで醸し出しているのか分からないが、とてつもない色気がある。確か、この人は……。
「申し遅れました。私、魔道士団長のヨーナスです」
「あ、ども」
リディオは丁寧な挨拶に、思わずペコリと頭を下げる。
「貴方様が大変そうに見えましたので、蔓で引っ張り、安全な場所へと移させて頂きました。っと…。こらこら。逃げないでください」
リディオとヨーナスが話している間に、逃げようとした偽物に蔓を巻き付ける。先程のリディオみたいにぐるぐる巻だ。蔓は自ら動き、偽物を持ち上げ地面へと下ろした。
「こんなふうに……ね。少々雑なやり方ですが、緊急だったもので」
「いえ!むしろ助けて頂いてありがとうございました」
「貴方様が死んだら困る人がたくさん出てくるでしょう?私は当然のことをしたまでですよ」
小さく笑みを浮かべるヨーナス。
確かに、自分が死んでどれほどの人が悲しむだろう。自分が死んでも関係ないのに、快く救いの手を差し伸べてくれたヨーナス。ミカルが尊敬するのも無理はない。
「さてと……。誰の偽物何でしょうね。まぁ、だいたい予想はつきますが」
地面から生えている蔓が手や足に巻き付き、身動きが取れない偽物に向かって言う。リディオも確信は持てないものの、なんとなく誰なのかは分かっている。体型と身長、そして風の魔法。知ってる限り一人しかいない。
「答え合わせです」
ヨーナスは三角形の手の形を作る。目には見えないが、風が生まれたような気配がした。その風は偽物に向かって一直線。風でフードが外れる。
「やっぱり。私の、予想は当たっていましたね」




