ランカラ攻防〔上〕
遂にランカラを巻き込んだ新大陸での一大決戦です!こちらとしても書くのが楽しみだという気持ちと、戦闘シーンって書くのが難しいんだよなあという気持ちがせめぎ合っていますが、なんとか良い作品を投稿できるように努力していこうと思います。
「アレクト、連絡が入った。今すぐランカラへ向かうぞ」
戦闘後の装備の手入れを始めようかと思っていた矢先、あくまでも平静を装いつつ、けれどどこか焦った様子のカリン少佐は太刀の血を払いながらそんなことを言ってきた。確かに重要都市であるランカラにはできるだけ早く戻った方がいいかもしれないけれど、いくら何でも急すぎる。そんな私の内心を察してか、カリン少佐は表情を和らげ、宥めるように言った。
「…その様子だと命令に不満のようだな。気持ちは分からなくはないが、一度私の話を聞け」
「カリン少佐がそう言うのでしたら…」
小腹を満たすためにぱさぱさのカロリーバーを口に含みながら、私とカリン少佐は私の落下地点へと移動する。魔動力機は意外にも無事で、所々傷はついていたが、問題なく使用できそうだった。流石は大きいだけはあって、それ相応に丈夫だということなのだろう。…三式乙型もこれぐらい頑丈だったら嬉しいんだけど、まあ、これは高望みが過ぎるかな。
「管制塔から連絡があった。どうやらランカラに『魔女』と『王子』が襲来したらしい。詳細は分からないが、少なくともろくでもないことになっているのは確かだ。そこで、私たちに白羽の矢が立ったというわけだ。出来る限り正確に言えば、新たな仕事だ。ネームドの相手は魔導兵でないと話にならない。それも、特別脅威度区分の連中ともなれば…仕方がないが、我々の出番というわけだ」
「それについては分かりました。ですけど、連戦ともなると私も出せる実力を出せるか分かりませんよ?」
魔動力機での飛行で長時間魔力を使い、そして一度の戦闘を行った時点で情けなくはあるが、私は既に疲労困憊。体力、魔力の面ではまだ余裕はあるが、精神的には限界だ。集中力も後どれくらい続くか分からない。決闘ではなく生死をかけた戦いともなるといつもとは違う疲れ方をする。これについてはやはり慣れるしかないけれど、慣れるための戦いがこうも高頻度に行われるようじゃ…
「仕方がない。残念だが、これが現実だ。名声をいくら得ようとも、それだけではどうしようもないことは私を見て分かっていただろう?」
「ですよねー」
戦争というのは残酷だ。全てが極限まで打算的。そして、私たちはいくら強かろうと所詮は意思を持った歯車、消耗品だ。私は少し前まではそれを使い潰す側にいたんですなんて言っても、現在進行形で部品として使われているのだから誰も手心を加えてはくれない。
「とにかく、今は急いでランカラに向かう。クランハルトは確かに腕の立つ魔導兵だが、彼はどこまでも模範的な魔導兵だ。例外には対応しきれない。巡航速度を無視して三百キロで行くぞ」
「ええっ!いくら何でも急ぎ過ぎですって!魔力の効率もよくないですよ!?」
「二時間弱だ。夕暮れまでには何とか到着する。最悪の場合は夜戦も辞さない。帰る場所が無くなることについてはお前もよくわかっているのではないか?」
「むう、いくら何でも意地悪が過ぎますよ!少佐!!」
平然とした表情でえげつない内容を口にしたカリン少佐に少しだけあっけにとられつつ、私は少佐の後を追って雪原を滑走路にして飛び立つ。ペイルーの思念も満足してもらえたようで魔力乱流の気配は治まったが、今度は少佐が速い、とにかく速い。本来の試製二方の巡航速度が百キロちょっとだったのを考えると、その速度は約二倍半。魔力の消費量は体感で四倍だ。幸いにも私は下手に魔力適正だけでA適性だと診断されるようなことだけあってあって魔力切れの心配は無いが、流石に疲れてくる。呼吸が少し浅くなっているのを感じながら少佐の後ろに追いつき、そうすることでようやく何とか一呼吸置くことができた。
「十一時の方向を見ろ。空が紅く染まっている。アレは『魔女』の仕業だ。彼女が得意とする大規模魔法灰燼に帰す魔法陣。どうやら奴は地図からランカラを消滅させる気でいるらしい」
「ちょっと待ってください、それじゃあ、ランカラ防衛守備隊は何をしていたんですか?つまり、少佐の言い分ではあんなことになるまでただ指を咥えてみていた、ということになりますよね?」
