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異世界戦線  作者: Chira
第一部 新大陸編
19/36

ラグノーブルへ

アレクト×カリンの百合が尊すぎたので衝動で書いてしまいました。後悔はしていません。

「これが縦断列車ですか?…思ったより、狭いんですね」


「速度重視だからな。まさに、弾丸列車だ」


「もう、またそんなことを言って」


優雅とは程遠い列車に揺られ、私とカリン少佐は北上していく。魔動力機と剣を両手に抱え、レーリッヒ大将の秘書から今度は正式な命令書を受け取って、逃げ込むようにして列車に乗り込んだ。別に夜逃げではないけれど、何だか少し気まずい気分だ。きっとこの気持ちは、無断でカリン少佐を巻き込んでしまった罪悪感に違いない。


「よし。軽いブリーフィングでもしよう。正式な命令書が手に入ったことだしな」


比較的上等品のコーヒーを啜りつつ、少佐の言葉に首肯する。チマチマと泥色の液体を口に含んでは胃に流していると、紅茶よりも断然強烈なカフェインが身体中を巡り、頭が軽くなったかのような錯覚に襲われた。思わず顔を顰め、コーヒーカップをそっと戻す。


「うっ、このコーヒー、なかなか強烈ですね」


「…そうか?」


「今日は眠れなさそうですよ」


「…いや、眠れるさ。私は覚えている。肉と、そして骨とを切断し、事切れる音を。ただ殺すがために条件反射が如く体に魔力が流れ、否応なしに身体が変化していく感覚を。嗜好品に走り、罪悪感を抱いて眠りにつく。そうすれば、翌朝には最悪の目覚めを迎えることができる」


なんだか、ただコーヒーの話をしただけなのに重たい空気になってしまった。少佐は少し下を俯いていて、私の口の中はとても苦い。


確かに人間は弱い。だから私達は揃いも揃って策を弄し、少しでも目の前の共通の悪夢に抗おうとしている。けれど、今のところ結局最後は変わらない。十二年前もそうだった。確かに今はその頃とは違い、その殆どが同胞とは異なる存在だけど…私は違った。


今思えばペイルーは、彼女はどうして最期にあんな言葉を言えたのだろうか。私は思い出せば剣が心臓と肉を貫いた感覚と、ペイルーの表情、そしてあの不思議な空間での記憶がある。命を奪ったのに、それが必要に駆られてしまった末の結果ならばこんなにも軽い罪となってしまうのか。


「すまない、こんな話はするべきでは無いのだろうが…」


「…大丈夫です。このくらいのこと、耐えなければいけませんから」


眉を顰めながら聞いてきたカリン少佐に笑みを向け、コーヒーを飲み干す。黒い液体が舌の上を滑ると味蕾は強烈な苦味を受け取り、つい咽せてしまう。


「無理をするな。仮眠でも取れ。心配するな。到着したら起こしてやる」


「いえ、そういう訳にはいきません。そしたらまた、少佐に全てを背負わせてしまうことになりますから」


これはあくまでも私が言い出したこと。それを本人がやらないというのは一体どんな不義理だろうか。それがたとえカリン少佐からの気遣いだとしても、一時の気の弱みを受け入れてしまっていい理由にはならない。


「それならいい。だが、無理はするなよ」


「勿論です。これぐらいで無理なら、私は始めから魔導兵になんてなっていませんから」


「まあ、そうだな」


カリン少佐は微笑みながら机に封筒を置いた。開かれた形跡があることからすでに少佐は目を通したのだろう。私はそれを受け取り、中身を取り出す。


「…なるほど、航空機による広域偵察の結果、撤退中の第四七師団の側背が攻撃される危険性がある、と」


「そしてクランハルトの報告通りに今までラグノーブルに固執していた『魔女』の姿は見えなくなっている。しかし、それでも完全に魔導戦のための戦力を放棄するわけではないようで、航空機による魔力索敵の結果では彼女の手駒がどこかに潜伏していると予想されている」


