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異世界戦線  作者: Chira
第一部 新大陸編
21/36

別れのための戦い〔上〕

更新が遅れてしまい誠に申し訳ございません。多分、次回もこんな感じになりますが、どうかご容赦を

妙に温かいアレクトを庇うように二人の前に立ちはだかる。邪悪な魔力に一瞬気押されそうになるが、怒りと憎しみとを心に焚べながら魔力を解放し、同時に身体強化を施す。


「一応聞いておくが、今ならまだ間に合うぞ?魔力を開放するのを止め、武器を捨てて投稿しろ」


「まさか、カリン隊長がここまで情け深いとは思わなかった」


「だけど、私たちにもう戻る気はないわ!大人しく、死ね!」


空中に魔法陣を描き始めるヘストリカを庇うようにラトヴィールが前に出てくる。武器は見慣れた戦斧だが、動きが早く、尚且つ魔力もよく練られている。そして、一撃を太刀で受け流すたびに戦斧を伝って歪な魔力が体内に流れ込んでくる。恐らく、これで私を支配しようとしているのだろうが、甘い…!


「あの頃と比べて随分と生ぬるくなったな。ラトヴィール」


「五月蝿い!隊長に、お前なんかに指図される筋合いはない!」


斬撃を飛ばしてヘストリカの動きを牽制しつつ、あからさまに急所を狙って振られる戦斧を太刀で受け止める。


「くっ…!」


「甘いぞ。太刀筋から、さっきの見せ方まで何もかもがな」


身体強化と並列しながら太刀に魔力を流し込む。私の魔力は何故か普通のものとは違い、すでに魔法の指向性がある程度決められてしまっていた。私の魔力はあらゆるものを切り裂こうとする。空間も、物体も、そして私自身も。普段魔力を使う際は、魔力が持つ切り裂くという指向性を切断するという荒技を使用してなんとか制御していたが、今はその必要はない。太刀に魔力を流すと刀身はにわかに紫色の光を放ち、今にも溢れんとするそれを太刀を振るってやることによって解放する。


「雷霆」


空間すら切り裂き、常人には不可避な一撃がラトヴィールに放たれた。常人には、そう、常人には決して避けることのできない一撃だ。紫電が轟き、対象は瞬く間に消え失せる。まずは一人目。感情が昂ったことにより乱れかけた魔力を抑制しながら、靡いた髪を押さえてヘストリカの方へ向かう。


「…ヘストリカ、お前には相手に近づかれないように立ち回れと教えたはずだが」


「ええ、そうね。カリン隊長。だから、隊長は私にラトヴィールを護衛としてつけてくれた」


「そうだな。だが、どうやら私の見積もりも随分甘かったらしい。これでは…いや、これも今更か」


体の周りにいくつもの魔法陣を同時に展開させ、それを構築していくヘストリカに太刀を向ける。…せめて、お前も苦しまないように。


「あははっ!でもね、隊長。きっと、きっと驚いてくれると思うわ。私たちも、強くなったの。タリータ様が言っていたから。きっと、隊長が私たちに別れの挨拶をしにきてくれるって。だから、私たちも、相応の歓迎をしないといけないって!」


「タリータ、『魔女』のことか?…いやその前に、まだ、私たちと言ったな?くそっ」


「ラトヴィール!」


「私はまだ死んでいないぞっ!カリン隊長!」


嫌な予感はよく当たるもの。どうやったかは分からないが、ラトヴィールはまだ死んではいなかった。頭部めがけて振るわれる戦斧を太刀で受け流し、先程までヘストリカがいた方を見るとすでにそこには彼女の姿はない。


「…不味いな。まさか危惧していた状況にまんまと嵌ることになるとは」


正確に放たれる魔力弾を躱すか弾きながらラトヴィールと斬り合う。…これでは魔力封鎖(デッドロック)を試す暇もないが、だが、正解でもあったな。今のラトヴィールとアレクトを戦わせてしまっていたらアレクトはラトヴィールに殺されていただろう。


