ロクサーヌさまの思惑
ヒース様と別れた後、気を取り直して私は客間へと戻らうとした。
しかし、王宮は無駄に広くて、私は今夜泊まる自分の客室を探すのに手間取ってしまった。
道に迷いながらも、なんとか部屋を見つけて戸を開けると、部屋には既にロクサーヌ様が戻っていた。
「ロクサーヌ様、先に戻られていたのですね」
「ああ、夜会で大勢の相手をする羽目になり、さすがの私も疲れた」
ロクサーヌ様はめずらしく嘆いていた。
そのまま傍にあったソファに身を投げる。
私も、そのそばに腰を落とした。
「ところで、先ほどヒースと何やら話し込んでいたのを見かけたが、何かあったのか?」
不意に、ロクサーヌ様が起き上がって私の方へ向き直る。その視線はどこか真剣そうな雰囲気を漂わせていた。
「えっ? ああ、あれはなんということはありませんよ。学園以来、久しぶりに再会したので、立ち話程度にお互いの近況を伝えていただけです」
私はロクサーヌ様を安心させるつもりで答えた。
しかし、ロクサーヌさまはまるで私を疑っているような視線を向けて離さない。
「あの、本当にヒース様とはなにも……」
「いや、いいんだ。
そもそも私が割り込むべきことではないのだろう。
君は以前、ヒースに思いを寄せていた。それを否定するつもりはない」
そう言って、彼はそっぽを向いてしまう。
彼らしくない反応に、私は目を丸くした。
「そんな、誤解ですよ。
ヒース様と私にはもう本当になにも_」
といいながら、あながちなにもないとも言えないことに気がつく。
本意ではなかったとはいえ、私はリリィからヒース王子を奪おうと彼にアプローチしてしまっていた。
もしかしたら、学園の動向を探る中で、ロクサーヌ様はそれらを既に知っているのかも知れない。
どう取り繕うか、言い訳を考えているとき
不意にロクサーヌさまが起き上がって、ソファに座っている私の方に覆いかぶさってきた。
ソファの背もたれに倒れ込まれて、私は身動きができなくなる。
「だが、これだけは言っておく。
今更、後悔しても遅い。 前にも言ったはずだ。私との婚約を承諾した以上、もう後戻りはできないと」
彼は紫水晶のような瞳を細める。
その響きには少しだけ寂しそうな声色がにじみ出ているように感じられた。
私は、彼の視線に気圧されて言葉を失ってしまう。
ロクサーヌさまは、そんな私の様子を察してか、起き上がって私を解放すると、そのまま立ち上がって部屋を後にしようとする。
「お待ちください」
私は、彼の背中に問いかけた。
「私も本気です。こうして婚約者になったからには、自分の心に偽りはありません」
ひょんなことから、婚約者どうしになった私たちだけれど、その選択に後悔はない。
だからこそ、このままロクサーヌ様に誤解を与えたまま過ごすのは良くないと思った。
ソファから立ち上がって。改めてロクサーヌ様の方に一歩歩み寄れば、彼もまた私の方に向き直って、こちらを見つめ返して来た。
「では、今ここでそれを証明してみてほしい」
「……えっ?」
戸惑う私に対して、ロクサーヌ様は私の前まで歩みやってくると、静かに私を見下ろした。
「い、今ここで?」
「嫌なら、無理にとは言わないが」
そんな風に言われてしまえば、こちらも引き下がれない。
「いいえ、嫌ではありません」
覚悟を決めて、私は一歩前へ踏み出すと、ロクサーヌ様の方を見上げる。そして両手で彼の腕に手を添えると、そのまま唇を重ねた。
それは、お世辞にもロマンチックとは言い難い口づけだった。
こんな時、本物のマリアンヌだったらもっと上手くやっていただろうに…。
前にも言ったかもしれないけれど、わたしは所詮現代人。恋愛経験なんて、向こうでも全然豊富じゃない。
そんな私が、似合わないキャラに転生してしまったものだと、ため息をつきたくなる。
私の渾身のキスは、ロクサーヌ様にも素人丸出しだとバレてしまったらしい。
「へたくそ」
「っ……!」
私が恥ずかしさに顔を真っ赤にしていると
彼はどこか呆れたような、からかうような笑みを向けてこちらを見下ろしていた。
そのまま、今度はロクサーヌさまが私の腕を抱えて、口づけを返す。
こうして、二人きりの夜会の夜は更けていった____。