「ネームドの奴らは瞬間移動じみた方法で移動している。それに、ランカラ防衛守備隊はあくまでも相手が物量での全面攻勢を仕掛けてきた時のための言っては悪いが肉壁だ。魔導戦にも対応しろというのは、少々無茶が過ぎる」
「そんな上層部の無茶ぶりに答えている私たちもいるのですが…」
カリン少佐に近寄り、じとっとした視線を向けると、少佐は露骨に視線を逸らした。頭では最初から分かってはいるけれど、私は例外側の人間なのだ。適性検査での結果然り、何者かに殺されて魔導人形になったことも然り。ここ最近で私の平穏はすっかり崩れ去ってしまった。お父様にも、ラクーシャにも久しく会えず、記憶の中の景色も段々と血生臭いものへと置き換えられていく。けれど、戦争が終わる気配は見えず、むしろ悪化の一途を辿っている。
いつか死ぬ。それは分かっている。人間というあくまでの生物の一種類に過ぎないこのちっぽけな体はそうできているのだ。けれど、まだ、今じゃないと信じて、もし運命なんてものが存在するのだとしたらこんな終わり方なんて望んでいないと抗って、そしてその儚い希望は叶うことなく多くの人が土に還る。私は一度ズルをした。でも、次もそれは通用するのか?その確率は極限まで零に近いはずだ。耐えなくては。そして、生き残らなくては。まだ、やりたいことがたくさんある。老衰で穏やかに死にたい。でも、そのためには帝国が私の思う帝国である必要がある。そして、それには少なくとも今の戦力としての私が必要不可欠だ。
「…私は、生きて帰れるのでしょうか。いつか、少佐の意識の外で、ひっそりと死んでしまったり…なんて」
だから、今更ながらも弱気な言葉を呟いてしまったのだって、何かしらの偶然ではないはずだ。不満なのではない。言うならば、ただ怖いのだ。恐れている。見せかけの強者である私もまた、一つの戦争機械としていつかそう遠くない時間ですり潰されてしまう。それが身体が戦争を受け付けなくなるのか、はたまた身体がただの有機物の塊となるのかと聞かれれば、それは限りなく後者だろう。
「まさか、今更ながら新兵らしい弱みを聞くとは思わなかったぞ。どうした、何か悪いものでも食べたか?」
「三欲の中で一番劣悪なのは確かに食欲かもしれませんが、そうではありません。私だって一人の女性なのですよ?少佐がどう思っているのかは存じ上げませんが、貴族というのは平民の命を塵芥と同一視している存在…なんてことはないんです。むしろ、カリン少佐は大丈夫なのですか?ペイルーとラトヴィールとヘストリカ。あの三人は少佐にとって大事な人だったんですよね?」
こんな状況じゃあ叶わないことは分かっているけれど、是非ともセラピーを受診したい。もしくは、家に帰らせて欲しい。仕方がなかった、国がそれを許してくれているとはいえ、殺しは殺しだ。肉を抉った感覚が手に焼き付いて剥がれない。限りなく人間を装った狂気であるネームドとは違う。彼女達は確実に、いや、確かに人間であった。
カリン少佐は少し俯いて眼下に広がる雪景色が段々と灰色へと変わっていくのを見ると、ひとつ白い息を吐いた。そして寒冷地用の軍服に身を縮ませ、頬に朱を差す。
「私に過去への拘泥を止めるように言ったのはアレクトではないか。だから私はこうして前を向いている。犠牲と、別れ。その境界線は限りなく曖昧で救いは無いが、それでも、生きていれば手を合わせることができると、私は励まされたのだがな」
「確かに、そんなことも言いましたね。それじゃあ、今回のランカラ直撃という絶望的な状況も少佐ならどうにかできると、期待してしまっていいのですか?」
「ああ、『魔女』の相手は私がしよう。ランカラが地図上から消えるのを防ぐ大役は私が引き受ける。だが、『王子』の相手はアレクトにやってもらうぞ?今のお前の実力ならば『王子』ともいい勝負ができるだろう。いや、奴を殺せ。これ以上、あの身の程をわきまえない愚か者の跳梁を黙認してやる理由もない」
「ええ、本当にできますかね…?」
あの時と比べて確かに実力はついたと思うけど、それでも『王子』と殺し合えるほどの実力がついたとはあまり思えない。今だからこそいえることだけれど、あの時の『王子』は確実に手を抜いていた。私からすれば本気の彼の実力は未知数だ。そんな私の内心を見透かしでもしたのか、少佐は失望半分、呆れ半分といった様子でため息を下した。
「…私ができると言ったんだから自信を持て。上官からのお墨付きなんだぞ?そう謙虚すぎては、一周回って私も傷つく」
