法廷にて
到着早々、予想通り私は王室付きの衛兵たちに取り囲まれて拘束されてしまった。
「ちょっ、ちょっと、いきなり何をするんですか!?」
必死に抵抗したけれど虚しく、私はヒース様やリリィの待つ王都の大法廷へと引きずり出されてしまった。
「マリアンヌ・ド・ヴァロア。貴様は王都およびアスタリス地方に疫病を振りまき、民を混乱させた罪に問われている。申し開きはあるか?」
裁判長が威厳を持って問うた。私は必死に首を振る。
「いいえ、それは偽りです。私は決してそのようなことをした覚えはございません」
「デタラメを言うな! 貴様が犯したことは、数々の証拠と証人が証明している。証人を!」
検察官が声を上げると、法廷内に数人の人物が入ってきた。誰一人、私には見覚えのない顔ぶれだった。
証人たちは一列に並ぶと、一人ずつ証言をしていった。
「私は、アスタリスの地に住む農夫です。町に疫病が流行り始める少し前、綺麗な身なりをした令嬢が村にこっそりとやってきて、枯れた植物のようなものを捨てていきました。当時はそれが何なのかわかりませんでしたが、その後すぐに近隣の街で疫病が流行り始めたのです。今思えばあれは黒魔術を施した毒草だったのでしょう。そして、あの時の令嬢の姿形は——今思えばマリアンヌ様に間違いございません」
慎ましい身なりの農夫が語り終えると、続いて隣に立つ初老の女性が口を開いた。
「私は王都で疫病患者の救護に当たっていた看護師です。マリアンヌ様が疫病の特効薬をお持ちになった際、彼女はなぜか疫病についてとても詳しい様子でした。そしてある時、彼女がこんなことを呟くのを聞いてしまったのです。『厄介なことになったわ。でもこうしてわざわざ治療して回っているのだから、私が拡散した張本人だとは思わないでしょう』と——」
(でたらめだ……!)
今すぐ抗議したい衝動を必死に抑える。そんなこと、一度も言ったことがない。よく知りもしない人物たちが、よくもそんなことが言えたものだと、私は開いた口が塞がらなかった。
三人目の証人は男性だった。その顔には、どこかで見覚えがあるような気がした。
「アスタリス公爵様の屋敷に出入りしている使用人です。マリアンヌ様が屋敷の温室で怪しげな魔法薬の実験をしているのを、度々目撃しておりました。疫病の原因となった薬草も、あの温室で同じものを見かけたことがございます」
証言が終わると、検察官は今度は証拠品を提示してきた。
「これは、アスタリス公爵家から押収された、疫病を発生させる呪われた薬草——通称『怨疫草』です」
差し出されたのは、背丈の半分ほどもある、黒い枝をした植木だった。葉はまるで焦げたように真っ黒で、その先に黒百合に似た細長い蕾がいくつかついている。
「怨疫草は、呪いを施すとこのように黒く変色します。この草が花を咲かせると、花粉が遠くまで飛散して人々に疫病をもたらすのです」
(へえ、そうなんだ)
聞いていてつい感心してしまった。薬草学を学んでいる私でも、疫病の感染源がこれだとは知らなかった。ということは——この怨疫草が、私ではなく別の誰かによって持ち込まれた可能性もあるということになる。
「被告人、これだけの証拠が揃っている。申し開きはあるか?」
検察官が強い口調で迫ってきた。私が言い淀んでいると、突然、弁護人席から低く透き通った声が法廷に響き渡った。
「お待ちください。検察側の主張には、いくつか疑義があります」
声のする方に目を向けると、ロクサーヌ様が席から立ち上がり、鋭い瞳で検察側を見据えていた。
「まず、検察側の主張の大半が目撃証言に基づくものに過ぎないという点です。証人を用意して都合の良い証言をさせることなど、いくらでもできます。これらをもって有効な証拠とは呼べません」
「なんだと、証人が虚偽の証言をしていると言うつもりか!」
検察側からすかさず反論が入ったが、ロクサーヌ様は動じなかった。
「今どき、証人を買収して有利な証言をさせることなど珍しいことでもないでしょう。ちょっと金をちらつかせれば誰にでもできる芸当です」
言われて、検察官は黙り込んだ。
「それから、証拠品についても反論があります。我が屋敷の温室から押収されたとされる怨疫草ですが——屋敷内の草木の管理は、執事と庭番が帳簿をつけて一元管理しています。疫病が流行した前後の記録を調べましたが、そのような薬草が育てられていた形跡は一切ありません。そのようなものが屋敷から見つかるとは到底考えられない。誰かがマリアンヌに罪をなすりつけるために、意図的に持ち込んだものではないでしょうか」
ロクサーヌ様が冷静に突き返すと、法廷内にどよめきが走った。
「貴様……でたらめを言いおって」
「反論があるなら、証人たちの証言の正当性を示す証拠を持ってきてください。それから、怨疫草が確実にマリアンヌによって持ち込まれたという証拠も」
法廷が静まり返った。検察官側も、証拠が不十分であることは自覚しているらしい。苦々しい表情を浮かべながらも、それ以上の反論はなかった。
(どうにか、冤罪は免れそうね……)
私はほっと胸を撫で下ろした。身に覚えのない罪で拘束された時はどうなることかと思ったけれど、実際には有効な証拠が揃っていなかったようだ。それもそのはずで、私は本当に何もしていないのだから。
安堵したのも束の間、傍聴席から声が上がった。
「お待ちくださいませ。マリアンヌさんをこのまま無罪放免にするのは、黙っておられませんわ」
立ち上がったのはリリィだった。
「私は本人から直接、彼女が疫病を振りまいた張本人であると聞いたのです。このまま言い逃れをしようなんて、そうはいきませんわ」
「リリィ……」
私はリリィを見つめて静かに呟いた。彼女がどうしてこんなことをするのか、この期に及んでも私にはまだ理解できなかった。
「君の証言には何ら効力はない」
ロクサーヌ様はリリィを一言で退けると、静かに続けた。
「それよりも、この事件にはいくつか不審な点があります。私が独自に調査したところ、証人や検察関係者の何人かが——今回の件について、リリィからの指示を受けて証言や立件を進めたと証言しています」
「だ、誰がそんなことを……!」
リリィはすぐさま否定したが、その声は明らかに上ずっていた。動揺を隠しきれていない。
法廷内が再び静まり返ると、裁判長は木槌を叩いた。
「被告人を無罪とする」
拘束を解かれ、私はようやく解放された。




