二人きりでショッピング
この日は、ロクサーヌさまとともに、近くの街へ出かけていた。
リリィの婚約宣言イベントに向かうことが決まった私だったけれど、ここで一つ大事なことに気がついた。
そう——私は、よそ行きのお洋服を一着も持ってきていないのだ。
というより、そもそも私はこの屋敷での生活にあたって、最低限の生活必需品しか持ち合わせていない。着の身着のまま、手ぶらで追放されてきたのだから。
屋敷に滞在している間は、普段着やその他生活に必要なものは揃えてもらっていた。しかし、さすがに式典へ参加する礼服となると、話が変わってくる。
「お兄様に頼んで、屋敷のものをこちらへ取り寄せればよかったのですけれど」
もとのヴァロア家へ戻って取ってくるという手もある。しかし、そうなるとまたお兄様が私を手放してくれるかどうかわからないし、時間もかかる。それはやめておいた。
「構わない。私も、久しぶりに街の様子を確かめたかったから」
ロクサーヌさまは、何ということはないという様子で同意してくれた。
* * *
——アスタリスは、この国第二の都市と言われている。
私の住んでいた王都周辺からは遠く離れているため、今まで訪れたことはなかった。その噂は、学園内でも耳にしたことがあった。
遠い北の果てにある、第二の大都市——。今は王室政府とロクサーヌさまたちの仲が悪化してしまったために、頻繁な往来はなくなってしまったらしい。かつては、北のアスタリス、南の王都と謳われていたそうだ。
馬車を降りると、そこにはきらきらとした街の風景が広がっていた。
石畳を敷いた通りの両脇には街路樹が植えられていて、夜になれば街灯の光に照らされてさぞかし美しく輝くことだろう。町にはレンガ造りの店が所狭しと立ち並んでいる。硝子のショーウィンドウを覗けば、きらびやかな宝飾品や華やかなドレス、バッグや靴などがショーケースに飾られていた。
通りには他にも、おしゃれなカフェやパン屋、お菓子の店が立ち並んでいる。眺めているだけでも心が弾んだ。
「こんなに綺麗なところだったなんて、知りませんでした」
思わずわくわくしながら呟く。ロクサーヌさまの方を見上げると、彼は特に気にとめない様子だった。
「そうだろうか。自分が当たり前に生まれ育った場所だから、よくわからないな」
私たちは、通りを少しはいったところにある、高級そうなドレスがディスプレイされているブティックの中へ入った。仕立て屋とその助手らしき女性たちが、恭しく私たちを出迎えてくれる。
私は早速、仕立て屋のスタッフたちに取り囲まれ、一つずつ気に入ったドレスを試着していく。色は華やかなパステルカラーから、濃いめのシックな大人の装いまで多種多様にあった。
「こちらの豪華な真紅のドレスはいかがでしょう」
「色白でお美しくていらっしゃるので、こちらのような明るい色合いのドレスもお似合いでは?」
「こちらの衣装は、お嬢様の美しい薄紅色の髪によくお似合いになりますわ」
スタッフたちは次から次へと色々なドレスを持ち寄っては、鏡の前で合わせてくれる。
(確かに、屋敷でよく着ていたのは濃い色のドレスばかりだったけれど。こうして合わせてみると、案外明るい色のドレスも悪くないかもしれないわ)
マリアンヌは設定上、悪役令嬢であるということもあり、学園や私生活では暗めのドレスを身にまとうことが多かった。色も、シックな黒や毒々しい紫など、きつめのものが多い。普段の自分は、あまりビビッドカラーを選ぶことがなかったから、マリアンヌの衣装を選ぶ際にはいつも苦慮していた。
色々と悩んだ末に、私は淡いすみれ色のドレスと、その他パステルカラーのドレスをいくつか注文して仕立ててもらうことにした。
「お待たせしてしまい、すみませんでした」
早速、仕立て上がったドレスを着用して、ロクサーヌさまのもとへ戻る。すると、ロクサーヌさまは顔を上げて目を見開き、私の方をまじまじと見た。
「その……随分と雰囲気が変わったな」
「はい。なんだか昔よく着ていた洋服よりも、こちらのほうがしっくり来るかなと思って。変でしたでしょうか……」
新しく仕立ててもらった淡いすみれ色のドレスを身にまとい、ロクサーヌさまの前に立つ。それを見た彼が言葉に詰まるのを見て、私は少し不安になった。
「いや、よく似合っているよ」
ロクサーヌさまは、不意に視線を逸らすようにしたかと思うと、小さく呟いた。
* * *
その後、私たちは街を散策しながら、夕方ごろに馬車に戻って来た。
「素敵なドレスも見つかりましたし、街の様子も見て回ることが出来て、とっても楽しかったです!」
久しぶりの外出に、私はご満悦だった。
思い返してみれば、ロクサーヌさまの屋敷に囚われてからというもの、屋敷の敷地の外に出たのはこれが初めてだった。外を出歩くことなんてなかったので、とても新鮮だった。
ほくほくした顔で、ロクサーヌさまの方に向き直れば、同様にこちらに視線を向けたロクサーヌさまと目があった。
狭い馬車の中で、彼はなんだか真剣そうな顔をして私の方を覗き込んでいる。隣り合わせにロクサーヌさまと向き合うと、いつもより彼を近くに感じて、思わず心臓が跳ね上がった。
「……?」
「なんだか君は……昔と変わった気がする」
不意に、彼は昔を思い出すようにしてそう言った。
「昔は、もっと強気で、近寄りがたい性格だったように思っていたが_」
(――ぎくり)
それは、ゲームの中の“悪徳令嬢マリアンヌ”とは似ても似つかないとでも言いたいのだろうか。言われて胸の奥がざわつく。けれど、それを悟られないよう、私は平静を装った。
「き、気のせいでは? ロクサーヌさまとお会いするのは、幼い頃ぶりですもの。その頃とは、性格も変わりますわ!」
ロクサーヌさまとマリアンヌは幼少期に会ったことがある程度だと、本人自身が言っていた。だから、こうして再び会うまで、お互いのことはよく知らないはずだった。
「そうなのかも知れないな——」
言いながら、ロクサーヌさまは再び私の瞳を覗き込むようにして、至近距離へと迫ってくる。そして、そっと私の頭をなぞると、私の淡桃色の長い髪をひとすくいして、指先で弄ぶ。
「君が、私との婚約を承諾するなんて、正直意外だったよ。でも、承諾してしまったからには、もう後戻りできないと覚えておくのだね」
ロクサーヌさまは、濃い紫水晶の瞳を細めて怪しげに笑った。
別に、それを撤回する気はない。けれど、彼はなんだか私を絡め取って離さないような、そんな危険な香りを漂わせる。
私は彼から目をそらすことが出来なかった__。




