(回想)リリィとロクサーヌとのやり取り
マリアンヌが救出されたとの知らせは、すぐに王宮にも届いた。
その報告を聞いた瞬間、リリィは下唇を噛んだ。
思い出されるのは、マリアンヌが失踪した晩のロクサーヌとのやり取りだった。
「君の話は、もう聞き飽きたよ」
ロクサーヌはゾッとするような冷たい笑みを浮かべてリリィを見下ろしていた。思わず一歩後退ったリリィを尻目に、彼はどこまでも余裕そうに構えていた。
「マリアンヌが偽物? 同じ偽物のおまえが言うのだから、それは正しいのだろう」
「えっ? それはどういうことですの?」
思わず聞き返したリリィに、ロクサーヌは窓の外へ視線を向けながら静かに続けた。
「私も、最初におまえたちの会話を耳にした時は、何のことを言っているのかさっぱりわからなかった」
「会話……?」
「私は学園内に使い魔を忍び込ませて、ヒースや周辺人物の動向を常に把握していた。入学初期の頃だったか——偶然耳にしてしまったんだ。リリィとマリアンヌが、ゲームだのキャラクターだのと、これから起こることを知っているような不思議な会話をしているのを」
言われて、リリィは思い当たった。確かにゲームの中でも、ロクサーヌは使い魔を通じて学園内の情報を収集していた。
(まさか、あの時の会話を聞かれていたというの?)
「非常に興味深かったよ。しばらく観察していると、マリアンヌはわざとヒースとおまえの仲を妨害するような行動を取り始めた。それがおまえたちの言うシナリオというものなのだろう。そして、マリアンヌが私のもとへやってきた——私が関わってくる番が来た、ということだ」
振り返ったロクサーヌの瞳は、燭台の光を受けて怪しい黄昏色に染まっていた。
「前々からヒースのことは気に食わないと思っていたし、そろそろ動き出すつもりもあった。おまえたちの話の辻褄は合う」
「まさか……全部知ったうえで、マリアンヌを?」
まずい、とリリィは思った。自分がマリアンヌを貶めるために積み上げてきたことが、全部無意味になってしまう。
「そうだ、全部知っていた。マリアンヌが自分のもとへやってくることも、その目的も。おまえはマリアンヌが偽物だと私に言ったが、そんなことは最初からどうでもよかった。確かに私とマリアンヌは許嫁同士だったが、幼少期以降に特段の交流があったわけでもない。彼女の中身が何であれ、私には関係ない」
「で、でも、マリアンヌ自身は……?」
マリアンヌ本人は、ロクサーヌが全て知っていることに気づいていないはずだ。それなのに、どうして無事でいられるの?
「マリアンヌには、私がおまえたちの事情を知っていることを伝えていない。でも、知ったところでもう手遅れだ——彼女は既に衆目の前で私との婚約を了承してしまったのだから。今更足掻こうとしても、もう逃げられないよ」
ロクサーヌはその妖艶な瞳を細めて微笑んだ。凍りつくほど美しいその笑みは、まるで彼の深奥に潜む歪な欲望の淵を覗かせているようだった。
リリィは背筋が凍る思いで、その場に立ち尽くしていた。
* * *
マリアンヌが失踪した翌日、早くも救出されたとの知らせが届いた。
「なに? それは本当か?」
王室付きの家来からの報告を聞いて、ヒースが身を乗り出す。執務の手伝いをしていたリリィも驚愕の表情で家来を見やった。
報告によれば、マリアンヌは北の恐山に攫われていたところをロクサーヌに救出され、現在はアスタリスの屋敷で保護されているという。
「無事だという知らせは良かった。しかし——なぜ一度屋敷へ戻ったのだ。恐山からであれば、王宮の方が距離的に近いだろう」
ヒースが眉をひそめる。その懸念はリリィにも容易に想像がついた。マリアンヌが失踪した夜、彼はリリィから疫病事件の告発を聞かされている。ロクサーヌが彼女を自身の屋敷に匿っているとすれば、王宮に呼び出すのは一筋縄ではいかない。
「すぐにでもマリアンヌを呼び出して話を聞かなければならない」
(まずいことになったわね……)
リリィは俯いて唇を噛んだ。
マリアンヌが生きているとなれば、彼女は必ず無実を訴えてくるだろう。そしてその時、ロクサーヌは間違いなくマリアンヌの味方をする。そうなれば、リリィはさらに追い詰められかねない。
(恐山に捨て置くくらいでは甘かったわ)
あの日、王宮からマリアンヌを攫わせるよう仕組んだのは、他でもないリリィだった。午後に二人きりで会った後、彼女が一人になった隙を見計らって手配したのだ。聖女の推薦を辞退させることには成功した。しかし、それだけでは足りなかった。マリアンヌが存在する限り、自分は主人公として輝けない
——そう思うと、いっそ本気で消してしまいたいという衝動に駆られてしまった。
(それにしても、どうやってあんな場所から助け出したのかしら)
訝しんだけれど、考えてみればロクサーヌには凶悪な使い魔たちが大勢いる。またしても邪魔をされてしまった。
(まあいいわ。マリアンヌが無実を訴えるつもりなら、こっちにも考えがある)
どんな事があっても、最後に笑うのは主人公であるこの私よ——リリィは内心でそう呟いた。
ヒースはさっそくマリアンヌを王宮へ呼び出す書簡を出した。ロクサーヌが無視を決め込む可能性もあったが、意外にも二人はその依頼を承諾した。数日後、マリアンヌとロクサーヌは王宮に姿を現した。
* * *
ヒース様からの呼び出しが届く、少し前のことだった。
私はロクサーヌ様から、自分が失踪していたあいだに王宮で何が起きていたかを聞かされていた。
「——というわけで、君はおそらく国から重罪人として手配されることになる」
「えっ、それは本当ですか!?」
予想もしていなかった事態に、私は仰天してしまった。
「でも、私はリリィが言っているようなことをした覚えはありません」
「ああ、それは私も分かっている。おそらくリリィが仕組んだデタラメだろう」
「そんな……。どうしてリリィがそんなことを?」
よく意味がわからなかった。リリィは私が連れ去られる直前まで、今後の話をしていた。彼女の言う通りにすれば、しばらくは身の危険はないような言いぶりだったのに。
「おそらく、君を誰にも気取られずに連れ去るための口実だったのかも知れない。動機はわからないが、このまま行けば君は疫病を撒いた罪で投獄されるだろうな」
「……であれば、何としても無実を証明しなければなりませんね」
疫病を撒いた犯人と断定されてしまえば、極刑は免れない。でも、リリィが用意周到に準備して私を陥れたのだとしたら、そう簡単に無実を証明できるとも思えない。
「リリィは裏でいろいろと手を回しているかもしれません。一体どうしたら……」
このまま素直に王宮へ戻って良いものだろうか。不安でロクサーヌ様を見上げると、彼はなぜか余裕そうな笑みを浮かべていた。
「それに関しては心配いらないよ」
「えっ?」
「今回の件については、私が君の無実を証明する準備をしていた。君は自身の無実を訴えれば良い」
ロクサーヌ様はきっぱりとそう言って、確信に満ちた瞳でこちらを見た。
——こうして私たちは、王宮へと向かうこととなった。




