疲労回復薬2
うたた寝をしてしまった後、はっと目を覚ますと、私は先ほどと同じようにソファに寝転がったままだった。
「あれ……私、寝落ちしてしまいました?」
一人呟く。いきなり覆いかぶさってきたはずのロクサーヌさまはそこにはいない。眠い目をこすりながら体を起こしてみれば、彼は向かいのソファに腰掛けて私の方を見下ろしていた。
艶やかな白銀の髪に、紫陽花色の瞳。初めて見たときと同様に、彼はまるで夢に見るような完璧な美貌を備えていた。神秘的なその瞳に見つめられて、私は思わず息を呑む。
私が目を覚ましたことに気がつくと、彼は立ち上がって私の前までやってきた
「……確かに、君の言ったとおりだったのかもしれない。
このところ気が張り詰めていて、あまり休めていなかった。」
そう言って、彼はすこし安堵したようにため息をついた。
私が調薬した薬が効いたためなのか、確かに目の前の彼は以前よりも落ちついた様子に見える。
「それは良かったです」
寝落ちしてしまう前のやり取りを思い出しながら、私は呟いた。
そういう私も、昼間からこんなにぐっすり眠ってしまうなんて。
自分では気づいていなかったけれど、慣れない生活の中で、私自身もどこか気を張り詰め、疲れが溜まっていたのかもしれない。
「でも、そろそろ起きた方がいい。使用人に何か用意させよう」
ロクサーヌの提案に、私は素直に頷いた。
確かに、時計を見れば、そろそろ午後のお茶の時間だ。
* * *
ダイニングルームへ降りると、執事とメイドがすでに忙しそうに立ち働いていた。
室内には、香り高い紅茶と、焼き菓子の甘く香ばしい匂いが漂っている。
(……とても、いい香り)
思わず、そんな感想が胸に浮かぶ。
ほどなくして、テーブルの上には、この地原産の珍しい紅茶と、ふんわりと焼き上げられたパンケーキが並べられた。
ハーブティーを思わせる独特の香味を持つ紅茶。
そして、口溶けの良いバターと、香り高いメープルシロップがとろりと滴るパンケーキ。
(ここの料理長が作るパンケーキは、やっぱり絶品なのよね)
私は自然と頬が緩み、舌鼓を打った。
マリアンヌの屋敷でも、午後のお茶の時間はあった。けれど、この屋敷で出されるお菓子やお茶が特に絶品で、私の好みに合っている。
(現代で働いていた頃、たまに行ったおしゃれなカフェの味を思い出すわ)
幸せそうに頬張る私を見て、ロクサーヌはふっと笑った。
「君を見ていると……なんだか、こちらまで和んでくるよ」
薬の効果もあるのだろうか。そう言って、彼は紫陽花色の目を細めて微笑んだ。
彼の素顔にまだ慣れなくて、私は彼に見つめられるたびにどきまぎしてしまう。
平然を装ってなんとか微笑み返すのがやっとだった。
いつもは悪役らしく、冷徹で近寄りがたい雰囲気のある彼だけれど。この時のロクサーヌさまは、殺伐とした雰囲気が影を潜め、穏やかで優しそうに見えた。
ゲームで言われているような悪役としての姿以外にも、彼のこんな一面があるなんて知らなかった。いつも、こんなふうだったらいいのに、とおもう。でも、彼はゲーム内でそうであるように、彼なりに背負っているものがあるのだろう。
「私は先に執務に戻る。あとは、好きにしていてくれ」
彼はそう言って、ロクサーヌはパンケーキには手をつけぬまま、部屋を後にしてしまった。




