作戦直前
「…と、いうわけで少佐。これからもよろしくお願いしますね?」
「何がと、いうわけで、だ。全てお前の手のひらの通りだっただろうに」
中央線線行きの列車に揺られつつ、私は風味も何も無いコーヒーを胃へと流し込んで目の前の人物に向かってにっこりと微笑む。勿論、目の前にいる人物というのはカリン少佐のことなのだが、正式に同じ大隊に所属することが決まったので改めてだ。礼儀はそのほとんどが煩雑には感じてしまうが、それらのおかげで無駄ないざこざを回避することができているのもまた事実。たとえ互いに面識があったとしても、きっとそれらはいい話題に繋がることとなるだろう。…そんな私の目論みは、少佐の一睨みで霧散してしまいましたけれど。
今の私は四〇一特別魔導大隊に配属された魔導兵だ。これで、私の裏が暴かれることはなくなった。私は察しのいい人から魔導人形だと正体が暴かれる可能性は無くなり、今まで一人で大隊規模の任務にあったっていたカリン少佐の負担も単純計算で三分の一に。互いにウィンウィンの良い関係だと思うが、残念なことにカリン少佐の顔色は相変わらず晴れない。まるで新大陸の空を覆う曇天のようだ。
「…レーリッヒ閣下から言われなかったか?私と長いこといると、死ぬことになるぞ?」
「ええ、確かにカリン少佐の下がいいと言ったときは止められました。ですけど、少佐にも悪いところはあるんですからね?」
「私が、悪いだと?」
『王子』に追い詰められた時にあんな助け方をされて憧れない人間が一体どこにいるのだろうか。もし少佐が男性だったならば、間違いなく惚れてしまっていただろう。勿論、女性としての少佐も憧れはするが…
けれど、そんなことは口が裂けても言えない。もし言ってしまえば、どんな反応をされるか分からないからだ。鼻で笑われるか、それとも馬鹿にしているのかと睨まれるのか。
「自覚してないのなら、今回の件とでお互い様ですね」
ここは強引に話を終わらせて有耶無耶のまま終わらせてしまおう。そう思って強引に話を切り上げる。何となくだが、頬が熱くなってきた気がする。
「そ、それで、この列車はどこに向かっているのですか?見たところ、縦断列車のようですが…」
私の頬が薄っすらと紅潮していることに気がつかせないために、少佐の視線を窓の外へと誘導する。この列車は現在、遠くに見える雪を被った山々に向かって北上している。そして社内には私たちの他にも軍の要人であろう方々が乗車しているのが見えた。カリン少佐も何かしらこちらは知らない情報の一つや二つは持っているはずだ。
「私たち四〇一特別魔導大隊は今回のハーデル・ロンバルト攻略にあたって本軍の先駆けとなり、ハーデル・ロンバルトへの強行浸透を任されている。浸透後は軍隊の前進の障害となりうる高脅威のネームドを撃破し、手早く撤収する。簡単な仕事だ」
「いやいや、補給もないのでしょう?それに、ネームドの居場所もわからないのですからか簡単な任務では決して無いと思うのですが…」
「…今回は標的のある程度の位置も分かっているし、今回は予備の魔導力機の携帯も許可された。それだけでも今までと比べればだいぶ楽だぞ?」
「それは、少佐からすれば確かにそうかもしれませんけど…」
本来ならば魔導兵は任務後に歩いて帰らなければならないという規則は存在しない。あれは、魔動力機の脆弱性が故に今も魔導兵を体力的に縛り付ける悪習だ。そうだと分かっていても、やはりそれは技術的な問題でもあるため、各々の努力でそれを改善していくことは難しい。魔力を効率よく変換するために、他の魔力からの影響を受けやすくなってしまう。ヴエルフォードもそのことについては「何か革新的な技術のブレイクスルーが発生しない限り難しい」と言っていた。そのくらい、頑張ってくださいよ。と思ってしまうが、やはり、人間は違う環境に置かれた人間の苦労を理解することは限りなく難しい。私にも魔導兵としての命懸けでの義務の達成があるように、ヴエルフォードにもあの環境で開発を続けなければならないという試練があるのだ。
