悪役公爵ロクサーヌの元へ
リリィの言った通り、私は結局、アレクシスの住まう辺境の地へ追いやられてしまった。
私は護送用の馬車に乗って一人、悪役公爵アレクシスが住まう辺境の城へやってきた。
屋敷の近くまで来ると、ヒースが手配した役人達は私を置き去りにして王都へと戻ってしまう。
(全く、なんということだろう_)
あんなにもリリィのために尽くしたというのに……その見返りがこれだなんて信じられない。
今までの努力が水の泡だ。
泣きわめきたい気分だけれど、どれだけそれを訴えたところで、もうここにリリィはいない。
こうなったら、腹を決めて彼女の言う通り、悪役公爵ロクサーヌのもとへ行くしかなくなった。
別に、彼女が私に指示したように、リリィの手助けをするつもりなんて毛頭ない。
けれど、如何せんこの辺境地には彼の住まう屋敷以外には行くところなど無いのだ。
(このまま野垂れ死にするくらいなら、ダメ元であの凶悪な公爵の元を訪ねてみよう)
そう決心した。
前方には怪しげな巨城が控えている。私はしぶしぶ歩き出した。
ロクサーヌは、物語の後半でヒースの敵となる重要人物だ。
ゲームシナリオでは、彼と、ヒース王太子との双方には長年の一族間の闘争がある。
だから、ロクサーヌはなにかにつけてヒースのことを妨害しているのだった。
ゲーム内では、その妨害行為が、彼の婚約者であるリリィにも降りかかる。それを二人で協力して打ち負かす。というのがハッピーエンディングに向けての流れになっている。
ゲーム内のラスボス的存在ということもあり、ロクサーヌは性格が凶悪で、そして魔力も大きい強キャラだ。そんな彼の素顔を見たものはいない。
彼は、銀髪に赤紫色の瞳という、一見イケメンの条件に合致しているキャラクターながら、常に仮面を被って素顔を隠しているという怪しいキャラクターだった。
そんなロクサーヌと私との関係性なのだが、正直、ロクサーヌとマリアンヌの関係はストーリー内ではあまり触れられていない。
マリアンヌは主にストーリーの前半部分でのリリィの妨害要素として動くので、ロクサーヌが登場する頃には出番はなく、二人の直接的な絡みも無い。これからロクサーヌに接触しようとする私に、彼がどんな反応をするかはよくわからない。
もしかしたら対面早々命を狙われる危険性だってあるし……心しておかなければ。
* * *
暗いゴシック調の荘厳なお城。手前には、重たい鉄格子の門が構えている
私は、気を引き締めて中へと進んでいった。
私は薄暗いお城の謁見室のようなところに案内された。
奥の壁に据えられた椅子には、ロクサーヌが優雅に腰掛けている。
「ヴァロア公爵令嬢、マリアンヌ。
このような辺境の城にわざわざお越しいただくとは、一体何用だ?」
「ロクサーヌ、ごきげんよう。
実はあなたにお願いがあってまいりましたの__」
私はそう言って、わたしは一歩前へ出る。
「実は、あなたが犬猿しているヒース王太子なのですが_」
「言わずとも知っている。
お前はヒースに学園から追放されて、この場所まで連れて来られたのだろう」
「えっ……どうしてそれを?」
ロクサーヌは、なぜだか私が追放された経緯を知っているようだった。
「当然だろう。この国において、私が自らの宿敵の動向を知らないはずがない」
言われて、私はハッとした。
そういえば、ロクサーヌにはある特殊能力があった。ゲーム内では、ロクサーヌがリリィ達を妨害するにあたり、彼がリリィ達の動向を探る摸写があった。
ロクサーヌは強大な魔力を持っており、その魔力を用いてあらゆる魔物を使役している。
そのうち小型のカラスなどの魔物を学園内に忍び込ませることで、ヒース達の動向を監視しているようなことが可能だった。
「あの小娘にしてやられるとは、おまえも落ちぶれたな。」
「_やはり、あなたには全てお見通しだったのですね」
