憧れのお義姉さま
そういえば、アレクトは貴族という設定なのに、初っ端から死んでしまったせいで彼女の貴族らしい姿を見せられていませんでしたね。ですので、今回はリーベ家とその分家とさらに分家の人物が一堂に会したお茶会です。書くのが非常に楽しいお話でした。
その少女の発言に、辺りは鎮まり返った。エルが不思議そうに私のことを見上げ、クランハルトは握っていた魔石を危うく落としかける。そして少佐は身体強化を中断し、呆気にとられつつも太刀をしまった。
「…アレクト様、あのお方は一体?」
「ええと、一応名前は知っているんです。私のことをお義姉様と呼ぶことができる親戚は、私は一人しか知りませんので」
私を庇うように立つ少佐とクランハルトを潜り抜け、私は剣を向けられていたにも関わらず堂々と仁王立ちでいる少女の前に出る。私が姿を現すと彼女は一瞬驚いた様子を見せ、そして少しだけ頬を紅潮させた。
「イルトリア、それが私の恩人に向かっての態度なのですか?」
「まさかそのようなことは!私はただ、お義姉様をお迎えに上がろうとしたところ、その、あの…」
私は口をあわあわと動かして何か言い訳をしようとしているイルトリアに歩み寄り、そっと頭に手を乗せる。その瞬間、イルトリアは顔を真っ赤にし、ショートしてしまった。傍に控えていた執事はやれやれと言わんばかりに頭を振り、そして小さく溜息を下した。
「貴方が執事ですか?駄目ではないですか。従者として、しっかりと主人の手綱を握れるようでなくては」
「私も止めはしたのですが、ならば一人で行くと、言って聞かなかったものでして…」
「それで、いったいヴェントリス家が私に何の用ですか?わざわざレルモルド家まで巻き込んで。私が聞いていた旧大陸の貴族というものはもっと狡猾でずる賢く、良く頭が回ると聞いていたのですが」
私が暗に「あなた方が何か良からぬことを考えているのはお見通しです。ですからとっとと全て吐きなさい」と言うと、執事は静かに頷き、行く手を開けた。
「お車をご用意しております。このようなところで長話していては身が持たないでしょう。勿論、お連れの方もご一緒にどうぞ」
◆
しばらくの間車に揺られていると、車窓から見える視界が急に開けるようになった。貴族街に入ったのだろう。帝国の首都であるリーデンブルグには皇帝家の住まいがあるため、陛下への謁見のために年中国内のあらゆる場所から貴族が集まる。そのため、貴族たちが一時的に帝都に滞在するために示し合わせたように館を建設したのだ。その一帯を貴族街という。街と言っても貴族たちが自身の力を誇示するための広大な庭と館があるだけで、よく整備の行き届いている道路も基本的には貴族にしか使われない。簡単に言えば税金の無駄遣いです。…それ自体の善悪は置いておいて、独裁政治が如何に不公平なことかがよくわかりますね。
「あの、ここは?」
「リーベ家の別荘です!父上がリーベルト様より管理するように言われていましたが、少し前、お義姉様が生活できるように準備を整えろと言われ、私がその役目を承ったのです」
差し出された手を受け取り、ついでにここがどこなのかを運転手に聞くと、イルトリアが助手席から飛び出して説明してくれた。運転手は一瞬表情を硬くしたが、すぐに軽く一礼して後方に下がった。私は彼女を叱るべきなのか、それとも彼女の善意に感謝するべきなのか。そんなくだらないことで悩んでいると、後続車両が丁度到着した。
「イルトリア、ひとまず部屋に案内してください。こんなところでいつまでも話していては、本当に凍えて死んでしまいますよ?」
私はここぞとばかりに話題を斬りかえることにした。港に到着してからずっと私は上着を手に入れられていない。まさか旧大陸はこんなにも厳しい土地だったとは。正直言って油断していた。考えの凝り固まった貴族の一人や二人、などと、敵が人間だけだと考えていた私の姿はは、今思えば滑稽に思えてしまう。
「そ、そうですね。それでは行きましょう。すぐにお茶もご用意いたしますので!」
私はちょうど車を降りた少佐とクランハルトに目配せしてイルトリアの後を追う。館までの長い道は春や夏などだったならばもう少し楽しめたのだろうが、すでにうっすらと雪化粧をしているこんな状況では楽しめるものも楽しめない。早足でイルトリアに追いつき、寒さで震える身体に力を入れて優雅さを保ちながら館の中へ入る。
「今すぐお茶をお茶菓子を用意させます。お義姉さまは少しお待ちください」
広めの円卓に腰掛け、ストーブの温もりに体の芯を溶かす。席は十分にあるのだが、エルは私の後ろに佇み、少佐も椅子に手を添えたが、何か考えるような素振りをすると私の後方で直立した。きっと、少佐は口約束だったにもかかわらず私の護衛をするという約束を守る気でいるのだろう。…別にヴェントリス家をそこまで警戒する必要がないと分かったのに、少佐は義理堅いですね。
「…私もここに座らなければならないのか。気が重いな」
そして最後にクランハルトが複雑な表情をしながら席に着くと、給仕が部屋に入り、紅茶を三つ淹れた。給仕に向かって後ろにいる少佐が凄まじい圧をかけているような気もするが、きっと気のせいだろう。…気のせい、ですよね?