だが、しばらく戦っていることで分かったこともあった。二人は、恐らく私を殺す気はない。二人が放つ一撃一撃は確かに私の命を刈り取るには十分すぎるが、どうしても、そこに意図があるような気がしてならなかった。ヘストリカの攻撃が散発的だ。もっと分かりやすく言えば、私が受け流せるようによく調節された攻撃を行っている。そして、ラトヴィールも。一見するとただ心の内から湧き上がる殺意に従っているだけのように見えるが、恐らくこちらが避けやすいようにしてくれている為の行動だろう。


「ヘストリカ!同時に攻撃するぞ、一緒にってことだ!」


「分かった。私が合わせるから、ラトヴィールは好きにやって」


…前言撤回だ。素で、あれだったらしい。


雨霰のように降り注がれるようになった魔力弾を避けつつ、思考を巡らす。アレクトは未だ目覚める気配がない。そして、二人もアレクトに興味がないように見受けられる。元々眼中にないのか、それともアレクトが目覚めないと確信できるような情報を持っているのかは分からないが、殺すならば格好の的であるはずのアレクトを二人は見事なまでにスルーしていた。


正直言って、アレクトが魔導乱流の初期症状を持っていたことを私はすっかり忘れてしまっていた。…仕方がないではないか。普段と何も変わらずにはしゃいでいるのだから。


だから、アレクト魔力は相当乱れているのかとも思った。しかし、それにしてはアレクトの魔力の気配は静かだ。静かすぎる。これではただ、雪原に横たわって寝ているようなもの。


「…ならば、寝かせておこう。アレクトは一度同胞殺しをした身だ。この二人は、私が片付けなければな」


ペイルーはアレクトの手によって殺された。仕方がなかった。けれど…そこでどうしても妄想してしまう。ペイルーを救うことはできなかったのか、と。アレクトの話では『道化』は救う手立てを持っていたらしい。きっと、それが魔力封鎖(デッドロック)なのだろう。彼は魔力と魔力とをぶつけて相殺することによって擬似的に魔力を使うことができない空間を生み出していた。そして、その状態から彼はペイルーに干渉した。そこが謎だ。どうやってそれを行ったのかが分からない。呼びかければいいのか?だが、それでも二人の意志は固いように思えた。『魔女』によって操られているというのは確定。…ならば、どうするのが正解なんだ?


もはや眼科に映る命のやり取りは作業となり、私は思考を巡らすことに意識を割いていた。だが、いくら考えても正解も、結論となるものも出てこない。ただただ焦燥感が積み重なっていくばかり。心臓は気持ち悪く早鐘を打ち、体が動かしにくくなっているような感覚になる。


この世の中に正解というのは存在しない。分かっている。今の胸中に抱いているコレは、正解を求めているのではなく後悔をしたくないが為のものだと。だが、私にそれを避けて通る器用さがあるとでも?ああ、無理だ。私はアレクトのように元々頭が良く、何事も吸収ができる人間ではない。


未来が答え合わせをしてくれる。時代に流される人間は素直に流されるべきなのだ。だけど、抗いたい、抗わせてくれ。この冷たく、容赦のない現実を少しでも正す力を私に…!



「あら、アレクトちゃん。お帰りなさい」


暗澹たる空間で、ペイルーは私のことを久しぶりに実家に帰ってきた娘を見るような目で迎えてくれた。何故かお茶も用意されている。…アフタヌーンのセットなんて、一体どこから持ってきたの?


「えっと、一応聞きますけど、ペイルーさん、なんですよね?」


芳しい紅茶の香りに誘われて席に着きつつ、まず一番の疑問をペイルーに投げかける。この場所で会うのは恐らく二回目だけど、どうしてまだここにいるのだろうか。長居していると私が死んでしまうという話だったはずなのに…まさか、ペイルーはまだ私を殺す気でいる!?


「流石にそんなに陰湿なことはしないわ。…確かに、客観的に見ればそうかもしれないけれど、私はそのためにここにいるわけじゃないの」


「…それでは、どうしてここにいるんですか?」


私が心の中で考えていたことが分かったことは一旦置いておいて、ペイルーの話に合わせる。…あ、これ私の家の紅茶だ。それじゃあ、こっちの焼き菓子たちも…?


