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異世界戦線  作者: Chira
第一部 新大陸編
30/36

旧大陸へ

第一部、完結です。しばらくお休みをいただいた後、第二部を執筆する予定です。題名は女神降臨とでもいったところでしょうか。中々面白いお話を提供することができると自負しております。お楽しみに!

「アレクト様、到着しました」


「ハイドリート、到着したって、アレクト様を一人で降車させる気?こういう時はエスコートが必要なんじゃない?ほら、手を差し出すアレ」


「わかりましたよ。…まったく、そこまで言ったのならばテレキアあなたがやればいいではないですか」


ハイドリートは運転席から出ると一度腰を反対側に曲げて肺に新鮮な空気を吸い込むと、体をガチガチに強張らせながら私に手を差し出してきた。


「…うーん、三十点といったところですかね?」


「それは、中々手厳しい」


転びそうになりながら一応何とかエスコートを受け、そしておまけに採点もしてあげる。勢いで言ってしまったけれど、ハイドリートの引き攣った表情を見るに余計な一言だったようだ。比べる意図はなかったけれど、やはり家の者は相当に訓練されていたということに今更ながら気づかされてしまった。どこまで辛い経験をしてきたつもりでいたけれど、やはり私は貴族なのだろう。そう思うと何だかさっきの何気ない私の言葉もとても申し訳なく思えてくる。


「アレクト様、剣を」


「あら、テレキアは気が利きますね」


テレキアは助手席から出ると、素早く私が腕に抱きかかえていた二本の剣を回収し、私の一歩後ろに下がった。一体どこでそんなことを覚えたのだろうと思いつつ、この前来た時と比べて随分と人通りの多くなったバルトニークを彷徨う。


「そういえば、二人はどこまでついてきてくれるのですか?私が原隊に復帰するまでとは言っていましたけれど、最悪の場合、このまま旧大陸までついてきてくれたりするのですか?」


「博士からはバルトニークまでで問題ないとは言われていますが、最悪の場合はそうするつもりです」


「私としてもあまり命令に逆らうようなことはしたくないので。それに、アレクト様の護衛ならば進んで引き受けたいくらいです」


「それはありがたい申し出ですけど、私と一緒にいると苦労が絶えませんよ?それでもいいならば、後で雇っても…」


「アレクト様、その、あまり真に受けないでいただけると嬉しいです」


申し訳なさそうにテレキアに言われ、流石にこれ以上からかうのはやめる。外気は冷たく、早く部屋に入らなければ体が冷えてしまう。しかし、二人もヴエルフォードからはバルトニークに来てからのことは特に指示されていないようで、早速だが立ち往生ということになってしまった。


「やあやあ、皆さんお揃いで。どうやら無事、アレクト様の身柄を安全に移送することができたようで何よりです」


「…ヴエルフォード」


そして、そんな時には心細くなった人を狙ったあくどいことをしている人間が現れるのが世の常というもの。ヴエルフォード、白衣に身を包んだマッドサイエンティストの登場だ。彼女は如何にもな笑みを浮かべ、細い腕を広げている。私達との再会に感激しているつもりらしい。


「ヴエルフォード、もう少し偶然を装ってみてはいかがですか?それに、一体どういうつもりです。死者にまでその仕打ちとは失望しましたよ。貴女とは良き理解者になれるかもしれないと仄かな期待を抱いていたのに、騙された気分です。それに…」


「まあまあ、一度落ち着いてください。それは、あくまでも私が一枚岩だった場合のお話です。本来ならば私も静かな実験生活を送りたいところですが、アレクト様も実感されているでしょう?ここは、巣窟です」