そんな少佐の言葉に、私は苦い笑みを浮かべるのが精一杯だった。
◆
巡航速度を無視した飛行を二時間。そんなことをしていれば私も、そして少佐も疲労を隠しきれなくなってくるのは当たり前で、呼吸を浅くしながら深紅色に染まる空を飛行していた。
「…」
残りの魔力は体感で残り四割。こんなに使ったのは初めてだ。自分で言うのもなんだが、流石魔力量だけでA適正と診断されただけはある。でも、そうなると一体カリン少佐はどれぐらいの魔力を持っているのだろうか。少佐は戦闘中にも大量の魔力を使っているように見える。私みたいに身体強化だけでなく、紫電を纏って飛ぶ斬撃まで放っている。私も真似して使ってみたが、アレはかなりの魔力を使う。斬撃を放つと体内の魔力がごっそりと抜け、少しの浮遊感の後に吐き気がした。おそらく、突然大量の魔力を使った副作用なのだろう。
「駄目だ、中央管制に繋がらない」
「魔力が相当濃いですからね。位置を特定されないためか、はたまた自然と魔法陣から魔力が漏れ出ているだけなのかはわかりませんが」
「気分も悪いが、どう考えても後者だろうな。『魔女』はこの程度の魔力でもはっきりと識別できるほどの魔力を隠すことなく纏っている。おそらく、こちらで言う身体強化の応用なのだろうが、本当に質が悪い」
カリン少佐は顔を顰めつつ私の素朴な疑問に答えた。そして、少佐はしばらく何もないように見える方向をしばらく睨みつけると、表情を一段と厳しくして体を捻って方向を転換する。
「少佐!?」
「早速だが、『魔女』の魔力を捉えた。計器で確認した波長と殆ど一致している。それに、この距離から認識できるようなネームドなど、それこそそうそういないっ!」
ただでさえ速い速度を一段と上げてランカラ中心地へと向かう少佐にひいひい言いながらついていくと、私でも段々と邪悪な魔力の気配を認識できるようになってきた。燃え盛る炎をそのまま魔力に落とし込んだかのようなとても近寄りがたい魔力だ。
「アレクト、身体強化だ。これ以上近づけば何が起こるかわからん!」
「少佐!魔動力機がもう限界です!そろそろ、切り離さないと…」
いくら大型の試製二型といえど、こんな高負荷がかかる運用をすれば流石に壊れてしまう。というか、既に壊れてしまっているだろう。少し前から試製二型から変な音がしている。
「自己判断で切り離せ。最悪自分の魔力だけで空を飛べ。私たちは必要の奴隷だ。法も、常識も、必要の前では無力と知れ」
少佐は少し余裕をもって魔動力機を切り離し、自身の魔力だけで空を飛び始めた。
「少佐、ご武運を!」
「…お前は大分あっさりとしているな。だが、今回はその判断で正解だ。戦争に躊躇は必要ない。ただし、一つだけ老婆心ながら言わせてもらうとすれば、優先順位は間違えるなよ?私たちは戦争機械なのだからな」
余裕があまりないであろうにもかかわらず、私に向かって不敵に笑みを浮かべた少佐は私が呆気に取られている間に瞬く間に増速し、邪悪な魔力の発生元へと突入していった。今までも幾度となく経験してきたことだが、私はとんでもない人を上官にしてしまった。いや、確かにカリン少佐は有能で、とても頼りになる人ですよ?ですけど、何というか…
「容赦がないですよね…」
額を伝う汗は、次なる激戦の気配か、はたまた愚痴が少佐の耳に届いていないか心配するためのものか。私は息を入れ直し、減速しつつランカラ市街地をぐるっと上空から偵察する。戦略単位でも、戦術単位でも、情報というのは大切だ。紅く霧がかかった空を滑空し、地上に目を凝らしてみるとそこには慌てた様子の市民らしき人々と、あくまでも統制の取れた軍隊の混合が入り乱れていた。気持ちは分からんでもない。…私だって、少し前まではそっち側でしたからね。
「住民の避難自体は間に合うかはともかく正常に行われている。けど、司令部の方はどうだろう?」
悲鳴を上げながらもなんとかその役目を果たそうと文字通り身を粉にして働いている試製二型にもう少しだけだからと鞭を入れつつ、今度は国の重要施設が集合している方へ向かう。C軍集団司令部とランカラ防衛司令部はそこにある。レーリッヒ大将は避難しているのだろうか。それとも、ここで運命をランカラと共にするつもりでもいるのだろうか。
「そんな人には見えなかったけど、あの方もまあまあお年をめされていたし、ありえなくはない話だなあ」