懐かしい味を頬張りながら頬に人差し指を当てて首を傾げるペイルーを見つめる。あの時は気が付かなかったが、戦場で見た時と比べてペイルーの髪はより黄金色に輝き、服も少し着崩していて、なんか、とっても色っぽくなっている。


「今の私は簡単に言えば亡霊のようなもの。ハーデル・ロンバルトでのあの時、アレクトちゃんは私の魔力を正面から受けたでしょう?あの時私は確かに死んだ。だけど、その時私の魔力はほんのちょっとだけアレクトちゃんのものと混ざってしまった。そして、私の意思、というか残滓のようなものはアレクトちゃんの魔力に混じって存在しているの。ここまで言えばわかるでしょう?」


「そういえば、魔力乱流の原因はペイルーの魔力を正面から受けたからなんですよね。…ということは、魔力乱流の根源となっている魔力を私の魔力にしてしまうと、ペイルーの意識は無くなってしまいませんか?」


私の言葉にペイルーは少し悲しげな表情で頷いた。


「そうなの。だから、これは私の最後のお願い。もう死んでいるのに、最後のお願いと言うのはなんだか矛盾しているような気がしてならないけれど」


「構いませんよ。こうして喋れているのですから、それだけで善意を元に行動するのに一体なんのしがらみがあるというのですか?」


「そうかもしれないわね。つまり、アレクトちゃんは人間が人間である所以は人語を介することが根拠だと思っている、そういうことなのね?」


「…私は答えの見えない哲学じみた討論は遠慮させていただきます」


絞り出すように言葉を口にするとペイルーははっとしたように口を押さえた。


「それで、ペイルー。貴女は私に一体何を伝えようとしているのですか?」


「分かっていると思うけれど、今のあなたは意識を失っているの。そして、なんとなく魔力で感じられないかしら?今、外ではカリン隊長が戦っている。ラトヴィールとヘストリカと。…私の、分隊員よ」


「あれ?カリン少佐は、二人のことを私の部下だと言っていましたが」


私がお茶菓子を頬張りつつ首を傾げると、ペイルーはゆっくりと首を横に振った。


「確かに、それも間違いではないけれど、私が第六隊長になると決まった時に私が二人のことを引き抜いたの。ほとんど同期の仲だったからせっかくなら、と思ってね」


曰く、ペイルー率いる第六親衛小隊は数だけ見れば第二親衛小隊の半分を引き抜いて成立した小隊だったそうだ。因みに、元々の第二小隊にはエルも所属していたらしい。武器は大剣で、真っ先に前線に飛び込んでは豪快に振り回して戦っていたそうだ。…少し想像できませんね。


「だから、ラトヴィールとヘストリカは隊長の部下でもあり、私の部下でもあるの。でもまあ、私もカリン少佐のことを今も隊長って呼んでるから、アレクトちゃんの方が正しいのかもしれないけれど、一応、そうなってはいたわ」


しみじみと語るペイルーの瞳からは後悔の色が感じ取れた。果てしない後悔の色が。ただひたすらに、過去の過ちを悔やみ続けている。確かに、今の彼女はある意味では全てが過去で、既にそれを逆境に変えて何かできる訳ではないというのもあるかもしれないけれど…


こうやって真に私の心の中で自分の行いを懺悔し続けるペイルーはまさに亡霊。何も出来なかった、むしろ、努力するべきではなかったのかもしれない、そうやって自分を卑下し続けながらここにいるのは、己を、そして周囲を巻き込んだ自省を続けているに他ならない。


「でしたら、それを私に話していったいどういうつもりなのですか?」


霊媒師ではないけれど、こうして人語を介している以上私の中では彼女も立派な人間だ。もしこれは私が夢の中で見ている愉快な空想、いや、妄想かもしれないけれど、だから何だというのか。私が、目の前にいる存在が本物ではないからといって、それは善意を振りまいてはいけない理由にはならないはずだ。


「私が、一度確かに救われかけた身である私が言うのはおこがましいと分かっているけど…」


ペイルーはそこまで言うと言葉を詰まらせた。


「発言をするくらい、いいじゃないですか。帝国でも、皇帝家以外のことについては言論の自由が保障されていますし」


急に陛下に対する批判をこんなところで言われてしまえばたまったものではないけれど、きっとペイルーは私の発言を雰囲気をよくしようとしたための軽口だと分かってくれたはずだ。


