策謀
短い内容ですが、間章としてリーベルトの暗躍ぶりを書いておきたかったので書かせていただきました。第一部もいよいよ大詰め!新大陸編のクライマックスももうすぐです。ランカラに襲来した『魔女』と『王子』、そして何やらこそこそと動き回っている『道化』。作者である自分が言うのもアレですが、今後が楽しみです。
「ゴッドバル少将、それで、私は色の良い返事を期待してもいいのかな?」
「心配なさるな、リーベルト中将。私は元より我らが帝国艦隊に絶対の自信を持っている。だが、それ以上にどうしようもないほど参謀本部は臆病だ。新型戦艦に傷が付くのをひどく恐れている。奴らは胸中の絶対的な自信から、その誇りがどこから生まれるのかを履き違えているのだからな」
リーデンブルグにある海軍御用達のクラブにて、私は帝国第一艦隊司令官ゴッドバル・フォン・エルヴェールと対談していた。彼は歴戦の船乗りにして、世界大戦で帝国の最大の危機のひとつ、第三次パイン島沖海戦を帝国の勝利に導いた英雄でもある。あくまでも戦略より戦術を尊ぶという、少し、私には受け入れ難い頑固な面も持ち合わせている。
「私としても、歯痒いさ。新大陸での影響力を強めるために発展してきた海軍が、あろうことか新大陸の危機にただ指をくわえてみているのだからな」
そう言ってゴッドバルはグラスに注がれた舶来のスピリッツを飲み干した。どうやら、相当の酒豪に見える。伝統の陸軍と、革新の海軍。そう比べられ、暗に陸軍の堅苦しさを批判されることもしばしばあるが、もしかすれば、その評価は案外間違っていなかったのかもしれない。
「だが中将よ。我々は共に世界大戦で名を馳せた実力派だ。顔色を窺うよりも、現実を見せて黙らせるのが筋ではないか?それに、私は泥船に乗るのだけは御免だ。なにせ、私は軍艦乗りなのだからな」
「…C軍集団第一軍司令官、そして、ヘルベッチとバルトニークに残存する第二艦隊にも手回しはしてある。ひとたび作戦が発動すればC軍集団は訳も分からぬまま命令に従い新大陸から最低限の戦力を残して撤退する手筈となっている。…後は、提督のご決断を残すのみでございます。この言葉が必要でしたら、是非とも差し上げましょう」
「はっ!陸戦の魔術師殿がよく言う。だが、そうなれば仕方がない。せっかく万全を期してもらっているにも関わらず、損失を恐れていては私も忌み嫌う輩と同類だ。いいだろう。第一艦隊から遊撃用の高速艦隊と船団護衛用の駆逐艦を捻出してやる。これが限界だが、構わないな?」
上手く話に乗ってくれたかと思ったが、どうやら一筋縄では行かないようだ。ゴッドバルは最低限目的を達成させられる戦力の捻出を約束してくれた。だが、それは最低限だ。船団護衛と、おそらく巡洋戦艦を主力とした一個艦隊。正直言って、それだけでは不十分なように思えてしまう。いや、不十分だろう。百三十万人という兵士と、まだ使用可能な火砲を撤収するには相当な輸送船を必要とする。それを守り切るには、駆逐艦を主力とした船団護衛だけではどうしても力不足に感じてしまう。
「全力出撃とまではいかないのか?」
「リーベルト様は陸軍については博識であるようだが、お船のことについてはさっぱりのご様子だ。ここはひとつ教えてしんぜよう」
ゴッドバルは平然とスピリッツをロックで嗜みつつ、まるで余裕を見せつけるかのように一つ、葉巻を取り出した。相当な上物だ。旧大陸では数は少ないが相当の嗜好品はまだ残っているらしい。…後で私もツテを探ってみるとしよう。
「私が言うのも何だが、海での戦いというのは難しい。たとえ海戦で勝利を収めたとしても、それが戦略目標を達成したとは限らないからだ。ここまでは陸軍にも通ずるところがあると思うが…」
「そうだな。たとえ戦闘に勝利できたとしても、戦力の喪失が大き過ぎれば元も子もない。要衝と、それを奪い取るためのコストを天秤にかける。よくある話だ」
特に、終わりの見えないこの戦いではそれはさらに重要になる。今の私たちが戦っているのは人間ではない、化け物だ。化け物は真の意味で最後の一人になるまで戦うのをやめない。あまりにも強靭な精神力を持っている。そして、失地を取り返したところで彼らは降伏を知らない。衝撃が効かないのだ。世界大戦での帝国の得意技が通用しない。それがあったからこそ帝国は勝利することができたというのに、それがなければ帝国には無駄に長い歴史と地理的脆弱性しか持ち合わせがなくなってしまう。
ゴッドバルは私の言葉に鷹揚に頷き、煙を燻らせると言葉を続ける。
「そうだ。なればこそ、既に理解してもらえたと思うのだが。成果と必要性を見せて、投資をしてもらえばよろしい。我々は被害者なのだと、その腹黒い本性を隠して希うのだ。何故なら資本主義とは、投資とは、そうであるのだからな。同情、そう、同情だ。無駄に強者だと虚栄を張るより、その方が手っ取り早く支援を得られる」
「…ああ、そういうことか。つまるところ、私は相当おかしな発言をしてしまっていたらしいな。ここは、ひとつ謝罪するべきか?」
「分かってもらえたならば何よりだ。…こう、何事もすぐに理解し合うことができるというのは気分がいいな。是非、今後も我らが第一艦隊を贔屓にしてもらえれば幸いだ」
「せっかく出来た海軍との伝手だ。これからも贔屓にさせてもらうとしよう。だが、まずはその前に其方の実力を見せてもらってからではなくては。兵士諸共海の底ですと言われてしまっては、こちらとしてもたまったものではない。第三次パイン島海戦のような華麗な勝利を期待している」
私が皮肉めいて言うと、ゴッドバルは葉巻を口につけたまま目を見開き、そしてニヤリと口角を上げて笑った。
「ご期待に沿えるよう、尽力いたしましょう。だが、侯爵殿、貴方はやはり我々のことを参謀本部の連中と同一視してしまっているようだ。今の私にはそれは大きな間違いであるとしか言うことができませんが、すぐに成果とともにご報告に参りましょう。帝国陸軍が外敵より国を守ってきたのと同じように、帝国海軍もまた、国に豊かさをもたらしているということを」




