リリィからの招待状
ある日のこと。
再び屋敷で穏やかな時間を過ごしていた私たちのもとへ、執事が一通の手紙を携えてやってきた。
「旦那様、王都にいらっしゃるヒース王太子殿下よりお手紙が届いております」
「ヒースから手紙だと?」
ロクサーヌ様は訝しんだ。
隣で聞いていた私も、思わず目を見開く。
(ヒース殿下……)
そういいながらも、ロクサーヌさまは執事から手紙を受け取って封を開く。
手紙には、こう記されていた。
――来る日に、私とリリィの婚約を祝う祝賀会を開く。
――先日、国王陛下より許しを得て、正式に婚約が成立した。
――式典には国王陛下をはじめ、有力貴族が参列する。
――国民にも広く披露する場であるため、必ず出席するように。
「こ、これは、一体……」
手紙に目を通した私達は、お互いに顔を見合わせた。
「婚約祝賀会だと?
くだらない。わざわざ招待してくるとは、厚かましい奴め」
ロクサーヌさまはそう言って吐き捨てる。
その横で、私はハッと息を呑んだ。
この手紙に書いてある”婚約祝賀会”というワードに、私は心当たりがあった。
これは、私の記憶にもある。ゲーム内のストーリー進行に深く関わる、重要なイベントのことだった。
第一幕で悪徳令嬢マリアンヌを追放したリリィは、無事にヒースと結ばれて婚約を果たす。
そして、この婚約祝賀会のイベントこそが、ゲーム第二幕の幕開けを意味していた。
ゲームでは、リリィとヒースの婚約祝賀会に、ロクサーヌさまは招待されない。
しかし、ロクサーヌさまは。自分が祝賀会に招かれないことに激怒し、勝手に祝賀会へ乗り込んでくるのだ。そして、その場で邪悪な魔物を召喚して二人の婚約式典を台無しにする――それがこれから想定される展開だった。
(本当だったら招待されないはずのロクサーヌさまが、婚約祝賀会に招待されているなんて__
リリィは一体なにを考えているの?)
ヒースがシナリオにない動きをした。それはつまり、この先のシナリオをしっているリリィが、ロクサーヌとの戦闘を回避するために、わざとやったのではないか。ということだった。
ロクサーヌは祝賀会に招待されないことに激怒して、イベントをむちゃくちゃにする。
であれば、最初からロクサーヌさまを招待してしまえば良いと考えたのだろうか。
「確かにロクサーヌ様の仰る通り、この手紙は少し不審に思います」
私はロクサーヌ様に、それとなく忠告しようとして声を上げた。
リリィがなにを考えているのかはわからない。
しかし、ゲーム通りに事が進むのであれば、この祝賀会の先でロクサーヌは、リリィたちの婚約祝賀会を台無しにしてしまうリスクがある。私自身もできることなら、これ以上ゲームを進行させて、二人が争う展開にはさせたくなかった。
今更リリィたちの味方をする気はないけれど、そのせいロクサーヌさまが危険に晒される未来も避けたかった。
(今は余計な動きは見せないほうがいいのではないか?)
そう思って、彼に式典への参加を引き留めようとした時、ロクサーヌさまは不意にこんなことをいい出した。
「_手紙には、婚約者であるマリアンヌ嬢にも参列してほしい、とある」
「……え? 」
思わず、聞き返してしまう。
「私も、ロクサーヌさまと共に、王都へ招かれている、ということですか?」
「そのようだ」
ロクサーヌさまは、手紙を私に差し出してよこした。
そこには追伸のように、こう書き添えられていた。
――リリィに免じて、国外追放の罪を免除する。
――だが、この婚約報告に顔を出さないのであれば、その限りではない。
――よく考えた上で、結論を出してほしい。
「…なんですか、これ」
(".リリィに免じて"って…そもそも私を追放したのはあなたでしょうが!)
自分勝手にも程がある。
私を勝手に追い出しておいて、今度は帰ってこないことで処罰するとでもいうのだろうか。
「…こんなの、ほとんど脅しではありませんか」
「ああ、向こうは是が非でも、君を式典に出席させたいらしいな」
ロクサーヌさまも同意した。
(というか、リリィたちは私がロクサーヌさまの屋敷に滞在している事を、どうやって知ったのだろう?)
首を傾げていると、ロクサーヌさまが私の意を汲み取るようにこう言った。
「どうやら、君が我が屋敷にいることが向こうにも伝わったらしいな。おそらく、君の兄君が話したのだろうが」
「なるほど」
確かに、ヴィクトルお兄様は国王陛下の従者ということもあり、ヒースさまとも近しい間柄だ。
私は再び考え込んだ。
(リリィは一体なにを考えているの?)
これは、明らかにゲームには存在しない展開だった。
悪徳令嬢マリアンヌは、第一幕で追放された後、物語から姿を消す。ましてや、ロクサーヌと共に再登場するなど、起こり得ないことだった。
こんなことをするのはリリィが何か企んでいるからに決まっている。
でも、このまま無視して式典に参加しないことで、自分の立場が更に悪くなることも考えられた。断罪の場で、私をあんなふうに切り捨てたマリアンヌなのだから、どちらにしても良い予感はしない。
困惑する私をよそに、ロクサーヌはこう付け加えた。
「どうする? ヒースの婚約など私には微塵も興味はない。しかし、君の罪が免除されるのであれば、付き添うことは厭わない。」
「_よろしいのですか?」
ロクサーヌさまはそう言って、 まるで私を慈しむような視線を落とす。
ヒース王子と険悪な関係にあるロクサーヌが、私のために王都へ出向くと言ってくれるのはなんだか意外だった。
(でも、ここでロクサーヌ様を式典に参加させたら、ゲームと同じ展開になってしまうのでは__?)
どう選択しても懸念は残る。
「……わかりました。
ロクサーヌさまがそうおっしゃってくださるなら、私も、式典に参加します」
少し考えてから、私はそう決心した。
最終的に私がロクサーヌさまとともに王都の婚約祝賀会へ参加するに至った理由。
それは、リリィに直接会って、事の真意を確かめるためにあった。
これから起こることは誰にもわからない。
でも、リリィだってこのあとロクサーヌさまと血みどろの戦闘を繰り広げるシナリオは回避したいはずだ。
だから、さすがの彼女だってこのイベントでは慎重に動こうとするのではないかと推測した。
(なにかあったら、なんとしてでもゲームのシナリオを阻止するために行動するわ…)
私はそう心に誓っていた。




