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ヒロインに悪役を押し付けられた悪役令嬢、追放エンド後にラスボスの悪役公爵さまに愛重めに囚われる  作者: 秋名はる


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失踪事件

夕方ごろになって、マリアンヌが城内から忽然と姿を消したという知らせが、ヒースとリリィのもとに届いた。


「マリアンヌが姿を消した!? 本当にどこにもいないのか?」


客間の一室で使用人からの報告を聞いたヒースは、驚愕の声を上げた。


「はい。夕食にお呼びした際に、部屋にいらっしゃらないことに気が付きまして。屋敷内をくまなく探したのですが、どこにも姿が見えないのです」


ヒースはすぐさまロクサーヌとリリィを呼び寄せ、マリアンヌとロクサーヌが滞在していた客室に集まった。


「午前中は、王妃様も交えて聖女の推薦の話をしていたな。ロクサーヌ、君はマリアンヌの姿が見えなくなったことに気が付かなかったのか?」


「昼食を取った後は、マリアンヌはリリィと会う約束をしていると聞いていた」


そう言って、ロクサーヌはリリィの方を静かに見やる。


午前中の謁見の後、マリアンヌはリリィと二人でお茶をしていたはずだ。つまり失踪したのは、その後——午後から夕方にかけての間ということになる。


「はい、確かに午後はマリアンヌさんとご一緒していましたわ。でも、軽くお茶をしただけですぐに解散して——その後は客室に戻ったはずです。それからは、私も彼女の姿は見ておりませんの」


「リリィが別れた後は、誰もマリアンヌを見ていないのだな……一体どうして」


ヒースが険しい顔をして腕を組んだ。沈黙が部屋に満ちる。

その時、リリィはおもむろに口を開いた。


「実は——皆様にお伝えしなければならないことがあるのです」


使用人を退室させ、部屋に残ったのはリリィとヒース、それからロクサーヌの三人だけとなった。


(さあ、始めましょうか)


リリィはかねてから準備していた作戦を実行に移す。

おもむろにドレスのポケットから小さな封包を取り出すと、丁寧に広げて見せた。


「午後にマリアンヌさんと別れた後、私は彼女から密かにこの手紙を預かっていたのです」


手紙にはこう記されていた。


――――――――――――――――――――

わたしはこれから、自分の犯した罪を償いに行きます。

どうか、私を探さないでください。

マリアンヌ

――――――――――――――――――――


「これは……一体どういうことだ? 自分の犯した罪とは?」


ヒースが困惑した様子でまくしたてる。

その横で、ロクサーヌは腕を組んだまま静かに考え込んでいた。


「そのことで、皆様にお話しなければならないことがあるのです」


リリィは一歩前に出て、声のトーンを落とした。


「以前この王都で流行した疫病のことを——覚えていらっしゃいますか?」


リリィはかねてより温めていた作戦を、静かに動かし始めた。

疫病を拡散させたのは、紛れもなくリリィ自身だ。しかし今夜、その罪はマリアンヌのものになる。


「私とマリアンヌさんは疫病の特効薬の開発を共に行っていました。その過程で、私はあることに気がついたのです。あの疫病は——北部アスタリスの地に自生する毒草に、呪いの黒魔術をかけることで発生するものだったのです」


