ヴィクトルお兄様(帰省)
ある日、私は久しぶりに実家であるヴァロア公爵家の屋敷に帰ることになった。
きっかけは、ヴィクトルお兄様からの手紙だった。
いつものようにロクサーヌさまと平穏な日々を過ごしていたある朝、執事が日課の挨拶とともに一通の封書を持ってきた。
手紙にはこうあった。
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拝啓 愛しいマリアンヌへ
元気にしていますか。おまえが家を出てしまってから、お兄様は心配でたまりません。
アスタリス公とは仲良くやっているのだろうか。あいつは信用ならない。おまえが悲しい思いをしていないかと、兄は気が気ではありません。
おまえが急に婚約をすると言ってきたときから、毎日おまえのことを思うと夜も眠れません。最近は仕事も身が入らなくなってきました。
久しぶりに実家に顔を出してはくれないか。両親も心配しているよ。
もしこの手紙を読んでも、あいつがおまえを屋敷から出すことに反対したなら、すぐに兄がおまえを救出に向かいます。
この手紙の返事次第では、すぐに兄がおまえを救出に向かいます。
もし何も返事をよこさなかったら、問答無用でおまえを救出に向かいます。
とびきりの愛を込めて、兄より。
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手紙を見て、引きつった笑いを堪えられなかった。
すぐさま消印の日付を確認する。一週間前だった。
(一週間前……ギリギリだわ)
書かれていることが本当なら、今すぐにでも返事を書かないといけない。そうしなければ、今にもお兄様が屋敷に押しかけてきそうな勢いだった。それはとてもまずい。
私は急ぎロクサーヌさまの元へ走り、かなり切迫した状況を伝えた。
ロクサーヌさまは一読して色々と察したのか、私を実家に帰省させることを了承してくれた。
* * *
そういう経緯で、私は一時的に生家へ戻ることになった。
思えばたしかに、学園を追い出されてからは一度も実家の屋敷に帰っていなかった。何度か王宮に招かれることはあったけれど、それ以外はなんだかアスタリスの地に居着いてしまっていた。
お兄様も家族も、久々に再会した私を歓迎してくれた。
久しぶりに、家族水入らずの日々だった。
ある午前中のこと。お兄様が自室の扉をノックしてこう言った。
「マリアンヌ、今日は兄とともに町散策へ出かけないか」
「街散策、いいですね」
学園生活では、悪徳令嬢として人から嫌われることばかりしてきた。次第に友人と呼べる人はいなくなって、休日に遊びに行く相手もいなかった。
転生してきた私には土地勘もなかったので、外に出歩くこともなくそのまま屋敷にこもりがちな日々が続いていた。
「今日は、兄がおまえの欲しいものを何でも買い与えよう。それに、大通りのところに新しくカフェがオープンしたんだ。一緒にパフェを食べないか」
お兄様は、マリアンヌのことを今でも幼い妹とばかり思っているのか、どことなくウキウキしていた。
私はそんなお兄様が微笑ましくなって、微笑み返した。
* * *
通りには人が溢れかえっていた。
賑やかな休日の大通りを、二人で歩いていく。
「ところで、おまえとロクサーヌとの婚約生活だが、その後順調なのか」
ヴィクトルお勧めのカフェに入って一息ついたところで、お兄様はそう言って改めて私の方に向き直った。
ロクサーヌさまとヴィクトルお兄様は、以前にお兄様がロクサーヌさまの屋敷に押しかけて一悶着あったばかりだった。
一応、夜会の次の日にはお兄様と再会を果たしていたものの、そういえば近況報告などもせずそれきりになってしまっていた。
「はい。あれからは特に何事もなく、平穏に過ごしています」
外では引き続き色々な騒動に巻き込まれてばかりだが、ロクサーヌさまとの関係は良好とも言えるだろう。
ただ、彼は度々強引なところがあって、たまに翻弄されてしまうことも否めないのだけれど。
「本当に? 何かまたあいつに弱みでも握られていないだろうな?」
「そんなまさか……」
「おまえが、ヒースたちに学園を追い出されて、ロクサーヌの屋敷に捕らえられた挙げ句にあいつと婚約すると言い出したときには、一体どうなるかと思ったが――」
「はは、そんなこともありましたね……」
私は苦笑いだった。
「あいつは少々強引なところがある。でも、元気そうなおまえを見て少しだけ安心したよ。
そこそこ順調にやっているようだな」
そういって、ヴィクトルお兄様は優しく微笑む。
お兄様は、相変わらず私のことを気にかけてくれていた。