ペイルーはそれを聞いてぎこちなく相好を崩すと、一度息を入れ直して言葉を紡ぐ。


「あの二人を、殺してきてくれないかしら?」


「それは…私たちが振りまこうとしている善意を、否定すると言うことですか?」


「…ええ」


「貴女はそれを一身に受けた身であるにも関わらず、ですか」


「…そうよ」


あまり責めるつもりではなかったけれど、私の口調は自然と強いものになってしまっていた。いったい何を考えているのか分からない。私は彼女のことを何も知らない関係ではあるけれど、それでも、そんなことをおめおめ口にしてはいけない立場であるということは分かっているはずだ。


「…理由をお聞かせ願えますか?」


混乱と、失望と。抱く感情を優しく宥めてやりながら私はあくまでも文明人として、心地よいお茶会を進行させるために話の主導権をペイルーにそっとお返しする。最初から、彼女はこのことを危惧していたから話したがらなかったんだ。なのに、一度そでもと言った人が、それを否定するなんて、不義理も甚だしい。


「二人は私とは違うの。もう、戻れないところまで行ってしまった。アレクトちゃんは、アリバルボリから何か聞かなかった?タリータ…『魔女』のことを」


「そういえば、あの時のペイルーは『魔女』に操られていたとかなんとか…」


当時の歪な死闘を思い出しながら今でも変わらず怪しい存在だと思えるアリバルボリの発言を振り返る。だからこそ、私とカリン少佐は現状に一縷の望みを抱いているのだ。ペイルーは、実際に現実で一瞬だけれども正気を取り戻した。それがたとえどれほど捻じ曲がった末に手にしたものだとしても、確かに、その時の私は徒労ではなかったと胸をなでおろせたのだ。


「そう。だけど、あの時の私への支配は完全ではなかった。だから、アリバルボリが誤解して、犬猿の仲…とまではいかなくとも、そこはかとなく不仲であるはずのタリータの派閥の私と、アリバルボリが一時的に共闘するという奇妙なことが起こったのだけど…」


ペイルーはそこまで言うと震える手を互いに固く握り合わせ、熱くなる目頭に感情の奔流を貯めて瞼を一度ゆっくりと閉じだ。


「私とは違って、二人はもう手遅れなの。今となっては二人は『魔女』の都合のいい駒に成り下がったわ。全て、私のせい。あの時、私が、最後まで諦めていなければ、こんなことにはならなかった。取り戻したい。私だって!あの、一瞬でも鮮明に記録された過去を!」


「…それが、貴女の本性ですか?」


乾いた音が響く。私が手を翳すと、俄かに痛覚を感じ取った。それと同時に手が赤く染まる。一方で、ペイルーは目に見えて動揺した。私はアフタヌーンティーセットを消し去り、弾丸を左手で摘出する。そして、一歩後ろに下がりかけたペイルーの輪郭を深紅に染まって指で撫でる。


「狂っていますね。非常によくできた正気でした。ですが、全て徒労です。死というものは否応なしに全ての者からその存在を取り除きます。聡いのならば、それは、一つのよくできた慣習的儀式として終わります。人は初めて割り切るからこそ、人になることができるのです。貴女はそれがひどく欠落している」


「でも、それは、あなたが貴族だから…」


それでも、と言い淀むペイルーに過去の自分を重ねながら私は彼女の口を塞ぐ。勿論口づけではない。少しだけ格好づけて唇に人差し指を重ね、できるだけ貴族としての品格を纏いながら優しく微笑む。


「少し、見通しが甘かったようですね。これでは、貴女は私の庭にのこのこと入ってきた侵入者に変わりありません。…ですが、私の話を聞けば、そんな過去への懺悔や現在の後悔は、丁度いい具合に折半を付けようと思えるようになります。どうですか?せっかくですし、私の言葉にもう一度耳を傾けてみるのも、そこまで悪いことではないと思いませんか?」


私だって、できることなら眼前に映る金髪の麗人と決別したままお別れしたくはない。ペイルーからすればそれでもいいのかもしれないけれど、私は御免だ。それにカリン少佐だって、一度の取り返せない過ちを公正したいと叶わないと分かっていながらも望んでいた。だったら、それはいけない。追い詰められた人間はその時に手にしていた手札をあまりにも簡単に手放してしまう。だったら、余裕のある、強者である私が「有効活用」しない手はない。


