翌朝のこと
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翌日のこと。
帰り支度を整えていると、屋敷の戸口にヴィクトルお兄様が現れた。
「マリアンヌ、元気にしていたか」
「お兄様っ?」
思わず駆け寄る。お兄様は両腕を広げて、私をしっかりと抱きしめてくれた。
「ロクサーヌと婚約を決めたようだな。お前が決めたことなら、兄はそれを応援するよ」
「……ありがとうございます、お兄様」
「しかし、本当に良いのか? あいつは信用ならない。お前を傷つけるようなことはされていないだろうな」
お兄様はそう言って、ロクサーヌさまの方をちらりと見やった。
当の彼はいつものように涼しい顔で、まったく意に介していない。
「心配なさらずとも、ロクサーヌさまは良くしてくださっています」
そう言いかけながら、不意に私の脳裏に昨晩のことがよぎる。
(……確かに、彼は危ない。いろんな意味で)
兄にそれを悟られないように、私はそっと頬を押さえた。
「そうか。何か嫌なことをされたらすぐにこの兄に言うのだよ。すぐに君をあの屋敷から連れ出してやるから」
「お兄様、そう言っていただけて嬉しいですわ。でも、本当に大丈夫です」
「ヴィクトル、そのへんにしたらどうだ」
横からロクサーヌさまが不満そうに口を挟んで、お兄様はようやく私から離れた。
こうして、私達はヒース王子の私邸をようやく後にすることができた。
けれど、問題は山積みのままだ。
再び未来がゲームのシナリオ通りに進んでいけば、この先もロクサーヌさまとリリィたちに降りかかる困難は目白押しだ。それらをひとつひとつ乗り越えていかなければならない。
* * *
帰りの馬車の中で、ふと私はずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「こうして婚約者同士になったことですし、よろしければ教えていただけませんか。ヒース様と、あなたには一体何があったのですか? どうして、二人はあれほどいがみ合っているのでしょう」
思い切って尋ねる。
ゲーム世界では、ロクサーヌはヒースに対して一方的な怨恨を抱えている。それはヒース王子の命を狙うほどにまで膨れ上がっていた。
(そこまでする理由は、一体何なのだろう?)
二人の因縁については、ゲーム内ではほとんど語られていない。二人は単に、一族間の因縁のひと言で片付けられている。
しかし、こうなった以上、私もリリィたちとの争いをできるだけ避けながら立ち回りたい。そのためにも、まず二人の仲違いの原因を知っておく必要があった。
「たしかに、君にも事情を知る権利はあるだろう」
ロクサーヌさまは馬車の窓辺に視線を向けながら、静かに語り始めた。
「まず、私の父であるアスタリス公と、ヒースの父である現国王陛下は兄弟同士だ」
「はい。ということは、ヒース様とロクサーヌさまは従兄弟同士にあたるわけですね」
「ああ。我々が王家と犬猿の仲なのは、現国王陛下の即位の際に、王位継承争いが起きたからだ」
ロクサーヌさまは静かに、しかし低い声で続けた。
「本来、王位は兄である父上が継承するはずだった。しかしヒースの父は、父上が王位を継承することに反対して、側近や家臣を焚き付けて、半ば強引に継承者を弟側に決定させた」
(そ、そんなことがあったの……?)
なんとなく、原因はヒース様とロクサーヌ様のお父様の代に起こったことが原因であるだろうということは想像できたが。これは、私が想像していたよりも重い話だった。
「父上と、ヒースの父である現国王は宣戦布告し、一時期、この国は内乱にあった。
結果として父上は敗れて国を追われた。まだ幼い私は代わりに父の家督を継ぐこととなり、以来アスタリスの地を納めているのだ」
「そうだったのですね……」
「私がヒースたちを恨むのは必然だ。私は幼い頃から、現王政への怨恨を何度も聞かされて育ってきた」
聞き終わって、私はひっそりとため息を漏らす。
なるほど、確かにヒース様とロクサーヌ様たちの恨みは根深いらしい。
「しかし、これはこの国では周知の事実だろう? 今更どうしてそのようなことを?」
私が難しい顔をして考え込んでいると
ふと、ロクサーヌさまが首をかしげた。
(しまった……)
確かに、これらは社交界ではすでに周知の事実なのだろう。マリアンヌともあろう私が、それを知らないなんてあり得ない。
「そ、そうですよね。いえ、私が持っている情報はあくまで王室側からの見方です。
一度ロクサーヌさまから直接聞いてみたかったのです」
私は転生してまだ数ヶ月で、ゲームの外のことはほとんど知らないけれど。マリアンヌ本人であれば、当然知っているはずの話だった。
「それに、私には元々ヒース様の友人という立場もありますから。できれば……二人の仲を取り持てる方法がないかと、考えていたのです」
このままゲームシナリオ通りに、ロクサーヌとリリィたちが血みどろの争いに突入するのだけは避けたい。それは偽らざる本音だった。
「……たしかに、私としても無益な血は流したくない」
ロクサーヌさまはそう言って、静かに俯いた。
ラスボスキャラでありながら、彼は本心から争いを好む人物ではないらしい。彼は紫陽花色の瞳を細めて、何かを深く考えているようだった。
「とは言っても、話はそう簡単にはいかない。
私はヒース本人にも気に食わないところがある」
「えっ? それはどんなことですか?」
「あいつは、自分にあてがわれたものに甘んじている。幸運にも手の中にあるのに、それを当然のことと思って大事にしない。
私は、彼のそういう自惚れたところが大嫌いだ」
ロクサーヌ様は、まるで過去を思い起こすかのように、苦々しげにつぶやいた。
ロクサーヌさまが何を指してそう言っているのか、私にはわからない。でも彼の言葉には、単なる一族の因縁とは別の、何か深い意味が潜んでいる気がした。