「お義姉さま、まずは先刻の無礼、お許しください。盛大にお出迎えしようとしたところ、何か連れ去られているように見えてしまって…」
「イルトリア、まずはクランハルトとカリンに誤ってください。彼らは私のためにわざわざ体を張ってくれたのです」
私が有無を言わさぬ態度でイルトリアを嗜めると、彼女はビクッと体を震わせ、交互に二人の顔を眺めた。
「…私のことはいい。今後の家の友好の為に、余計に事を荒立たせる必要は無いからな」
「私も、アレクト…様がそう仰るのでしたらそれで構いません」
クランハルトは控えめに、そして少佐はたどたどしい敬語を披露しながらイルトリアの謝罪を受け入れた。とりあえず、これで今までのことは全て清算された。これでようやく互いの挨拶に進むことができる。
「それでは、無事に仲直りもできたことですし、互いに自己紹介といたしましょうか。元を辿れば私たちは同じ先祖を持ちます。わざわざ、家格を誇示する必要は無いと思いませんか?」
私が威圧するように言うと、イルトリアは再び体を震わせ、クランハルトは腕を組みながら静かに頷いた。これでこのお茶会の主導権は完全に私のものになった。まさかイルトリアが私の前でクランハルトを虐めることは無いと思いたいところだけど、心配しておくに越したことはないだろう。
「それでは。アレクト・フォン・リーベです。まさか、旧大陸に来るなりこのような歓待を受けれるなんてヴェントリス家には感謝しております。ねえ、イルトリア?」
「は、はい!私はイルトリア・フォン・ヴェントリスですわ。今回は、その、親衛隊の皆様にご迷惑をおかけし、本当に申し訳なく思っております。申し訳ありませんでしたわ!」
イルトリアの謝罪に後ろの二人は剣呑な雰囲気を和らげ、クランハルトは肩の力を抜いた。
「…クランハルトだ。まさか、私までも貴族としてこの席に座らなければならないとはな」
そして最後にクランハルトが渋々ながら自分の名前を口にすることで、私たちはこの場限りで真に対等な存在になった。…なんだか私だけ大所帯な気もするけれど、まあ、いいか。
「それで、イルトリアはどうしてこのようなことをしたのですか?理由は既に何となく察せられますが、こうして場を設けたのですから、貴女の口から説明していただけるのでしょう?」
イルトリア・フォン・ヴェントリスはヴェントリス家の長女だ。長女と言ってもこの家に生まれた唯一の女児で、上には長男と次男がいる。年は確か…十六だったかな?私と彼女は形式上の面識しかないはずなのに、イルトリアは何故か私に懐いている。私の人望のおかげなのか、それとも彼女が私のことを一方的に知っているのか。
「私、お義姉さまが新大陸で魔導兵として戦場においでになっていることを風の噂で聞きつけたのです。そして、それと同時期に父上にリーベルト様よりリーベ家の邸宅を人が暮らせるように整えるようにとの連絡が来て…私がその任を承ったのです!もう一度お義姉さまと再開できると、あの時の私は確信していたのです!」
イルトリアはまず紅茶に口を付けると、一息おいてそう捲し立てた。瞳がなんだかキラキラしていて、向けられる羨望の眼差しが眩しい。
「にもかかわらず、連絡を入れるのは俺…私なのか。貴女は貴族の何たるかをあまり心得ていないのではないか?」
クランハルトが睨みつけるような鋭い視線をイルトリアに向けると、彼女は狐につままれたかのように大人しくなった。クランハルトも新興貴族として苦労しているのに、本家からの連絡がそんな軽い気持ちからのものだったと知れば、彼にも多少の溜飲があるらしい。
「それについては本当に申し訳ありませんわ…この借りは、いつかきっちりと返済させていただきます」
イルトリアの謝罪に、クランハルトは何の返事もしなかった。元々自分がお茶会の席に座ることに拒否感があったようだし、この中では家格が一番いことで彼は私が考えているよりもずっと肩身の狭い思いをしているのだろう。
「それとイルトリア、貴女がなぜ私をそのように慕っているのか説明してもらっても構いませんか?私としては貴女に好かれるようなことをした覚えがないので…」
「そうですか。やはりお義姉さまは私のことを覚えてくださってはおりませんか」
