最後のあがき
「最後に、一つだけお願いがあるのです」
意気消沈していたリリィが、おもむろに口を開いた。
「マリアンヌさんと、二人きりで話をさせてもらえませんか?」
ロクサーヌ様とヒース様が顔を見合わせる。私は二人に頷いてみせると、リリィの願いを聞き入れて、部屋の奥のテラスへと向かった。
「……リリィ、どうしてこんなことを?」
二人きりになると、私はあらためて問いかけた。まさか彼女がここまでするとは思っていなかった。面倒くさいとは思いながらも、できる限り彼女の言うことを聞いてきたつもりだったのに。
「あなたにはわからないわよ」
リリィは私を睨みつけて、冷たく吐き捨てた。
「全部あなたのせいなのよ。ここは私が主人公の、私のためにある世界だったのに——あなたが出しゃばるせいで、めちゃくちゃになった」
「でも、最初はあなたの言う通りにしていたじゃない」
「それが、気に食わないのよ。あなたは悪役のくせに、善人ぶって私の邪魔ばかりして、私のものを横取りしようとする。それなのに、本人はその気はないですって顔をして——」
リリィは血走った目で私を睨みつけていた。その剣幕に、私は思わず一歩後退る。
「そ、そんなつもりは——」
「そうやって主人公気取りするのはやめて! あなたは所詮悪役なの。悪役は主人公にはなれない。どうあがいたって悪役は悪役として、みんなから蔑まれて、嫌われて、不幸になるのよ! おまえなんか、こうしてやるわ!」
そう叫ぶと、リリィが突然私に掴みかかってきた。
「マリアンヌさん! ら、乱暴はやめてください! は、放して——!!」
部屋の中にも聞こえるような甲高い声で、リリィが叫ぶ。
「ちょ、ちょっと、何を言っているの?」
私は混乱した。まるで私がリリィを襲っているかのような叫び声だった。問いただそうとする間もなく、リリィは私に掴みかかったままテラスの欄干の方へともつれ込んでいく。そして——そのまま自らバルコニーを飛び越えて、下へ落ちていってしまった。
「リリィ、マリアンヌ、一体どうした!?」
直後、ヒース様とロクサーヌ様がテラスへ駆け込んできた。そこにはリリィともつれた形跡だけが残り、私だけが取り残されていた。
* * *
「し、信じてください。私は何も……」
気が動転していた。リリィは自分からバルコニーを飛び越えたのに、傍から見れば私が突き落としたようにしか見えない。
「リリィ……」
ヒース様は私を通り越してバルコニーの下を覗き込んだ。眼下には広い噴水があり、リリィはその水面に浮かんでいる。二階ほどの高さから落ちたのだから、打ちどころが悪くなければまだ生きているはずだ。ヒース様はすぐさま家来を集めてリリィの救出に向かわせた。
「マリアンヌ、これは一体どういうことなんだ。やはりリリィは君に——」
「違います。リリィは自分から——」
「落ちていった」
と言おうとして、私は口ごもった。そんなことを言っても信じてもらえるだろうか。
「し、信じてください……」
弱々しくそれだけ訴えることしかできなかった。ようやく無実が晴れたと思ったら、また次の災難だ。目撃者もいないし、今度こそ言い逃れは難しいかもしれない。目の前が真っ暗になった。
「心配いらない。私は君が無実だとわかっている。それに、目撃者ならいる」
顔を上げると、ロクサーヌ様が立っていた。
彼がおもむろに片腕を掲げると、どこからか大きな黒いカラスが舞い降りてきて、その腕に止まった。
(あなたは——屋敷でよく見かけていたカラス)
艶のある黒い羽に、綺麗な紫陽花色の瞳。言われてみれば、ロクサーヌ様の瞳とまったく同じ色だ。
「部屋にいなくとも、彼が君のことをずっと見ていた」
「このカラスが、ロクサーヌ様の使い魔だったのですか?」
ロクサーヌ様は静かに頷いた。
(ということは、ロクサーヌ様はずっとこのカラスを通じて私の様子を……)
だとすれば、私たちの行動を知っていたことも、恐山に連れ去られた時にすぐ助けに来てくれたことも、全部説明がつく。
ロクサーヌ様は私を安心させるように、静かに微笑んだ。