遠目からでは何やら慌ただしくしている糊の利いた軍服を着こなしている士官の様子を確認することができる。もしかすると憲兵隊も混ざっているかもしれない。とにかく、官僚機構の奴隷達が大慌てだ。
「休憩もこれぐらいにして、そろそろ向かいますか。…さっきから猛烈なアプローチが視界の端にちらついてしつこいんですよね。まったく、その名前の割に慎みが無いんですから」
ランカラ中心地から少し離れた場所に、どう考えても私に向かって放たれている魔力の気配がある。この気配、間違えるはずもない。全ての始まりだ。もし、彼がいなければ私はカリン少佐と出会うこともなく、魔力量だけはある魔導兵としてそこそこの任務でそこそこの戦果を挙げる生活ができていただろう。
地上に人の気配がないのを確認して、今まで大変お世話になった試製二型魔動力機とお別れする。ここまでの時間長距離飛行をしたのは久しぶり…というか初めてだ。そして、もう二度とこんな目には遭いたくないと内心で愚痴を溢しつつゆっくりと着陸のために態勢を整える。魔力の扱いにも大分慣れてきた。私の体は地面に接する直前にふわりと舞い、片足ずつ優雅に地面に着地する。
「…ふむ、大分前から気づいていただろうに、わざと時間をかけてここまで来たな?」
「こっちは少し前までラグノーブルに行ってたんですよ?これぐらいしたって、誰も怒りませんって」
人の姿をした限りなく化け物に近いそれは、かつて頼りになったであろう同胞を地面に投げ捨て、細剣の血を振るい落としつつこちらに歩み寄ってくる。
「成長したな、小娘よ。技も磨かれ、そして覚悟を瞳に宿している。やはり、戦姫の言葉に噓偽りはなかったようだな」
特別脅威度区分『王子』。奴は、私の人生を狂わせたと言っても何ら過言ではないこの奇妙な物語の原点だ。
「私は今非常に怒っています。それは、この世の不条理に。ですから、今の私を甘く見ない方がいいですよ?」
鞘から剣を抜き、その感触にもはや安心感を感じつつ『王子』と対面する。隙の無い、剣士として完璧な実力を彼は持っている。けれど、どうしてだろうか。今の私ならば、どうしてもかつての理不尽にも打ち勝つことが出来る気がしてならないのだ。
「来い、小娘。今こそ雌雄を決する時だ!」
◇
「一体誰に唆された?ヘルモルク」
「おや、閣下もお分かりになられているでしょうに、しかし中々意地悪であられる。だが、一つだけ言わせて貰えるとするならば言いましょうとも。これは我々の台本にも無い想定外の事態であると」
C軍集団司令部のレーリッヒの一室にて、ヘルモルクは非常に上機嫌でいた。深紅に染まる曇天に、それすらもろともしない様子の頼りになる上司。騙す形になってしまったのは彼の心も痛むところではあったが、それでも、まさかここまで上手くいくことがあるのかとヘルモルクは天才は実在すると言う事実に歯噛みつつ、その一方で確かに心地よい気分でいた。
「最初は何か不正でもしているのではないかと訝しんでいたが、どうやら違うらしい。それに、お前は第二艦隊の連中とも随分と親交を深めていたようではないか。本来ならば守りに徹する役目である第一軍の長が、こうも好き勝手に振る舞っているようでは、どうしてもその動向は多数から好奇の目で見られることになるのは、お前も分かっている通りだと思うが」
「やましいことをしている覚えがないというのに、どうしてコソコソする必要がありましょうか。私は確固たる信念を持って『帝国のため』になる行動を行なっております。私もそれが思想によっては決して相容れないこともあると理解していますが、しかし、私の行動は全て善意という万能素材によって舗装されているのです」
そこまで言ってヘルモルクは机に腕を組んだまま、されどこちらを鋭い視線で射抜くレーリッヒの圧力に負けて控えめに髭を撫でた。彼自身もかの御仁がこの戦況にまで命を惜しまず雑談に花を咲かせられる人ではないと理解はしている。ただ、ここからは全てがつつがなく、計画通りに進むであろうことを知っているヘルモルクからすれば、どうしても、ここまで自分が如何様にして過ごしてきたかを少しばかり言いふらしたいという言わば自己顕示欲のようなものを持ち合わせてしまっていた。
