波乱の予感
恐らく誰も私の作品など待っていないと思いますが、お待たせいたしました!待望の第二部です。第二部は予定では第一部と比べて約二倍のボリュームの予定です。誰も見ないとは思いますが、一応、しばらくは高頻度で投稿できると思います。毎日投稿ではないというのが、何とも私の力量が透けて見えますね…
「うーん、そろそろですかね」
新大陸で船に乗って数日。ふと、朝起きてデッキから外の景色を眺めてみると、水平線が水平線ではなくなっていた。旧大陸だ。帝国発症の地にして、未だ貴族が幅を利かせる古臭い土地。
私は大丈夫だけれど、少し、もう少しだけ軍の中で楽しく過ごしていたかったような気もする。旧大陸ではカリン少佐ともあのように接することはできないのだろう。旧大陸では階級が優先だったが、旧大陸では身分が優先だ。私は貴族で、少佐は平民。そんな何の意味もない分類で、私たちは分かれてしまうことになる。今後の苦労を考えると、どうしても未開の地を純粋な好奇心から眺めることはできなかった。
「アレクト、まさかこんなところで出会うとはな」
「クランハルト、どうしましたか?」
「なに、私もあの忌々しい帝国の根城を海上から眺めてやろうと思っただけだ」
寝起きのせいか、普段から鋭い目つきを一層険しくしたクランハルトは私を見つけると、大げさに驚いた様子を見せた。そして頭を掻き、手すりに体重を預けて私と同じ方向を眺める。
「…アレクト、私がリーベ家の分家の分家の家の出であることは知っているか?」
「いえ、初耳です。ですが、そうだったんですね。となると、私たちは遠い親戚ですか。…このタイミングで一体どういう腹づもりですか?大方、親戚だから私をもっと上の地位に、とかそんな感じのお願いをするつもりでしょう」
私がクランハルトの目を見てはっきり言うと、彼は一瞬の静寂の後、声を上げて笑った。
「ふっ、中々面白いことを言うな。リーベ家の名声を借りることが出来るのなら是非一度体験してみたいものだが、今回はそうではない。何、私の悪い癖だな。本題に入ろう。ヴェリントス家から私に向けて電報が届いた。どう考えても裏があるだろう?それで、お前の意見を聞きたいというわけだ」
クランハルトが眉を顰めているのを見て、私は初めて彼があくまでも貴族としては弱い立場にあることを思い出した。リーベ家の遠戚となれば普通はそれだけでもそれなりの地位になるのだが、残念なことにレルモルド家はまだ成立してから日が浅い、新興貴族中の新興貴族だ。そして、貴族界でも資産家の勃興と同時期の貴族ということで、レルモルド家は非常に舐められているとお父様が複雑な表情で語っていた。あの時はお父様が新興貴族のことを心配するなんて珍しいものもあるんだなと思ったが、遠戚の家ならば納得することができる。
「とりあえず、その電報の内容を私にも教えてください。隠されていては、協力できるものも協力できなくなってしまいますよ?