ゲームと同様に、ヒースや学園での生徒たちの動向は、彼にはお見通しだったということか。
事情を知られていたのなら仕方がない。
「ご存知ならば仕方ありませんわ。
そうです、そのせいで私は追放されました。」
私は白状した。
まあ、それは表向きはそうなのだけれど、なんだか心外だ。だって、私が行ってきた数々の悪事やその失態は、全てゲームシナリオに沿ってわざとやっただけだ。リリィにそう強要されて仕方なく行っただけ。けれど、それを彼に言ったところでなんにもならない。
「そのせいで彼に学園を追い出されて、もう他に行くところもありません。その…もしできればこの屋敷にしばらくおいていただけないでしょうか…?」
「なぜ私が、お前に手を貸す必要があるんだ?」
ロクサーヌは嘲笑した。
たしかに、部外者の私に対してそれは当然の疑問だった。
「……無償でとはいいませんわ。
私の知る情報を、すべてお話しいたします」
ロクサーヌに取り入るにあたり、私はこれ以上リリィたちの肩を持つ気は無いときめていた。だって、私はリリィに裏切られて、半ば強制的にここに追いやられたのだから。今更彼女のために行動してやることなんて無い。
私が訴えると、ロクサーヌは暫く考え込んでいるようだった。
「だが、信じられないな。
今まであんなにもヒースに入れ込んでいたおまえが、急に私に寝返るなど。むしろ、これはあいつがおまえを刺客として送り込んできた、と考える事もできる。」
「ご心配なさらずとも、私を追放した彼のことなど、もうきっぱり諦めましたわ」
これは本心だった。そもそも私はヒースに興味など無かった。リリィがヒースとの恋愛を進めるために、悪徳令嬢マリアンヌとして振る舞っていただけだ。
きっぱりとそういったものの、彼は私を疑っているのか、なかなか首を立てには振らなかった。
「__ここに置いていただけないのであれば、仕方がありません。他を当たります。」
無理なら仕方がない、というかそもそもあまり期待はしていなかったし。
諦めて、暫くは近隣の町にでも身を寄せるか、何か手立てを考えよう。
こういう時、頼れるのは兄の存在だった。マリアンヌに異常な愛着を持っているお兄様なら、きっと私のことを探しに来てくれるはず__。
そう思って振り向いて出口の方へ歩き出そうとしたとき。
「待て。話はまだ終わっていない。」
出ていこうとする私の背後で、ロクサーヌが呼び止めた。
振り返った私の眼の前には、いつの間にかロクサーヌさまが立っていた。
「……帰る? とんでもない、私は君をここから帰すつもりはないよ。」
「えっ?」
「あんな話を聞かされて、君をこのまま解放するわけがないだろう?
人質として、しばらくこの城に拘束する。」
戸惑う私をよそに、彼はおもむろに私の前で、つけていた仮面に手をかける。
そして、眼の前でそれを外した。
白銀の髪に、紫陽花色の瞳。それは先程まで仮面の隙間から覗いていたものと同じだ。しかし、その下面の奥にあった彼の素顔に、思わず私は息を呑んだ。
遠きのように白い肌、ほっそりとした骨格に、ツンと尖った鼻先、薄い唇。透き通った紫陽花色の瞳に吸い込まれそうになる。夢かと思うほどの美しい顔立ちがそこにあった。
「っ……」
彼の素顔を眼の前にして、思わず私は見とれて言葉を失ってしまう。
「__ちょ、ちょっと、何言っているのですか。
それは困りますわ。」
少し間を置いて、私は現実に引き戻された。
そのまま彼の腕をほどいて逃げ出そうとするが、彼はがしり、と私の腕を掴んでびくともしない。
もがく私をよそに、ロクサーヌは周囲へ向けて軽く指を鳴らした。
すると、控えていた近衛たちが一斉に動く。気づいたときには、すでに囲まれていた。
「な、なにをするんですかっ!?」
抵抗する間もなく、私はそのまま拘束され、連行されてしまった。




