一方その頃、リリィはというと
一方その頃——。優雅に学園生活を謳歌するリリィは、その後めでたく王太子ヒースと婚約する運びとなった。今は、ヒースとともに彼の住まう宮殿の一角に滞在して、悠々自適な生活を送っていた。
「リリィ、来週の国王陛下への婚約のご報告のことなのだが」
「はい、ヒース様。万事つつがなく、準備を進めておりますわ」
これもゲームのシナリオ通り。第一幕でマリアンヌを撃退することに成功したリリィは、そのままヒースと結ばれる。
「国王陛下への報告が終われば、僕らは晴れて婚約者同士だ。今から待ちきれないよ」
「私もですわ、ヒース様」
リリィはそう言って、愛らしくヒース様にすり寄って見せる。
「マリアンヌさんに妨害された時は、さすがに挫けそうでしたけれど……。
こうしてヒース様と結ばれて、本当に嬉しいです」
「君にはつらい思いをさせたな。でも、これからは二人きりで過ごすことができる」
主人公らしく愛嬌を振りまいて微笑んで見せれば、ヒースもまたうっとりとして甘い言葉を囁く。
(__本当に、ついている人生だわ)
リリィは、まんざらでもない笑みを浮かべて呟く。
最初にこの世界へ転生したとき、それまで地味な現代人として働いていた自分が、まさか推し乙女ゲームの主人公に転生するなんて、まるで夢みたいだと思った。
ストーリーや結末は全て頭に入っている。現代でやり込んでいた知識を活かしてゲームを進めていたところへ、まさかのマリアンヌの転生者が現れた。
あの時は、さすがに焦ったけれど——。
自分の他にも転生した現代人がいることに、最初は驚き、そして警戒した。
けれども、蓋を開けてみれば何のことはなかった。彼女は何ら危険な存在ではなく、無害な現代人そのものであると分かった。
ちょっと脅して見せれば、マリアンヌに転生した子は簡単に折れて、リリィのヒース王子攻略に力を貸してくれた。
(マリアンヌ——今頃どうしているかしら)
リリィは、マリアンヌが学園から追放されたときのことを思い返しながら呟いた。
ゲームでは、リリィに数々の迷惑行為を働いた悪役令嬢マリアンヌは、断罪されて破滅する。
これはゲーム進行上、避けられないことだった。
リリィはそれを利用して、更に今度はマリアンヌにロクサーヌの足止め役を担わせようとした。
けれども、マリアンヌに打診した際、彼女は難色を示した。そこで、ああして強制的にロクサーヌの所領内へ追放してやった。そうすれば、行き場を失った彼女も仕方なくロクサーヌのもとへ向かい、役目を全うするだろうと考えた。
(あの娘、うまくやってくれているといいけど——)
第一幕を無事にクリアして、ヒースとの婚約までこぎ着けたリリィだったが、目下の懸念事項は第二幕以降に登場する悪徳公爵「ロクサーヌ」の存在だった。
数ある乙女ゲームの中でも、この作品の難易度が高いと言われる所以——それはラスボスであるロクサーヌが非常に凶悪で、なかなか打ち倒すのが難しいことにあった。
ゲーム内でも、シナリオやイベントを完璧にこなすのはもちろん、ヒース王子との好感度上げ、自身の能力鍛錬なども欠かさないと攻略できない。
しかしながら、リリィは当初から魔法の修練や授業をサボりがちだった。
彼の好感度上げは完璧だけれど、それ以外の全てが不十分だった。
今の状況でロクサーヌと戦ったところで、到底太刀打ちできないだろう。
(頼みの綱は、マリアンヌがうまくロクサーヌを言いくるめていることね——)
リリィはマリアンヌに淡い期待を抱く。
彼女はゲームのシナリオ、つまりこの後起こる出来事を知っている数少ない存在だ。
だから彼女がうまく動けば、この後ロクサーヌが仕掛けてくる命がけの戦闘シナリオを回避できるかもしれないと考えた。
しかし、ロクサーヌはゲームプレイヤーからも恐れられる凶悪なラスボスだ。
マリアンヌごときが接触したところで、刃が立たないかもしれない。
(そうなったら仕方がないわ——
彼女には悪いけれど、私には実害はないはずだし)
マリアンヌの手助けが得られなければ、この後の攻略は一段と難しくなる。
でも、そうなってしまったらまた別の手を考えれば良い、と楽観的に捉えていた。
部屋の隅で、ヒース様との会話を聞き流しながら、ひとり考え事をしていた矢先——。
「ヒース王太子殿下。
お久しぶりです。国王陛下より、来週の婚約報告の段取りについてご連絡に参りました」
部屋へ入ってきたのは、ヴァロア公爵家の長男、ヴィクトルだった。
確か彼は、マリアンヌの兄だ。
妹を溺愛し、第一幕では彼女のためにリリィのゲーム進行を妨害してくる危険な存在。もっとも、マリアンヌが失脚してからは、特に目立った出番もない人物だった。
後で聞いた話によると、彼はマリアンヌが追放された直後、相当荒れていたらしい。
ゲーム内では語られていなかったが、学園に乗り込んで追放された妹を探し回ったり、国王陛下に直談判して処分の撤回を求めたりしていたそうだ。
(_さすがは、妹を溺愛する狂人、ヴィクトルね)
最終的には、マリアンヌの追放先となった遠いアスタリスの地まで単身で捜索に向かったとも聞いている。しかし、それ以降、彼は急に大人しくなった。
現在は、かねてからの役割通り、国王陛下の側近として職務に励んでいる。
「ああ、ヴィクトルか。
父上の様子はいかがだっただろうか」
「ヒース様と、婚約者のリリィ様とお会いできるのを、心待ちにしておいででした」
「まあ、それは嬉しいですわ。
私も、国王陛下に謁見できるのを心待ちにしております」
二人の会話を聞いていたリリィはそう言って、あどけなく笑って見せる。
この後の展開は、ゲーム履修済みのリリィにとってはわかりきったことだった。