なので、私はとりあえずクランハルトの肩を持つことにした。ヴェリントス家は何代か前にリーベ家から分離した、いわば分家だ。そして、そんなヴェントリス家の分家が、クランハルトのレルモルド家である。弱い者いじめはいけない。ここはリーベ家次期当主の予定である私が、しっかりとそのことを知らしめてやらなくては。そう思っていたのだが…
「いや、その電報の内容なんだが…アレクト、お前の行方を尋ねているんだ。私はどう返答すればいい?」
「…わ、私ですか?」
どうやら、真に渦中の人物はクランハルトではなく私だったのだ。私は素っ頓狂な声を上げ、クランハルトの顔をまじまじと見つめる。しかし、クランハルトはふざけてなどいなかった。いたって真面目で、そして私の回答を真剣に待っている。
「私が勝手にアレクトの行方を知らせるわけにもいかないだろう?私はあちらがどこまで知っているか知らないが、どうやらお前は魔導人形らしいじゃないか。今の姿をできるだけ貴族に見せない方がいいならば、私はそうしようと思うが」
「えっ、どうしてクランハルトがそのことを知っているのですか!?私、うっかり口を滑らせてしまった覚えはないのですけど!??」
「すまん。センシティブな内容だったな。私はエルの発言から推測しただけだったのだが…どうか、気を悪くしないでくれ」
「エルが、エルが言ったんですね。なら、いいです。あの子の選択は、私もできるだけ尊重してあげるつもりですので」
まさかヴエルフォードが口を滑らせたのかと焦ったが、エルがクランハルトなら大丈夫だろうと判断したのだと分かって胸をなでおろす。
「…にしても、ヴェントリス家が私の行方を探っているのですか。嫌な予感がしますね。私もあの家とあまり関わりがあるわけではないのですが、お父様がいないこの状況で会うのはリスキー過ぎるような気もします」
お父様が一体どこにいるのか相変わらず分からないにも関わらず、何故か分家のヴェントリス家が私探しにお熱。暗殺という言葉が脳裏をよぎった。家督の相続において非常に微妙な立ち位置にいる私を一度殺すことに成功すれば、分家が本家を乗っ取ることも可能になるだろう。そして、今の私は軍務についている。殺すには絶好の機会だ。実際には毒殺でも、根回しをして死因は戦死だとうことにすれば比較的簡単に完全犯罪をなすことが出来てしまう。
「私の行方は伏せておいてください。できれば、私がお父様と再開するまで、それを続けてくれれば幸いです」
「分かった。お前の指示に従おう。…それにしても、頼れる父というのは何とも羨ましいな。それが傑物のリーベルト殿となると、一周回って苦労しそうだが」
「クランハルト、分かってくれますか。そうなんですよ。お父様は何事も最高の結果でなければ満足しないのです。大学の時だって…あら、エルもここに来たのですか」
私がクランハルトに愚痴を溢そうとすると、タイミングよくエルが扉を開けてデッキに入ってきた。エルがタイミング良く話を遮るのもなんだか慣れてきた気がする。エル自身は決してそのつもりはないのだろうけど、空気が読めないといったらその通りだ。
「クランハルト、電報の内容は返事をしておきました。確認をしておいてそのままにするとは、クランハルトもおっちょこちょいなのですね」
エルの言葉に私とクランハルトはまるで示し合わせたかのように互いの顔を見合わせる。そして、何も事情を知らない彼女に、クランハルトは恐る恐る口を開いた。
「…なんと返した?」
「アレクト様はクランハルトとご一緒の船におられますと。…私は何か良くないことを言ってしまいましたか?」
コトリと首を傾げるエルに、遂ぞ私たちは彼女を叱ることができなかった。ガックリと肩を落とし、先ほどと比べて大きくなった旧大陸の山々を物憂げに眺める。
「すまないアレクト。別にエルは悪気があってやったわけではないんだ。彼女はこういう、純粋な奴で…」
「クランハルト、私もそのことはよく分かっています。ですがそうですか。結局、こうなってしまうんですね…」
常在戦場とはよく言うが、まさかこういう意味だとは誰も思うまい。私は何かやらかしてしまったのではとあたふたしているエルの頭を優しく撫でた。
「私からすれば戦場で殺し合いをするよりも、こっちの方が性に合っていますから。先手を打たれたからといって、それで終わるような貴族では、私はありませんよ?」
エルは悪くないのだと慰めてあげながら、しかし、心の中でため息は絶えない。…せめて、カリン少佐が目覚めてくれれば気持ちはもう少し楽になるんだけどなあ。
私は二人より一足先に船内に戻ることにした。潮風で髪がゴワゴワしてしまったし、喉をやられてしまっては大変だからだ。ストーブの熱に身をほぐし、一度落ち着くと、自分がひどく孤独であるように思えた。すっかり着慣れてしまった軍服と、華奢な腕を見ても違和感はすっかり感じなくなってしまい、私の心は既に軍人なのだと理解させられた。
「少佐、いつになったら目が覚めるんだろう…」
私が意識を失った時、少佐は五日間も寝る間を惜しんで私の隣にいた。今思えば、あの時の少佐はああしていないと落ち着かなかったのだろう。
「だったら旧大陸でくらい、頼りになるように頑張らないといけませんね。…そう考えると、なんだか楽になったような気がします」
逆境の一つや二つ、跳ね返してみせよう。…少なくとも、少佐と、お父様に眉を顰められない程度には。