私が有無を言わせぬつもりで畳み掛けると、ヴエルフォードは両手を肩ぐらいのところまで上げ、作り笑いを浮かべながら少しだけ距離を取った。


「皆様の前で私だってなどと弱音を吐くつもりはありません。ですが、それこそ主観なのではないですか?おや、そういえば独断専行は貴族の専売特許でしたねえ」


「そうかもしれませんが、私は結果を見て言っているのです。ヴエルフォードこそ、そんな基本的なことすら忘れてしまったのですか?」


どちらにも言い分があり、そしてその両方にある程度の説得力がある場合、議論は平行線だ。思うことはあるけれど、これ以上はやっても無駄。そう思ってため息をつくと、ヴエルフォードもちょうど同じことを考えていたらしい。肩を竦め、ずれた眼鏡をかけ直した。


「…さて、互いに相当な苦労人のようですね。自己を押し殺していると、自分が元々何者だったのかすら分からなくなってしまいます。それに対し、アレクト様は初めと比べて大分立派な顔つきになられました。戦場の景色は、胸中で思い描いていたようなものでしたか?」


「揶揄うのはやめてください。ですが、思った以上のものでしたよ。英雄は実在するのですね」


「おや、手を血で染めた人からまさかそのような言葉を聞くことができるとは。もしかして、カウンセリングが必要ですか?よろしければ良き話し相手となる魔導人形を一人手配いたしますが」


「戦場は大変でしたでしょう?特に、現実を知らない貴族の方には」「いえいえ、まさか英雄に守ってもらえるなんて、夢物語かのようでしたよ」などと貴族らしく取り繕った言葉を交わし、雑談に花を咲かせる。皮肉も上手だが、だけど、話していて心地がいい。ヴエルフォードがあくまで下手にでているおかげだろう。神輿に担ぎ上げられ、ヨイショされるのも、責任が伴わないならば悪くはないのかもしれない。


「ハイドリート、二人は何を話してるの?」


「私にもさっぱりですよ。ですが、巻き込まれない方が良いということだけはわかります。知らぬが仏というやつです」


「アレクト様は私にとってのイレギュラーでございます。こんなにも上手く事が進むとは、私としても予想外でした。もう少し打ちひしがれるものとばかり思っていましたが、こうも上手くいくこともあるのですね」


「全て偶然ですよ。本来ならばもっと静かに終わるはずだったんです。…って、そういえばこんな事になった張本人は貴女ではないですか!魔力測定器に細工さえしなければ、こんなにも苦労することはなかったんですよ!?」


「本当にそうでしょうか?」


私がヴエルフォードを軽く小突きながら距離を詰めると、ヴエルフォードは冷や汗をかきながら目を細めて言った。


「私はなかなかのキューピットだと自認しておりますが、どうやら思い違いでしたか?」


「くっ、それはあくまで結果論の話です!」


白衣の襟を掴んでヴエルフォードをゆさゆさと揺すると、彼女は愉快そうに笑った。


「ですから、是非とも許していただければ幸いです。私としても、アレクト様とカリン少佐を会わせておきたかったのですよ。どうしてかは、黙秘させていただきますが」


「むうー、今回だけですからね?」


もしかしなくとも私は相当扱いやすいのかもしれない。だけど、今回はこれで有耶無耶にせざるを得ないだろう。顔が熱い。きっと、赤くなっているはずだ。こんな姿を誰かに見られたくはない。


「おい、ヴエルフォード。私の部下に何をさせている?」


「ええと、だね?別に悪気があってやったわけじゃないんだよ、少佐?」


何かがヴエルフォードの背後に降り立ち、その直後に慣れ親しんだ声を聞いて私は咄嗟に顔を上げる。見間違えるはずもない。艶やかな黒色と紫色の混じった長髪。あの人は…


「カリン少佐?」


私の予想通り、そこにはランカラで別れて以来ずっと再会を望んでいたカリン少佐がいた。少佐はヴエルフォードの後ろに立つと魔力で髪を靡かせながら彼女の肩にそっと手を置いた。