「毒草……?」


「はい。そのことをマリアンヌさんに問い詰めると、彼女は白状しました。あの疫病は、彼女が魔法薬の研究中に誤って拡散してしまったものだと」


「それは本当のことなのか?」


「——彼女が、そのようなことを?」


ヒースが声を荒げる隣で、ロクサーヌはただ静かに眉をひそめた。


「事実です。彼女本人が言っていたことですから。それに、以前から反社会的な人々にいかがわしい薬を売っていたという噂もありましたでしょう?」


「そんな……マリアンヌがそんなことをするなんて」


ヒースは露骨に打ちひしがれており、リリィはそれに乗じてさらに続ける。


「私もそれを聞いた時には、どれほど衝撃を受けたことか」


リリィは、そう言って悲嘆にくれたような顔をした。


「お疑いなら、ロクサーヌ様の屋敷の温室をお調べになることをおすすめします。あの疫病を発生させた毒草が、今もそこで育てられているはずですわ」


強気に出てみると、ロクサーヌはそれ以上何も言わなかった。

リリィは内心でほくそ笑んだ。


「私は葛藤しました。でも、彼女が疫病の回復薬を破壊すると私を脅したため、やむなくその事実を心の内に秘めていたのです——王室付きの聖女に推薦されたと聞くまでは」


「たしかに。もしそれが事実であれば、国の厄災を呼び寄せた張本人を聖女にするわけにはいかない」


ヒースは強く同意した。


「私がそのことを告げると、マリアンヌさんは聖女の推薦を辞退しました。でも、このまま黙っているわけにもいかなくて——今日のお茶の席で、自ら罪を認めて償うよう諭したのです。私からも恩赦を申し出るよう力を貸すと伝えました」


「それで、彼女は……?」


「認めることは出来なかったようで、ご覧の有様です」


リリィはため息をついて、手紙に目を落とした。


「マリアンヌさんは、以前から気に食わないことがあると手段を選ばないところがありましたわ。学園でも、随分と辛く当たられてきましたし……」


予想通り、ヒースは暗い顔をして黙り込んだ。


* * *


リリィからの告発を聞いて、ヒースはすぐさま家来たちに命令を下した。


「なんとしてでもマリアンヌを探し出すんだ。

 マリアンヌは、疫病を拡散した罪を逃れるために逃げ出した。その事実が確かなら、今すぐにでも彼女を捉え罪を償わなければならない。本人に直接確かめる必要がある」


マリアンヌ捜索の指揮を取るために、ヒースはロクサーヌとリリィ達がいた部屋を出ていってしまった。

後にはロクサーヌとリリィだけが取り残される。


「ロクサーヌ様——もう一つ、あなただけにお伝えしたいことがあるのです」


ロクサーヌが振り返る。


「あなたが婚約したマリアンヌさんは——本物のマリアンヌ様ではないのです」


ロクサーヌの表情はほとんど動かなかったが、その目が微かに細くなるのをリリィは見逃さなかった。


「以前、学園でマリアンヌさんが御学友にこんなことを話しているのを聞いてしまったのです。自分は本当はこの世界の住人ではない、マリアンヌの体を乗っ取って生きているのだ——と」


「……そんなことが起こり得るはずはない」


「はい、私もその時は信じられませんでした。

 しかしその後、あなたとの婚約が決まった頃に、彼女は私に直接こう言いました。『自分はマリアンヌではなかった。だからロクサーヌと許嫁だったなんて知らなかったわ。でもこうして取り入ることでここまで戻って来られた。他人の体を使うのはやめられないわ』と」


リリィはそこで言葉を切り、真剣な顔でロクサーヌを見上げた。


「心当たりは、ございませんか? 昔のマリアンヌさんとは、どこか変わってしまったような」


「……確かに、思い返せば。人が変わったと感じることは、あった」


ロクサーヌがそう呟いた瞬間、リリィは心の中で叫んだ。


(しめたわ)


「やっぱり……

 ロクサーヌ様、今からでも遅くはありませんわ。あんな偽物とは、一刻も早く離縁なさるべきです」


「しかし、まずは本人に直接確かめるひつようがある」


「…残念ながら、それはもう手遅れですわ」


リリィは首を振った。


「なぜだ?」


「マリアンヌさんは、疫病の件と身元の件が露見するのを恐れて、自ら姿を消したのです。追いかけても無駄ですよ」


(というか、今更マリアンヌを探しに行ったところで、彼女はもうこの世にはいないはず)


笑みが漏れそうになるのを、リリィはかろうじて堪えた。


「ですから、あんな嘘つきのことはお忘れになって——」


「話はそれだけか?」


不意に、ロクサーヌが静かな声で言い放った。


「え……?」


顔を上げると、ロクサーヌはゾッとするような微笑みをたたえてリリィを見つめていた。

その目に宿る色は、怒りでも困惑でもなく——どこか、愉快そうにすら見えた。


「君の話は、もう聞き飽きたよ」


(どういうこと……?)


リリィは初めて、この男の前で言葉を失った。


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