「その願い、私に任せてください。でしたら、その良く練られた作戦も、きっと報われるはずです。でしたら、何も問題は無いでしょう?」


私が深紅に染まった手を純白のナプキンで拭きながらペイルーの表情を窺うと、彼女は一瞬あっけにとられ、しかしすぐに首を横に振った。


「それだけでは、駄目なの。私の贖罪はそれで終わるけれど、それだけだと、カリン隊長の贖罪は終わらない」


「隊長も、ですか?」


カリン少佐は私の視点からだとあまり過去に縛り付けられている人のようには見えなかった。いい意味で冷酷な人だ。割り切れていた。いかなる犠牲も、そして甘美な成果も、全てを正しく受け止めることができている、そんな人に。


「カリン隊長は強いから、昔を知っている人ではないとそうは思えないかもしれないわ。だけど、その胸中には全てを背負い切ろうという無謀な志を持っている。過去を全て自分の因果として受け止め、そして遂にそれに耐えきれなくなった時、隊長はそれに潰されて自分もいなくなるつもり。だから、カリン隊長には今を見てもらわなくてはいけないの」


「だから、私の心を殺そうとしたのですか?」


私の言葉にペイルーは最高に悔しそうな表情で頷く。


「最高の環境だった。ヘストリカの魔弾であなたは帰らぬ人となり、隊長は過去と決別して歪んだ世界を終わらそうと前を向いてくれる。そうすれば、カリン隊長は強くなる。そして、全てが終わった時、隊長は解放され、自由になるの」


「それで、私たちへの贖罪は終わるはずだった」ペイルーはその望みが叶わなくなる現状への怒りを、半ば八つ当たりのように私に向ける。私も確かにカリン少佐のことは好きだけれど、まだ命をかけられるほどではない。それに、もしそうなれば共存ではなく依存になってしまう。…それは、少し私の求めているものとは違うと思うし。


「それで、本当に貴女の言うカリン隊長は救われるのですか?」


「何を言って…」


私はペイルーの言葉を遮って続ける。


「自由になった後、カリン隊長はどうなるのでしょうか。ペイルー、貴女の言っていることはカリン隊長を贖罪人から復讐者へと塗り替えているに過ぎません。それは、ただ本人の望まぬ延命処置を施しているだけです。一時は薬になる毒を、それがどこにも無くなるまで無理矢理接種させているだけ。それでは結局、独りよがりです」


「それじゃあ、私はどうすればよかったの!?」


「…私に任せてください」


「え…?」


「人が言葉を持つ理由は、ただ、意思を押し付け合う激しさのためにもありますが…何より、それは夢物語のようにも感じてしまいますが分かり合うためにもあるのです。きっと、貴女の遺志も私の言葉に乗ってカリン少佐へと伝わりますよ。それが、私ができる唯一のお手伝いです」


「アレクトちゃんは本当に、強いわね…」


ペイルーの手が私の頭に添えられる。大きくて、そして温かく、寂しい手だ。もう意思を持たぬはずの、偽りの温かみ。それは私の髪を優しく撫でた。そして、それは間も無く空虚なものへとなっていく。終わりの時が来ている、そんな事実を私は直感で理解した。


「アレクトちゃん、私はあなたのことが嫌いだわ。私と違って強くて、そして諦めない。そしていつまでも前を向いている。…いいえ、泣き言はここまでね。アレクトちゃん。カリン隊長と、二人のこと、頼んだわ」


「勿論です。…さようなら。私は貴女がたとえ帝国の裏切り者だとしても、決断と後悔に苛まれた一人の人間として覚えていますから」


魔力へと還元されてたペイルーを抱きしめ、ほのかに薫る甘い匂いに少し下品だなと思いつつ別れを告げる。きっと、ここに来ることはもう無いだろう。優しい企みと、そしてそんな彼女との歪な思い出は私だけが覚えていればそれでいい。ペイルーはまだ生きている。私が時を経るごとに移ろう感性の変化に流されながら、彼女は私の中で本懐を果たすのだ。

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