「遅くなったな」


「おい、カリンッ、いくらなんでも無茶が過ぎるぞっ…」


「少佐、飛ばし過ぎ」


そして、その後を追ってエルとクランハルトも地面に降り立つ。二人とも相当息が荒い。間違いなく相当な速度でここまで飛んできたのだろう。二人の適性自体はあまり高くなかったはずなので、ラグノーブルからの強行軍の時の私と同じぐらいかそれ以上に無理な飛行だったに違いない。


「部下の通信では少佐はまだランカラにいると聞いていたが、これは一体どういうことだい?まさか、その容体で無茶をしたとでもいうのかい?」


「…お前の部下からアレクトがバルトニークに向かっていると聞いたからな。だが、アレクトは元気そうだな。心配したぞ…」


「えぇ、少佐!?いくら何でも抱き着かなくたっていいじゃないですか!?ほら、皆さんからも冷たい視線を向けられますよ」


「すまん、しばらくこのままでいさせてくれ」


カリン少佐は私の背中に寄りかかると、そう言ってそのまま動かなくなってしまった。私が助けを求めて辺りを見渡すと、クランハルトがため息交じりに説明を加えてくれた。


「アレクト、カリンのことはしばらく安静にさせておけ。こいつは魔力が底を突こうとしているにもかかわらず、魔動力機で飛んできた。その結果がこうだ。…全く、こんな経験は二度と願い下げだ」


「それについては同感です。少佐にはもう少し、人の話に聞く耳を持ってほしいですよね」


少佐とは昔からの付き合いであるクランハルトからもそう言われるということは、カリン少佐という人は元々そういう性格なのだろう。仕方がないのでおぶっていこうと思い少佐の太ももに手をかけると、体が熱い。それに、背中から伝わってくる心臓の鼓動も妙に早い。


「確かハイドリートは魔導医なんですよね?カリン少佐の容態をどうにかすることはできませんか?」


「ええ、私は魔導医ですので、一応魔力を提供することが出来ますが…」


「ハイドリート、止めておきなさい。上級魔導兵の魔力への干渉はご法度です。これ以上介護者を増やしてどうするつもりですか」


魔導医というのは魔力が枯渇した魔導兵に魔力を提供することが出来る特別な人間なのだそうだ。しかし、カリン少佐や私のような元々大量の魔力を持つ人に魔力を供給しようとすると、あまりの魔力容量の差から少しだけ魔力を提供するつもりが魔導医の魔力を大量に吸い取ってしまうらしい。よって、魔導医は基本的にD適性者までにしか魔力を提供しないということになっているのだそうだ。勿論、生死の関わる状態の場合には決死の覚悟で供給を行うこともあるそうだが、今回の少佐の場合は時間が解決してくれるらしい。


「ええと、それじゃあ私はどうすればいいんですかね?」


時にははっきりと断らなければいけないこともある、と真剣な表情でハイドリートを窘めるヴエルフォードに、私はこの後どうすればいいのかを尋ねてみる。少佐は既に意識がないのか体重のほとんどを私に預け、目を瞑っている。


「…体内の魔力が自然回復するまで安静にさせてあげてください。出港までまだ時間はありますが、この際です。早めに乗船してはいかがですか?」


「そうすることにします。ですが、ヴエルフォード。下手な仕打ちをするようなことがあれば、私は貴女からの恩を忘れてしまいますからね」


「それはなかなか手厳しいですね。善処させていただくとします。次会う時にもどうか、対話が叶うことを願っています」


「アレクト様、船の場所は知ってる。ついてきて」


ヴエルフォードに釘を刺しつつ、エルに手を引かれて港の方へと向かう。意識の無くなった少佐を身体強化を施した両腕で支え、足を引きずらないように腰を曲げる。テレキアは私が預けた二本の剣を手に持って慌てていたが、そこはクランハルトが気を利かせて回収してくれた。その時にテレキアが少しだけときめいているような気もしたけれど、恐らく私の勘違いでしょう。