イルトリアは俯き、悲しそうな表情をした。貴族というのはそもそも互いに話せるような仲にある存在は非常に少ない。社交の場では皆上辺を取り繕い、気持ち悪いほどの笑みで思ってもいない美辞麗句をすらすらと述べる。だから一々こんなことに負い目を感じる必要はないのかもしれないが、それでも、私の貴族になりきれていない心はイルトリアに対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「お義姉さまは大学の頃のことを覚えていますか?」
「ええ、結局一年半という短い間でしたけど、あの時の思い出は鮮明に記憶しています」
私はかつて、十四歳から一年半、ヘルテルフールにある大学に在籍していた。なぜ在籍していた期間がこんなにも短いかというと、お父様の要求で本来は七年間かけるはずの課程を飛び級で終わらせたからだ。しかもほとんどを首席で。帝立ヘルテルフール貴族大学校は大学という名称であるものの、実際には貴族が作法や歴史を学ぶためのもので、学術を極める普通の大学とは大きく毛色が異なっている。
だから、私は先んじて学習内容をお父様から暴力的に頭に詰め込まれた。五大貴族たるもの、これくらいの実績がなければ上辺では媚び諂っていても、裏では笑われることになるぞとはお父様がよく言っていたことだが、大方間違いであったわけでもないらしい。事実、私は今まさにイルトリアに慕われているのだから。
「お義姉さまはご存知ないかと思いますが、当時の学内はいくつかの派閥が形成されていました。私も最初はどうでもいいことと一蹴したかったのですが、残念なことに昔の、そして現在の私にも中庸を維持するだけの力はありませんでした。ですが、そんなお義姉さまが入学するなり事態は一変したのです!」
イルトリアはそう言うや否や、椅子を蹴り飛ばすのではないかという勢いで身を乗り出す。どうやらイルトリアは私のことになるとすぐに興奮してしまう節があるようだ。私を目の前にしても過去の私にそこまで興奮することが出来るのだから、その感情は相当なものなのだろう。
「お義姉さまが入学してから、大学には短い間ですが平穏が到来しました。お義姉さまのカリスマに皆は鳴りを潜め、大人しくなったのです。流石の手腕としか言いようがありませんでした。しかし、お義姉さまはすぐに卒業してしまわれて…分かっております。五大貴族の次期当主と噂されるお義姉さまはお忙しいのだと。是非在学中に一度お茶会でもと思っていましたが、やはり、五大貴族と称される家は何から何まで違うのですね」
彼女は諦めるように私に微笑みかけた。クランハルトもこの話には興味を惹かれるものがあったのか、イルトリアの顔を見つめている。
「そうなのですね。よくわかりました。今回の暴走の理由と、そして貴女が私をここまで慕う理由が。私は貴女のことを信用しましょう。イルトリア、貴族として、私の言いたいことは分かりますね?」
打算的な貴族が、感情に従って相手を信頼する。それを同じ家の人ならまだしも、他家の人間に対して。少し賭けに出たが、あんなにも感情を出しているイルトリアならばアレに噓偽りはないと考えていいだろう。尊敬する人から信頼を置かれたことに対して、一体イルトリアはどう返答するのか。私は彼女の瞳を見つめる。
「…お義姉さまは、あのような無礼を働いた私を信用してくださるのですか?」
「ええ。私は物事を結果だけではなく過程も考慮して考えたいと思っています。貴女はあのような暴挙にはおよびましたが、その胸中には私への尊敬が含まれていたではありませんか」
「それに、気にしているのは後ろの戦姫様のことだろう?あいつはこれがデフォルトだ。あまり気にしない方がいい」
クランハルトの添え口に私は後ろをチラリと振り返る。そこにはいつも通りの鋭い目つきをしたカリン少佐がいた。…なるほど、イルトリアは少佐の態度を見てあそこまで下手に出ていたのか。
「これがカリンの通常ですから、心配する必要はありませんよ。それに、私が貴女のことを許したのですから、そのことについてカリンがとやかく言える理屈はありません」
私が両手を合わせてニッコリ微笑むと、イルトリアは頬を紅潮させ、胸を押さえて嬉しそうに頷いた。
「私、お義姉さまのご期待に応えられるよう、今後も精進させていただきます!」




