町の疫病
屋敷に戻ってしばらく経ったある日のこと——。 所領内に、ある不穏な噂が立ち込めた。
「最近、近隣の町や村で疫病が流行しているらしいのです」
「疫病?」
今日は、ロクサーヌさまの家臣の一人が所領の報告に来ていた。
部屋に同席していた私とロクサーヌさまは、思わず顔を見合わせた。
「はい。原因不明の流行り病で、高熱が出て、子供やお年寄りの中には死者も出ているとか。
感染力が非常に強いようで、近隣の村でも感染者が日に日に増えているようです」
「それは……心配ですね」
そばで聞いていた私は胸を痛めた。
しかし、隣のロクサーヌさまの反応は意外にもそっけない。
「所領民のことにいちいち気にかけている暇はない。魔物や何者かの妨害によるものでなければ、放っておけ」
(えっ?)
ロクサーヌさまは元々悪役キャラだけあって、所領の民の動向にはひどく無関心らしかった。
でも、大勢の人々が苦しんでいるのに、放っておいて良いのだろうか——。
「暫く様子を見て、また報告に伺います。旦那様、奥様もどうかお気をつけくださいませ」
そう言って、家臣の男は部屋を後にした。
残された私は、ロクサーヌさまの方へ向き直った。
「あの、本当に何も対策を行わなくてよろしいのですか?」
死者まで出ているのなら、このまま見過ごすことはできないのではないか。
しかし、ロクサーヌさまは先ほどの冷ややかな態度を崩さない。
「なぜ私が庶民の心配など。わざわざ出向くほどのことでもないだろう」
「でも、放っておけば屋敷の周辺にも被害が拡大するのではありませんか?」
「ああ、それは心配ない」
「えっ?」
「君には言っていなかったかもしれないが、この屋敷には外部からのあらゆる攻撃や被害を防ぐ結界のようなものが敷かれている。魔物の襲撃はもちろん、疫病や呪詛の類もこの屋敷の内部には通じない。屋敷にいる限り、君に被害が及ぶことはないよ」
なるほどそういうことだったのか。そのような魔術がこの屋敷に施されているのは少しも知らなかった。
一人で感心している横で、ロクサーヌさまは立ち上がって部屋を去ろうとした。
「待ってください。話を聞いてしまった以上、このまま放っておくなんてできません」
「君には関係のないことだ」
「——では、私にその村の様子を見に行く許可をいただけませんか」
私はそう言って、ロクサーヌさまの方へ向き直った。
「……君が?」
「はい。私には、魔法薬を調合する魔力があります。
それを用いれば、村人の病気を治療できると思います」
報告を聞いた瞬間から、ずっとそう思っていた。
(これは、マリアンヌの力を活かせる絶好の機会だわ)
魔法薬の調合スキルは、このところあまり使う機会がない。
リリィに学園生活で何度か使わされたことはあったけれど、それっきりになってしまっていた。
かねてから思っていた通り、私はできればこの力を人の役に立てたい。
彼がああ言っていても、今この瞬間にも病魔に苦しんでいる人がいる。純粋に、なんとかしてあげたいと思った。
私が真剣な様子でいるのを見て、ロクサーヌさまはしばらく考えてから口を開いた。
「それは、得策とは言えない」
「ど、どうしてですか?」
「他でもない君に何かあったらどうするんだ。
屋敷内にいれば疫病に侵されることはない。余計なことをして君を危険に晒すわけにはいかない」
「私なら心配ありません。魔法薬を調合する力があれば、自分の身は自分で守れます」
自信満々にそう言ってみせると、ロクサーヌさまは少し意外そうに首をかしげた。
「——どうして君がわざわざそんなことをする必要があるんだ?」
今度は、ロクサーヌさまが私の方へ向き直って、真剣な眼差しを向けてきた。
「庶民に心を寄せるとは、らしくないな。以前は他人がどうなろうが知ったことではなかったのに」
(ぎ、ぎくっ)
ロクサーヌさまは、ここでも昔のマリアンヌとは違う私の一面を垣間見て不思議そうにしていた。
しかし、だからといってここで引き下がるわけにはいかない
「そんなことを言っている場合ではありません。苦しんでいる人がいるなら、私は助けたい。それだけです」
「仕方ないな、君が望むならそれに付き合おう。ただし条件がある」
「……?」
「町への視察には、私も同行する」
「わかりました。では、早速準備を整えて向かいましょう」
ロクサーヌさまが同意してくれて、私はほっと胸をなでおろした。
実は、今回の疫病の蔓延には少し気がかりなことがあった。
ゲームシナリオでは、ロクサーヌの妨害により王都周辺に疫病が蔓延するという展開がある。そして第二幕で、リリィは聖女の力に目覚め、その力であらゆる妨害を退けていく。ゲームでは王都に蔓延った病魔を、聖女の力で撃退するという場面があった。
(今回のこの疫病も、ゲームシナリオと何か関係があるかもしれない)
十分に気をつけながら、私は現場へと向かった。




