悪役を強要されてしまう
翌朝、教室へ入っていくと、何やら物々しい騒ぎになっている。
一体何が起こったのかと見てみると、教室の隅で、リリィが膝をついて泣いているのが見えた。
この光景には見覚えがあった。
ゲームストーリーでは、入学式でマリアンヌの嫉妬を買ったリリィが、彼女に騙されて毒薬を服用してしまい、教室で体調を崩してしまう場面だった。
しかし当然だが、私は今までにリリィに毒薬を盛ったことなど一度もない。
「リリィ、一体どうしたんだ!?」
私が困惑していると、そこへすかさずヒースが入ってきて、リリィを見つけた。
「ヒース様……。ご心配には及びませんわ。
わたしが謝って、薬品の入った液体を誤飲してしまったのです」
リリィはか弱い声をあげて、すかさずヒース王子に縋りついた。
そばには、謎の液体の入った小瓶が転がっている。
私は、その小瓶に見覚えがあった。確かこれは、私が魔法薬を生成する時に使用する小瓶ではないか?
でも、どうしてそれがここに?
「これは…マリアンヌ、君が魔法で生成したものではないのか?」
ヒースもそれに気がついたのか、鋭い形相でわたしに詰め寄る。
「えっ? ち、ちがいます。私はそんな_」
私は身に覚えのないことを追求されてわけが分からなかった。
しかし、ヒース様は私の話なんて聞かずに、リリィを両手で抱え上げると、そのまま彼女をお姫様抱っこしてその場から運び出した。
この一連の流れに、私はこのゲームのエンディング分岐のことを思い出して、背筋が凍りついた。
(この分岐点は__もしかして)
マリアンヌが滅亡エンドを迎えるにあたり、ストーリーの分岐要素がいくつかある。
その一つが、マリアンヌがリリィに毒薬を渡して、リリィがそれを気付かずに飲んでしまうという分岐だった。毒薬を飲んでしまうことで、リリィは一時的に魔力を失うが、それが逆にヒースとの距離を詰める要素になる。
マリアンヌは、リリィに毒を盛った犯人なので、当然マリアンヌの信用は下がる。そして滅亡エンドに近づくという展開だ。リリィはどうやらこれを自作自演で行ったらしい。
私は焦って、後ほどリリィが医務室で休んでいるところへ忍び込んだ。
「リリィ。私がやってもいない展開に勝手に持っていこうとするのはやめて。このままじゃ、私滅亡してしまうわ」
「ふん、あなたが初日に自分勝手なことをするからでしょう。」
わたしが必死に訴える横で、毒薬を服用してぐったりしていたはずのリリィは笑っていた。
「分かったでしょう? あなたがやった、やらないにかかわらず、この世界はあなたが悪役であることを前提に話が進んでいくの。
これ以上、自分の生存を危うくさせたくなかったら、大人しく私の望むエンディングまで付き合うことね。そうすれば、命だけは助けてあげるわよ。」
リリィはそう言って悪辣に笑った。
リリィは相当ゲームをやり込んでいるようだった。どうすればマリアンヌが滅亡し、どうすれば軽い罪で許されるかを熟知している。そして、それらは私が実際には行動しなかったとしても、リリィはマリアンヌがやった体で無理やりストーリーを進めるつもりなのだろう。
そしたら、私には逃げ道がない。私は観念するしか無かった。
「分かったわよ。なんでも言うことを聞くからもうこんなことはやめて。」
私はため息をついてそう約束した。
そんな事があり、私は仕方なくリリィの望む通り悪徳令嬢を演じることになった。
* * *
それから月日は流れ、リリィは話を順調に進めていった。
私がリリィの言う通りに悪徳令嬢として振る舞うことで、リリィは図に乗り、ヒースとの恋愛を思う存分満喫しているようだった。
しかし、正直、この頃になるとリリィの横暴ぶりに、私もいよいよ愛想をつかされるようになってきた。
彼女は幸運にも主人公に転生したが、当然ながら彼女自身は、リリィ本人ではない。
ときに主人公に求められる純粋さや良心が欠けて、主人公ならざる言動や行動が目立ってきた。
そして、ヒースは基本的にリリィ推しとして行動するが、ときにリリィが失態を犯すと、心が離れてしまう。そんなときに、軌道修正をするのは私の役目になっていた。
「ねえ、あなたの魔法でヒースの風邪薬を調合してよ!!」
「えっ、それは主人公がやることでしょう!?」
この前だって、リリィが得意の治癒魔法でヒースの風邪を治してあげなければいけないのに、リリィは治癒魔法がうまく発動しなかった。
これは既定のストーリー序盤の展開だった。
風邪を引いてしまったヒースを、リリィが自慢の治癒魔法で看病して好感度アップを目指すというもの。
しかし、リリィは魔法の修練を怠ったために何度やっても魔法が発動しない…
彼女は、おそらく主人公という立場に甘んじていた。それでストーリー中に行うべきゲーム上のデイリータスク(ここでは毎日の修練、宿題や勉強のようなもの)をリリィがサボったために、魔力が足りなかったのだろう。
焦ったリリィは私に泣きついてきた。
リリィと違い、私は悪徳令嬢ムーブをする以外には暇を持て余していたので、暇つぶしがてら、得意の魔法薬調合スキルを自分なりに習得していた。
おかげで大体の効能の薬品は調合できるようになっている。
ゲームでは悪名高いマリアンヌであったが、近頃は町の薬剤師として、ケガや病気を治す薬、試験に合格する薬、失恋から立ち直れる薬など、いろいろ作れるようになっていた。
冒頭のあれ以来、人を傷つけたり、怪しい効能を持つ薬品は作らないことに決めていた。
「だって、私はヒース様に気に入られる主人公になるために、自分磨きで忙しいの!
魔法の修練だって難しくてよくわからないし!」
リリィは悪びれる様子もなく、サボっていたことをあっさり認めた。
「はあ……、仕方がないわね。」
ここで彼女を叱っても仕方がない。
そう思って私は、ぱぱっと風邪薬を調合してリリィに渡した――。
* * *
またある時は――。
「マリアンヌ、あなた料理得意?」
この日は、イベントストーリーで、リリィがヒースにお手製のお弁当を作ってピクニックに行く日だった。
慎ましい庶民のリリィは、手料理が得意という設定になっているが、中身が現代人であるリリィは、どうやら料理が不得意らしかった。
「…。」
(できるけど、その程度の生活力もないのに、よく主人公なんてやってられるわよね…!)
とはいえ、リリィに逆らうとまた何をされるかわからないので、仕方なくお弁当を代わりに作って渡してあげるなどした。