「アレクト、カリンは重いだろう?必要ならば交代するが…」


「クランハルト、女性に対してそのような言い方はありませんよ。善意で言ってくれていることは承知の上ですが、せっかく少佐は私の背中を選んでくれたので、できるだけその思いを反映してあげたいんです。…少佐はあまり私に弱いところを見せてくれないので」


「…そうか」


トコトコと歩くエルの姿に癒されながら歩いて暫くすると、潮風が冷たく吹き付ける埠頭に到着した。エルは自分が今どこにいるのか分からなくなりそうな灰色の軍港を一切の迷いなく進み、やがて一隻の船の前まで辿り着いた。


「…これは、大分贔屓にされているようだな」


「そうですかね?いたって普通の客船だと思いますが」


「だからこそだ。今は平時ではなく、戦時だ。本来、たとえ将校だとしても前例のないこの大規模な撤退に個室を用意されれば十分な待遇と言っていいだろう。にも関わらず、これは本来ならば大貴族が個人的に所有しているようなものだ。個室が用意されているのが最低限で、私たちの場合は恐らくコース料理までついてくるぞ?」


「このような豪華な撤退ができるとは、私は聞いていなかった」そう言ってクランハルトは物憂げに船を見上げた。個人的には今や貴重な中枢戦力となった魔導兵を大事に扱ってくれているということだと思うのだけれど、エルの表情にも驚愕と喜びが混じっているのを見るにクランハルトの反応は決して間違ったものではないのだろう。私たちが乗船するとどこからともなく船員が現れ、少佐を丁重に回収していった。船員は少佐を担架で担架で運ぶ際に部屋番号の付いた鍵を私に三つ渡し、颯爽と去っていってしまった。何という対応の早さだろうか。


「アレクト、聞くところによるとどうやらこの船の所有者はお前の父上のものだそうだ。どうやら相当快適なクルーズになるな」


「もっと私に感謝してくれてもいいんですよ?ほら、せっかく愛しのエルもいることですし、そういう雰囲気に浸って来ればいいじゃないですか。両思いだなんて羨ましい限りです」


私が冗談交じりにそう言うと、クランハルトは少し顎に手を添え考え、その後私に端整な顔つきから繰り出される爽やかな笑みを浮かべて言った。


「それではお言葉に甘えるとしよう。それでは、早速だが失礼させてもらう」


そして私を置いて、二人は年の離れた兄妹のような雰囲気のままホールの方へと向かっていった。エルまで私を置いていってしまい、本来の私の世話係という役目を忘れてしまったのではないかとも思ったが、ふと背中に気配を感じて振り返ってみると、そこにはクランハルトから剣を渡された可哀想な給仕が立っていた。この船ではサービスが行き届いているから、私は必要ない。きっとエルはそう考えたのだろう。


「…ですが、一人になったことでようやく肩の荷が降りたような気がします」


質量的にも、精神的にも、それは間違いないはずだ。これで私の人生を滅茶苦茶にした魔導兵としての生活はひと段落。旧大陸に行ったらお父様を問い詰め、渋々ながらもC軍集団の伝手を使って帝国舞踏会に初参加だ。今後のことを考えるとどうしても憂鬱で、今の私への嫌悪感が少なからず湧いてくるが…


「今は、今だけは現実を忘れてのんびりするとしましょうか」


きっと、この後も今までのように穏やかな日常は待ってはいないだろう。けれど、最善の未来を目指して努力したという結果自体は己を確かに満たしてくれる。とりあえず客室に向かい、試しにワインを頼んでみると給仕はボトルを開けて慣れた手つきでワイングラスに注いでくれた。


「こういうときくらい、気軽にしてこそ貴族というものです。それでは…」


孤独であるというのは寂しく、しかし自分という存在を比較的世俗から隔絶させ、同時に優越感を与えてくれる。足を組み、肘掛けに肘を乗せればそれは完璧に優雅さの象徴となる。


「それでは、帝国の落日に、乾杯」

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