「…とは言ったが、一応作戦とまではいかなくとも行動の指針のようなものは用意した。久しぶりの団体行動だからな。一人きりで身勝手に、とはいかないがそれも円滑に事を進めるには仕方がない。今作戦ではエルは司令部との通信を優先し、市街地には私とアレクトで突入することになっている。エルの上空での索敵でネームドを発見し撃破ないしは撃退した後、速やかに市街地から離脱するといった感じだ。つまるところ行き当たりばったりだが、まあ任せておけ」
少佐は揺れるテーブルに地図を広げ、私が理解できるように一つ一つ指を指しながら作戦内容を伝える。内容はシンプルかつ、高い練度が必要な高難易度任務だ。とにかく、私たちはネームドを戦場から引き剥がすことを第一目標に、可能ならば命がある状態で帰還する。改めて、目には目を歯には歯を、である。
「中央戦線には『王子』のようなネームドは存在するのですか?」
「中央戦線にて警戒しなければならないネームドはいくつかいるが、参謀本部と司令部から撃退を懇願されているのが『道化』だ。知っているかもしれないが、奴は特別脅威度区分E3に指定されている。『道化』は中央戦線で比較的多く確認されていて、ハーデル・ロンバルトを拠点にして活動していると思われる。つまり、今回の作戦ではほとんどの確率で彼と接敵することになるだろう。本拠地を叩くことになるわけだからな。そして難しいとは思うが、撃破に成功した際には、休暇が与えられるそうだ。欲しいならば、それ相応の努力をするんだな」
またあんな人?と殺し合うことになるのは勘弁してほしいなと思って敵情について聞いてみると、何とも耳寄りな情報が入ってきた。『道化』を撃破すれば部隊に休暇が入ってくる!そんなことを言われてしまえば、流石の私も重い腰を上げて全力で事に及ばなければいけなくなってしまう。…休みが、ゆっくりできる休みが欲しい!
「それと、これは少し余談だが、前線で何やら不穏な噂、というか事例が確認されているらしい。それで私たちが行う任務に何か支障が生じるというわけではないが…」
カリン少佐は一度そこで言葉を止め、何やら物憂げな表情で悩み始めた。
「どうしたのですか?少佐が悩むなんて、珍しいですが」
少佐はしばらく机の何もない部分を見つめた後、軽く息を吸い込み、姿勢を正してこちらを向く。
「私のかつての部下が敵方として戦場で暴れているらしい。てっきりだいぶ前に行方不明…つまり死んだと聞かされていたから驚きだ。だが、どうにも、私はその裏を勘繰ってしまう。彼女はそんな人間ではなかった。彼女を見て裏切りなどという単語は一切感じられなかったからな。だから、『道化』が裏で操っているのやも、いや、操っていてくれと思ってしまった。我々魔導兵は、スパイでは無いのだがな」
戦争というものは本来、どれだけ情報を得ることができるかが戦場レベル、そして、国家レベルで重要になってくる。しかし、今の国家ではない何かとの戦闘では、どこから情報を得る、と言うことは残念ながらできない。何しろ、私たちが相手にしているのは言葉の通った人間ではなく、人間の形をした「何か」なのだ。むしろ、指揮統制がどうなっているかすら分からない敵に対して帝国はよくやっていると言ってあげてもいいだろう。しかし、だからこそと言った方がいいだろうか。政府は防諜、そして、国民に対するプロパガンダに対して手を抜いているような気がしてならない。
そんな情勢だから、私は少佐の言葉から出てきたスパイという単語がとても印象的に感じられた。スパイとは、敵国に忍ばせておいて程よく情報を抜き取ってくる人たちのことだ。まず前提として、今は世界中どこをみても国家同士の戦争は発生していない。けれど、それとこれとは話が別だ。今でも恐らくだが、王国の間者が機密情報や兵器の実験データを狙っているに違いない。平時だからといって、もしかすると敵国になるかもしれない国の情報はできるだけ集めておくに限る。つまり、国は無情にも個人に対して「心の準備」をして日々を過ごせと命じるのだ。俗にそれは裏切りと呼ばれ、運悪くそれに遭遇した人間には皆が「恩を仇で返されてしまいましたね」と口をそろえて慰めてくれる。
「少佐がその、何というか…人に対してそんな感情を持つとは思いませんでした」
