婚約宣言イベントへ
そんなわけで、私は再び王都へとやってきた。よく晴れた、春の日のことだった。
赤いレンガの道を馬車が進んでいく。窓辺から外の景色を除くと、街路樹には花が咲き誇って、甘い花が香り鼻先をついた。
しばらく進み、王家の紋章をかたどった荘厳な城門をくぐると、中には広大な敷地が広がっていた。石畳の小道の先には、ゲームでよく知る豪華絢爛なお城がそびえ立っていた。
この日、なぜだかロクサーヌさまは人前だと言うのに、いつものあの怪しい仮面を装着していない。
「今日は素顔をお見せになってもよろしいのですか」
「ああ、あれはもう必要ないんだ」
朝方、そのことに気がついた私が問いかけると、ロクサーヌさまは何やら意味深にいった。
* * *
お城のエントランスの前には、既に大勢の貴族たちが集まっている。
馬車を降りると、ロクサーヌさまは慣れた手つきで私をエスコートしてくれた。そのまま彼の手を取って、王宮の広間の方へと入っていく。
すると、すかさず多くの貴族たちの視線がこちらに向けられた
「あれは、まさかマリアンヌ様ではなくて?」
「まさか、そんなはずはありませんわ。彼女はつい最近、ヒース王太子に見放されて国外に追放されたと聞きましてよ」
「一体どんな面を下げてこの場所に戻ってきたというのかしら——」
ひそひそと耳打ちしながら、見知らぬ貴族令嬢たちが顔を見合わせる。
冷たい視線とともに、そんな囁きが漏れ聞こえてきた。
悪役キャラの役回りとはいえ、私は学園で派手に断罪されて、辺境へ追放になったばかりだ。ヴァロア公爵家の令嬢マリアンヌが追放されたという知らせは、瞬く間に社交界に知れ渡っただろう。
今や渦中の人物である私が、再び人前に姿を現したのだから、こうした嘲笑は予想出来たことだった。
私は、少しだけ身を固くした。
一方で、好奇の目は私にだけではなく、隣にいるロクサーヌさまの方にも向けられる。
しかし、貴族たちがロクサーヌさまに向ける反応は、私が予想したのとは異なった。
「ところで、マリアンヌさまの隣に連れ添っている方は一体誰なのかしら?」
「さあ、このあたりではお見かけしない方ですね」
(もしかして_みんな彼がロクサーヌさまだということに気がついていないの?)
周りの人が、ロクサーヌ様へ向ける視線を横目に受けながら、私は思った。
ゲーム世界ではロクサーヌさまは、常に仮面を被って素顔を見せないキャラクターとして描かれる。
つまり、彼は今まで社交界のようなオープンな場面に現れる際も、常に仮面を被っていたと考えられる。
そんな彼がいきなり素顔を晒して現れたとしても、気がつくことが出来ないでいるらしい。
「それにしても__なんて麗しい方なのかしら」
貴族令嬢たちは、ロクサーヌさまの素顔を見て、思わず見とれてため息をつく声が聞こえる。
艷やかな銀糸の髪色と、魅惑的な紫水晶の瞳は、この世界でもかなり珍しいようで、参列していた貴族たちの目を惹きつけていた。
そんな周りの様子を、ロクサーヌさまはこともなげに受け流していた。
超絶美形の見知らぬ青年が、マリアンヌの隣にいることに気づいた貴族たち。彼らは途端に私への誹謗中傷や囁きをやめた。
おかげで、それ以降は私に対する誹謗中傷や囁きはピタリと止んだ。私は正直ほっとしながら、リリィたちの婚約宣言の会場へと入っていった。
* * *
会場には、すでに大勢の貴族令嬢たちが詰めかけていた。
そこは、王宮で最も広い広間の一室だった。天井にはきらびやかなシャンデリア、壁には歴代の王家の人々が描かれた肖像画が並んでいる。奥には国王陛下が御成になる豪華な玉座が据えられていた。
この場所で、リリィとヒース王子は婚約を宣言する。それが、ゲームの第二幕の冒頭部分だった。
(本当に、ゲームイベントで見た光景と全く同じだわ——)
私は思わず感心してしまった。
しかし、すぐにこれから起こることを思い出して、気を引き締める。
しばらくすると、会場にヒース王太子とリリィが姿を現した。リリィは、ゲーム内で見た通りの清楚な純白のドレスに身を包んでいる。
そして、イベントムービーで描かれていた通り、二人は仲睦まじい様子で壇上に立ち、玉座にいる国王陛下の前で婚約を宣言した。
「皆様、本日ここに、ヒース様と婚約する運びとなりました。これからは、ヒース様を支え、共に生きていくことを誓います……」
リリィは主人公らしく、少し恥じらうように宣言した。




