ロクサーヌさまの元婚約者
屋敷に戻って数日後のある日、王宮からの招待状が届いた。
毎年開催される夏の星見の夜会への招待だ。国中の貴族たちが集うことになっている。
私とロクサーヌさまは、再び王都へと出かけた。
この日、私はシックなネイビーブルーのドレスに身を包んでいた。婚約祝賀会のときのすみれ色のドレスとは異なる。この日のために新調したものだった。
ドレスに身を包み、ロクサーヌさまの手を引かれて会場へと入っていく。
すると早速、他の貴族たちが気づいて声を上げてきた。
「ロクサーヌ様、マリアンヌ様、ごきげんよう」
「本日もお二人は大変麗しいですわ」
前回の婚約宣言のときの反応とは打って変わって、私たちの周りは歓迎ムードに包まれていた。
「マリアンヌ様、先日の王都の疫病治療に貢献なさったとか。ヒース殿下から伺いました。なんて素晴らしいお力をお持ちなのでしょう」
「疫病が蔓延したらどうなるかと、我々も心配していましたの」
「マリアンヌ様は、本当に偉大な聖女のようなお方ですわ」
疫病を撃退したという噂は、既に社交界では周知の事実となっているようだった。
本当に、この界隈は噂が広まるのが早くて戸惑ってしまう。
とはいえ、以前のように私やロクサーヌさまを嫌悪したり冷たい態度を取る人が減ったのは良かった。ロクサーヌさまも、前回魔物を撃退してからというもの、今まで纏っていた「恐ろしい悪役」のイメージを脱却しつつあるようだった。
「マリアンヌ、君の活躍の噂は、既に社交界でも有名になっているらしいな」
ロクサーヌさまは少しだけ誇らしげに私を眺めていた。
* * *
会場に入って、個人的に信仰のある何人かの貴族達と挨拶を交わしていたときのこと。
突然、甲高い 後ろの方で甲高い女性の声が響いた。
「ロクサーヌ様、お久しぶりです! ジゼルがまいりましたわ」
(だ、誰っ……?)
びくりした私がロクサーヌさまとともに振り向くと、そこには見覚えのない女性が立っていた。
「ロクサーヌ様、随分とご無沙汰でございましたわ。まさかわたくしのこと、忘れてしまわれたのではありませんでしょう?」
ジゼルと名乗ったその女性は、あろうことかいきなりロクサーヌさまに抱きついた。
(――!?)
「ジゼル? なぜおまえがここに?」
ロクサーヌさまは一瞬驚いた顔を見せたが、思い出したようにその女性を引き剥がす。
すると、彼女は食い下がって、驚くべきことを言い放った。
「まあ、ロクサーヌ様。外でもないあなたの婚約者のことをお忘れですか?」
(こ、こ、婚約者!?)
私は思わず目を見開いた。
ロクサーヌさまに婚約者がいたの?
もちろん、そんな設定はゲームには存在しない。ジゼルという名前自体、初めて聞くくらいだ。もしかして、プレイヤーには知らされていないだけで、ゲームの裏側にそういう設定があったのだろうか……。
私はジゼルという女性をまじまじと見た。
クリーム色の髪と茶色の瞳を持つ、なかなかの美人だった。年もロクサーヌさまと同年代くらいに見えるので、私より少し年上だろうか。切れ長の大きな瞳は愛らしくもあり、少し気が強そうにも見える。
混乱する私をよそに、ロクサーヌさまは言った。
「ジゼル、おまえとの婚約は破談になったはずだ。今更何を言っているんだ」
そう言って、ロクサーヌさまは再びすり寄ってきたジゼルを引き剥がした。
しかし、ジゼルは強気な姿勢を崩さない。
「いいえ、私は何度も申し上げているように、納得しておりません」
「今更、何を言っても無駄だ。それに、私はつい先日、ここにいるマリアンヌと婚約したばかりだ」
そう言って、ロクサーヌさまが私の方を見やる。
すると今度は、彼女の鋭い視線が私に向けられた。
「はあ? そんな話は聞いておりませんわ。誰よ、この女?」
ジゼルはそう言ってまじまじと見つめてくる。
「あなたは――確かヴァロア公爵家のご令嬢、マリアンヌ様でしたわね」
「そうですけど」
「あなたは少し前まで、ヒース王子と仲がよろしかったのではなくて? 急に出てきたあなたなんか、ロクサーヌ様の婚約者にふさわしくありませんわ」
「なっ!?」
そう言って、ジゼルは私をぴしゃりと跳ね除けた。
「ジゼル、いい加減にしないと、ただではおかない」
「ろ、ロクサーヌ様?」
見かねたロクサーヌさまが間に入ってジゼルを睨みつける。気がつけば、騒ぎに気づいた他の貴族たちも、何事かと顔を見合わせていた。ロクサーヌさまのあまりの剣幕に、ジゼルはようやく大人しくなった。
「たしかに、君との縁談の話が上がったことは記憶している。しかし、私はここにいるマリアンヌと許嫁の関係を優先して、断ったはずだ」
ヴィクトルお兄様も周知のとおり、両家公認の事実だ。
それなのに、今更ジゼルがやってきたのは一体どういうことなの?
「そんな、あんまりです。私は、ロクサーヌ様のことをずっとお慕いしてきましたのに――私よりも、その女を選ぶのですか……?」
冷たく突きつけられてジゼルは泣き顔になった。
その後も必死にロクサーヌさまにすがろうとしていたが、まもなく国王陛下がお出ましになるとの合図があり、各々会場へと戻っていった。
怒涛の展開に混乱していた私のもとへ、騒ぎが落ち着くとロクサーヌさまが横に立って申し訳なさそうに言った。
「すまない、マリアンヌ。
見苦しいところを見せてしまった」
「いいえ、お気になさらないでください」
でも正直、かなりびっくりした。
ロクサーヌさまのもとに、他の女性が押しかけてくるなんて。
彼の周辺の女性事情なんて、少しも知らなかった。
でも、仮面を取った彼があれだけの美男子なのだ。幼い頃から色恋の話はたくさんあったに決まっている。
「誤解のないように言っておきたいんだ。ジゼルは、同じく辺境を治める伯爵家の令嬢だ。所領が近いこともあって幼い頃から親交があった、幼馴染のような間柄だ。かねてから我が公爵家への縁談の打診はあったが、君との許嫁の関係を重視して断っていた」
「そうだったのですね――」
「ジゼルはああ言っているが、あれは彼女が一人で騒いでいるだけだ。気にしないでくれ」
「もちろんです」
珍しく真剣な顔でそう言われて、私は少し意外に思ってしまった。