それはそうと、私は少佐の話を聞いて抱いた感想を素直にぶつける。しばらく食事を共にして分かったが、少佐はかなり無口だ。意味のない雑談はすることなく、こちらから声をかけたとしても「なんだ」と見るからに不満そうな顔と口調で言われてはあまり長く話をしようと思えない。
だから、少佐はあまり人と関わるのが好きではないのかとてっきり思っていた。けれど、少佐が昔馴染みと言った時の顔は胸中の複雑な感情を雄弁に物語っていた。言っては悪いがとても人間らしい。少佐にも、そんな風に思える戦友がいるのだと考えると、何故だろうか。少しだけ心が締め付けられたような気がした。
「…一度激しく喧嘩をしてからそれっきりの関係だがな。そして、所謂師弟関係でもあった。そんな奴に対して、何も思わないというのは、私には無理だ」
少佐は珍しいことにその相好を崩した。いや、普通の人間ならば、この程度の頬の緩みは笑っているとは言わないだろう。それほどまでの感情の機微。それも、己を嘲笑うための笑みだ。それを読み取れるようになったのは私が元々貴族だからか、はたまた私が少佐に毒されてしまっているのか。
「だが、そうだな。確かに、昔の人間関係で悩むのは私らしくないな。悩むのはこれくらいにするとしよう。…誰かに内心を吐露すると、本当に気持ちは晴れるのだな」
緩んだ表情を元に戻し、再び厳しい顔つきに戻る少佐。けれど、本当にこれで良かったのだろうか?私は少佐を否定するのではなく、思いやるべきだったのでは?よぎる不安を振り落とし、不安を紛らわすために私は装具を握りしめた。
帝国の反抗拠点、バルトニークに列車が到着すると少佐は一度キョロキョロと周囲を見渡し、何かを見つけると迷うことなく人混みの中を進み始めた。列車からは積荷が忙しなく下されている。おそらく小銃か何かだろう。金属が擦れる音が聞こえ、とても重そうだ。
「ヴィシア大佐、お久しぶりです」
「その声は…カリン少佐ですか。相変わらずお元気そうで。…珍しい。まさか少佐が部下を侍らすとは」
集積地から少し離れた場所にヴィシア大佐はいた。大佐は車に体重を預けたまま私とエルを物珍しそうに見ると、楽しそうにカリン少佐に向かって笑いかける。その一方で、少佐はというとあまり面白くはなさそうだ。眉間に皺を寄せ、見るからに不満そうな態度を醸し出す。
「大佐殿、申し訳ありませんが、私と少佐はそのような関係ではございません。私がわがままを言って、特別に連れてもらっているというだけです」
「アレクト魔導少尉だ。今の所は、だがな」
私は少佐の紹介に合わせて恭しくスカートを摘んでお辞儀をする。こうしておけば、たとえ軍服に身を包んでいたとしてもある程度貴族らしく優雅に見える。
「これはこれは…一体、どこのお貴族様のお忍びですか?」
礼をした私に対して、ヴィシア大佐はぎこちなく礼を返すと、聞いていないぞと言わんばかりに少佐に小声で話しかけた。当の本人である私の前でそんなことを、とも思ったが、本来なら貴族を前にした平民はこんな感じの反応をするのが普通なのだ。顎で私のことを使っている少佐が例外というだけで、本来ならば。
「急に決まったことだ。私に聞かれても秘密保持の観点から話しかねるが、知りたいのならばレーリッヒ閣下に直接尋ねろ。その時は、一筆認めてやらなくもない」
「ぐっ、まったくお前は頭の回る…」
日頃の激務からだろうか、ヴィシア大佐は一度感情を昂らせたが、天を仰ぐと仕方がないといった表情でこちらに向き直った。隈を隠そうともせず、眉間には皺が深く刻まれている。
「…それで、新型の魔導力機があんなにも手配されたというわけか。いくら耐久性に難があるとはいえ、十機はいくらなんでも多すぎると思ったが、それならば辻褄も合いますね。…少し待て、アレクトは魔導兵なのか!?」
「カリン少佐が困っていますよ。ひとまずここで立ち話も何ですし、移動しながら話しませんか、大佐殿?」
「む、アレクトの言う通りだな。時間がない。ヴィシア、ひとまず中に通してくれ。出撃まで時間がない。お前のくだらん話は歩きながらでいいなら聞いてやろう」
「全く、少佐は相変わらず建前というものを大層お嫌いでいらっしゃる…」
