メイドからの依頼
ある日、こんなことがあった。
屋敷の自室でくつろいでいたとき――。
「マリアンヌ様、ちょっとよろしいでしょうか」
メイドのローザが、半開きの戸口から顔を覗かせていた。
「ローザ、一体どうしたの?」
「実は、マリアンヌ様にお願いがあって参りました。薬の調合を頼みたいのです――」
「薬? もちろんいいわよ」
思わず張り切ってしまった。そんなことは朝飯前だ。
マリアンヌの魔法は、様々な薬効の薬を調合できること。この前の疫病の治療然り、希望する効果を持つ薬を何でも生成できてしまう。
「どんな薬が必要なのかしら?」
「はい。ある事情のために、"媚薬"が必要なのです」
「媚薬!?」
私は困ってしまった。
以前から言っているように、私はできればこのスキルを人の役に立つことに使いたい。
マリアンヌが悪役だった頃は、巷の怪しげな商売に手を染めていたらしい。人を傷つけたり、呪いに近い薬効の薬を生成して高額で売りつけるような描写が、ゲーム内でも何度かあった。
でも、転生してからというものは、そういう裏方の家業はやめてしまった。自分のせいで何か悪いことが起きるのは避けたかったし、どこかで咎められたり罪に問われたりしたら困る。
そういうわけで、このところグレーな薬効のある薬は生成しないことにしていたのだが――。
「一体何のために、それが必要なの?」
一応、理由を聞いてみることにした。
「はい。実は私には、ある想い人がいまして――」
(想い人系か……)
早速、目の前が暗くなった。
その気がない人を焚き付けるために使ってほしくはない。私は難しい顔になってしまったが、相談に乗ってしまった手前、ローザの話を聞くことにした。
メイドのローザは、おとなしめな性格の女性だった。
年は私と同じくらいで、ダークブラウンの柔らかな髪に珍しい緑の瞳、そばかすが可愛らしい素朴な女の子だった。普段は口数が少ないけれど、使用人としての仕事はまじめにこなしていた。
そんな彼女に、ある想い人ができたらしい。
相手は、街に住む農夫の男性だそうだ。彼女がたまに顔を出すお店でよく顔を合わせるうちに惹かれてしまった。何度か会話をしているものの、その後の進展がないらしい。
「実は先日、そんな彼が遠くの町に引っ越すということを聞いたのです。引っ越してしまう前に、思いを伝えたいと思いまして……」
「そうだったのね――でも、本当にいいの? 私の作った媚薬を飲んだ彼がOKしたところで、それが彼の本心かどうかはわからないんじゃない?」
私はローザに畳みかけた。
「本心から思いを伝えたいのなら、薬なんか使わなくても、直接そう伝えればいいのでは?」
聞いている限り、わざわざ媚薬を使わなくてもうまくいきそうな気もするけれど。
しかし、彼女はこちらに向き直ってこう言った。
「いいえ。頂いた媚薬は、私が自分自身に使うつもりなのです」
「……?」
「私は口下手なので、いつも彼と話す際にうまく気持ちを言葉にできません。それで、マリアンヌ様にお願いして薬の力を借りることができれば、気持ちが高ぶって、思いっきり本音を伝えられると思ったのです」
ローザはまっすぐ前を見てそう言った。
「彼と会うのも、もうこれが最後です。最後のひとときだけでも、自分の気持ちを素直に伝えたいと思いました」
「なるほど、そうだったのね」
彼女の真剣な思いに、心を動かされてしまった。
「そういうことなら、私に任せて」
そう言って、傍にあった空の小瓶に念じると、媚薬を調合した。
瓶には、何やら怪しげな青紫色の液体が生成される。
「頑張ってきてね。戻ったら、報告を聞くのを楽しみにしているわ」
ほくほくした顔でローザを送り出した。




