疲労回復薬
ある日のこと、ロクサーヌがふと思い出したように言った。
「そういえばマリアンヌ。君は、魔法薬の調合が得意だと聞いている」
「はい。大抵のものは調合できますよ」
このところ、私は暇を持て余していたので、温室の薬草栽培の傍ら、魔法薬の試薬生成にも精を出していた。
するとロクサーヌさまは、何かを企んでいるかのように口元を歪めた。
「それは面白いな。何かの役に立つかもしれない……」
(……嫌な予感がする。)
「ただし、あまり人を陥れるようなことには使うつもりはありませんが___」
フォローを入れたつもりだったが、ロクサーヌさまはまるで聞いていなかった。
「試しに、何か私に調合してみてくれないだろうか。
もちろん、変な気を起こすなよ。もし私に危害を加えようとしたら――」
「分かっておりますよ。言われなくとも、そんなことはいたしません」
私はきっぱりと言い切った。
自分の能力を、人を傷つけるために使うつもりはない。それは、この世界に転生してきた当初から誓っていることだった。
(とはいえ……一体、何の薬を調合すればいいのだろう)
一見したところ、ロクサーヌさまの健康状態に問題は見当たらない。
怪我や病気の治療であれば話は早いのだが――。
少し考えた末、私は口を開いた。
「では……こんなのはいかがでしょう」
そう言って、手にしていた小瓶の中に淡い桃色の魔法薬を生成し、ロクサーヌさまに差し出した。
彼は少し訝しんだ表情を浮かべた後、恐る恐るその薬を飲み干す。
「……いかがでしょうか?」
様子を窺うと、ロクサーヌはどこか眠そうな目をしていた。
「マリアンヌ……君は、私に何をした?」
眠気を含んだその声は、不機嫌そうにも聞こえる。
「ええと……精神安定剤を調合してみました。
ロクサーヌさまは、いつも気が張り詰めていらっしゃるようでしたので。
少しでもリラックスしていただければと――」
そう言いかけた、そのとき。
不意にロクサーヌが立ち上がり、私の座っていたソファへと身を屈めてきた。
「わわっ……!? 一体どうされたのですか……?」
彼に覆いかぶさられ、身動きが取れなくなる。
顔を上げると、ロクサーヌは眠気と戦うような目で、じっと私を見下ろしていた。
「……何か毒を盛ったのだろう。
私の自由を奪い、危害を加えるつもりなのだな?」
「そんなこと、いたしませんよ」
身動きができない私が必死に否定する横で、ロクサーヌさまはさらに強い眠気に襲われたのか、身悶えするように息をついた。
「あの……私は何もしませんから。
そのまま、ゆっくりお休みになってください。心配せずとも、しばらくすれば薬の効果は消えますから」
そう言い終えるより早く、ロクサーヌは私に覆いかぶさったまま、ストンと眠りに落ちてしまった。
起こしてしまうのも悪いと思い、私は仕方なく彼に覆われたままソファに身を委ねる。
そうしている間に、いつの間にか私まで眠りに落ちてしまっていた_。
* * *
しばらくして、ロクサーヌは目を覚ました。
隣には、薬を飲んだときの体勢のまま、ソファに寝そべるマリアンヌの姿がある。
彼は、その寝顔を訝しむように見つめた。
彼女が屋敷にやってきて依頼、ロクサーヌは慎重にマリアンヌの動向を探ってきた。
彼女が以前、ヒースに強く執着していたこと。学園に密かに放っていた魔物たちから、その事実は報告されている。そして、ヒースと親しいリリィと衝突し、彼女を陥れようとした結果、追放されたこと。
だが、それだけで彼女を信用して良いはずがなかった。
警戒心の強いロクサーヌは、未だマリアンヌを完全には信用していない。彼女が再びヒースに取り入るため、自分に接近している可能性も考えられた。
ヒースの宿敵である自分を陥れれば、彼女は再び、ヒースの信頼を勝ち取れるかもしれないのだから。だからこそ、屋敷を不在にして様子を見たり、こうして薬を調合させたりと、彼女を試してきた。
だが今のところ、怪しい動きは見られない。
少なくとも、先ほど服用した薬に毒はなかった。
ロクサーヌは巨大な魔力を持つ魔術師だ。もし、命に関わる毒が体内に入れば、即座に感知し、防御が発動する。
それが起こらなかったということは、マリアンヌは本当に、毒を盛らなかったということになる。それに、少し眠ったせいだろうか。以前よりも体が軽く、どこかすっきりとした感覚があった。
(……私の方こそ、少し気が張り詰めすぎていた、ということか)
ロクサーヌは、ソファの上で無防備に眠りこけているマリアンヌを、そっと見下ろした。