「ハーデル・ロンバルト奪還は私からすれば想定外のことだったのです。何故なら、撤兵の際に手間が増えますから。中々、そう、中々頭の良い作戦だったと私も思いましたから。しかし、いくら最善といっても、それはあくまで新大陸に拘泥した場合の話です。海軍もやる気はなく、そして旧大陸では落魄れた貴族が惰眠を貪っている。これは、我々が少しばかり無茶をしたとしても誰も責めれますまい」
「…つまり、我々は被害者ぶるということだな?帝国の負の面だけを押し付けられたと、腑抜けた連中に、それこそ貴族らしく遠回しに伝えてやるということか」
レーリッヒの低い声は、ヘルモルクの腹の底にまでよく響いた。本当に、理解の早いお方だ。しかし、そこまで考え、ヘルモルクはこのままでは…と深い心配に襲われた。そういえばこの惨状は私にも想定外だったのだと思い出し、表情を苦々しいものへと変えて、ううんと唸る。
「ですがねえ、このままでは我々の企みもC軍集団主力もともに野垂れ死んでしまう。風の噂で聞いたばかりですが、訓練大隊の教導官の手練れが壊滅させられたのでしょう?非常に不味い。何か、策はあるのですかな?」
「万全の守りは卿が崩したというのに、よく言う。今頃、奴らはラグノーブルだ。もしや、あのクランハルトまでグルだったとでも言うのか?」
「まさか。クランハルトは実直な御仁であらせられる。その善意を悪用するほどは私も腐ってはおりません」
ヘルモルク然り、レーリッヒ然り、この状況が想定外の事態であるということは両者が共有する価値観であった。重要な補給拠点であり、そして帝国にとって新大陸が価値あるものであるという何よりの物的証拠。ランカラが壊滅的な被害を受ければ連鎖的にC軍集団全軍が瓦解する。第一軍はどうにかなるかもしれない。最終防衛線として万全の貯蓄を溜め込んできたのだから、むしろそうでないと困る。しかし、他が駄目だ。ハーデル・ロンバルトに貼り付けられている第二軍主力、そしてホドーレ・ナイゼ川で穏やかな徹底抗戦を続けてきた第三軍は跡形もなくすり潰されてしまうだろう。軍事的観点からの全滅である。
「参ったな…」
これには、今まで掴めない雰囲気を纏っていたヘルモルクも弱音を吐くしかない。真の意味での絶滅戦争を覚悟していた面々が、補給で潰れる?
「冗談ではないか?」
「勿論でございます。ですが、今更どうしようもなりますまい。こうなったらひとつ、クランハルトに賭けてみますか?』
「言語道断だな。例外に、どこまでも規範たる彼が何かできるとでも?」
クランハルトはどこまでも常識の範囲内で優秀な魔導兵だ。成り上がろうと夢見る若者は彼を規範とし、そしてあまりの努力に多くが挫折する。それでも今までクランハルトが『魔女』からラグノーブルを守ってきたことについてはよくやったと言わざるを得ないが、しかし一方でそれまででもある。
「私は彼は好きにすればいいと思っている。彼が思う最善を、我々はランカラが終わるその時までここでゆっくりと眺めていようではないか」
レーリッヒは半ば諦めつつ、混乱の最中であるランカラを見渡す。自分自身の下で働いてくれた参謀達は人並みに慌てふためき、しかし、臣民への配慮を忘れない点については彼からも評価することができる点だった。
「共倒れ、ですかな。ランカラ防衛司令部も、さすがにネームドが二体襲来した場合の対処法は心得ていますまい」
礼儀を心得てはいないが、ここは一服するべきかとヘルモルク思い始めたちょうどその時。レーリッヒが持つ自立機構が彼の足元へとテトテトと歩みよっているのが目に見えた。
「カリン…」
「リャード、どうした?」
「カリンが、いる。あそこ」
だが、残念なことに魔導適性を持たない老耄二人にはリャードの人差し指が指す方に一体何があるのか分からなかった。ただ、一つだけ言うとすれば、それは光明だった。失われたかのように思えた希望が、最善を尽くしてきた彼らに運命が微笑んだのだ。
「は、ははっ。これならまだ、なんとかなるかもしれん」
ヘルモルクは葉巻を摘む手が俄かに震え始めた理由が恐怖からではないと分かっていながらも、これが夢では無いのかと確認せずにはいられなかった。だが、どうやらこれは現実であるらしい。
「どうやら剣神様は我々に微笑んでくださっているようだ」
神なるものに希望を持たなくなったのは一体いつからだろうか。けれど、これはまさに天佑だろう。天佑と言うに相応しいだろう。
「我々はまだ、死ぬには早いらしい…!」
そして、若者の死力を尽くした奉仕に乾杯。ヘルモルクは興奮冷めやらぬまま、兵隊煙草を燻らせた。