こんなところで話していては、誰がどこで聞き耳を立てているかわかりません、そんな意図を言葉に隠して伝えていると、ヴィシア大佐は首を傾げるだけだったが、少佐は分かってくれたらしい。腕時計で適当に時間を確認し、それっぽいことを言って察しの悪い大佐に一旦中に入ろうと促す。
「前線は森林地帯と敵の待ち伏せによって地獄の様相となっていますが、行軍速度事態に今のところは影響はありません。予定通り、今日の暮れにはハーデル・ロンバルトに到着する予定です」
室内に入ると少佐と大佐は少しの間アイコンタクトで意思疎通をすると、大佐は中央戦線の直近の戦況を語り出した。話を聞いていると事前に聞いていたものと内容はほとんど同じだが、所々齟齬がある。私は大佐の言葉がちょうど切れたタイミングで手を上げ、二人の視線を受けながらも口を開く。
「それでは、砲撃は行われないということでいいのですか?」
「アレクト様、それはいったいどういうことですか?」
「私の記憶が正しければ、私たち四〇一特別魔導大隊がネームドと交戦した後、友軍による撤退の援護があると聞いていたのですが、今日の暮れに到着するとなると、私たちの帰りにはどう考えても支援は間に合わないと思いまして」
私の何気ない質問に二人は黙り込む。そして、周囲に私たちの会話を盗み聞くような人がいないかを確認すると、少佐は少し腰を落とし、私の耳元で囁いた。
「あまり、下手なことは言わない方がいい。参謀本部は『全て計画通り』に事を進めているんだ。旧大陸の畑屋さんは神経質だ。ここまで言えば、分かるな?」
「は、はい…」
つまるところ、私の知らないうちに作戦の計画に変更があったそうだ。つまり、少佐はそのことを分かっていながらも、作戦自体には問題がないから我関せずを貫いていたらしい。自分の察しの悪さには度々悩まされる。でも、聞いていた話と違うんですから、私は悪くはありませんよね?だって、撤退時に援護が無いんですよ?追撃を受けたら疲労困憊の私たちは…カリン少佐に救われそうですね。どうしてでしょうか、何故かとっても既視感があるように感じてしまいます。
ヒーターの効いた室内に涙の別れを交わし、私たちは滑走路に出る。魔動力機を用いた魔導兵の飛行には航空機程ではないが、ある程度の滑走路が必要になる。なので、別にわざわざ滑走路で離着陸を行う必要はないのだが、魔導兵用の滑走路を作るのはそれはそれで面倒なので、今の帝国にはそこまでの余裕が無いのも重なり滑走路は航空機と魔導兵で仲良く分け合いっこして使っているのだ。…三式魔導動力機関乙型ならばほとんどその場で飛ぶことができるのですけど、それは言わないお約束です。
装具を身に着け、離陸前に装備の最終点検を行う。魔動力機はベルトにしっかりと固定されていて、剣もきちんとある。そして、一応自殺用の拳銃も。…よし、問題ない。ふと、エルは大丈夫かなと思い後ろを振り向くと、エルは通信機に呼びの魔動力機を背負い、非常に重たそうにしている。
「その、重くないですか?無理はしないでくださいね。重たかったら、自分の分の魔動力機は持ちますから」
「…ううん、アレクト様。私は大丈夫」
ヘッドセットを被り、エルは慣れた手つきで司令部と確認のために通信を行う。予備の魔動力機は一人二つと仮定して計六つ。乙型が折り畳み式の軽量型とはいえ、一枚五か六キログラムはある。つまり、合計重量は大体三十キロ!?
バランスを崩しかけているエルのことを心配していると、準備が終わったカリン少佐がこちらへと歩いてくる。そしてこちらの様子を見ると、まるで全てを察したと言わんばかりに大袈裟にため息をついた。
「通信魔導兵は余程のことがない限り戦闘に参加しないのだから、それぐらい問題ないだろう。それに飛べば浮力である程度は楽になる。それよりアレクト、もう一度自身の魔力波長に問題がないか確認しろ。今回は前回と違って軽く二時間は飛ぶからな。途中で魔動力機が壊れて墜落となれば…作戦の中断は軍法裁判行きだ」
「は、はい!」
どうやら、少佐はいたいけな少女に体重以上の重さの荷物を運ばせる程度ではその鋼の心に傷が付くことは無いらしい。鋼の心の持ち主は実力も伴っていて私からすれば羨ましいばかりです…作戦が終わったら、エルには休暇を渡しましょう。