「それが、帝国の裏切り者であるラトヴィールとヘストリカ両名だと」


カリン少佐は優雅にコーヒーを啜りながら首肯する。クランハルトは確かにラトヴィールとヘストリカが裏切ったと報告したが、それでも彼女たちが未だ北部戦線に貼り付けられているのが明らかになったのはは今回の偵察によってだ。なぜ、ヴィシア大佐はこのことをあの段階で知ることができていたのか。考えうる可能性は限りなく彼も黒であるというだけ。そして、そんな彼のことを進んで自らの手駒としそうな頭のおかしいネームドは…


「…どいつもこいつも、私を愚弄する」


ふと、少佐の呟きが、揺れる縦断列車にこだました。そして、それは私の耳に入るとたちまち霧散していく。少佐はコーヒーカップを机に置き、段々と雪化粧が施されていく大地を車窓越しに眺める。少し、ほんの少しだけ目が潤んでいる気がするのはきっときのせいではない。


「なあ、アレクト」


「どうしましたか?」


彼女の呼びかけに私は無知を装って返答する。


「お前は今何歳だ」


「十七です。早ければ来年には相応の家格の家から婿をもらうことになっていました」


「そういえばお前は貴族だったな。…まったく、お前と話していると今までの常識が音を立てて崩れる」


「それはこちらもです。少佐と出会ってから、私の常識もすっかり粉々ですよ」


薄らと笑みを浮かべる少佐に私は肩を竦めてみせる。そうしなければ、私はきっと少佐が体験してきた壮絶な人生の記憶に間違いなく押し潰されてしまうから。


「…ラトヴィールとヘストリカは、私のかつての部下だ」


「またですか?」


「…ああ」


ペイルーも、そして今回の二人も。やはり、少佐には人を見る目があるらしかった。しかし、その人を見る目があまりにも優秀だったが故に、まさか、その悉くが敵にも目をつけられ、そしてあろうことかこうして奪われてしまっているが。


「二人は、おそらく私の計算が間違っていなければ十六と十五だったと思う。お前とそう変わらない年齢だ。しかし、というかやはりというか、お前の方がずっと大人びてはいるが…とにかく、二人は、そしてアレクトも、本来ならば戦場で獲物を持って戦うことなどあり得なかったはずだった」


「ならば、それはカリン少佐もそうですね。私達は時代の流れに巻き込まれた哀れな犠牲者です。不本意ではありますが、天災に巻き込まれてしまったのですから仕方がありません。せめて、本当に共同墓地の石碑に名前を刻まれるのは回避したいですけど」


…本当に、ひどい話です。どうして、こんなにも強烈な話を、杖をつく老婆ではなく、何故私達がしているのでしょうか。


「…いいや、私はいい。曲がりなりにも、私はこれによって初めて地に足をつけることができた。だから、私はいいんだ。地獄の生存競争で、私は救われた。だから、私は被害者ではない。どちらかといえば、加害者だな」


「それは…」


違う、と言おうとして私は言い淀んだ。…そうだ、私は何も知らない。彼女のことを、カリン少佐のことを。


すっかり、その気になってしまっていた。私達は竹馬の友だと、かけがえのない友人だと、たった今までそう思ってしまっていた自分が恥ずかしい。ああ、まだ一ヶ月にも満たない付き合いだ。そして、少佐はそれよりも遥かに長い、むしろ悠久とすら思えてしまう時間を前線で過ごしている。きっと、私のような存在も初めてではないはずだ。私もラトヴィールとヘストリカと同じように、子供だと、きっと軽くあしらわれているのだろう。


「そう悲しい顔をするな。私はただ、悪運が強いだけだ。そして、戦いの神にも気に入られている。私だけが、今もこうして血を通わせ、鮮明な思考は後悔の念を抱き続ける。私を除くほとんどは、死ぬか、もしくは帝国を裏切り相応の報いを受けた。…どうしてだろうな、アレクト。お前は私がこんなに言っても、全てを受け入れる気でいるのだろう?」


「私は、なんとかしてわかり合おうと思っていましたが、それで、それでもいいのですか?」


「元々、人間はそういうものだ。ここでは僅かな仲違いで二度と会うことができなくなる。だから、それぐらいでいいんだ。いや、もう少し…なんでもない。忘れてくれ」


「忘れませんよ。それが、少佐が私のことを案じてくれている何よりの証拠ですから」


私はカリン少佐の自嘲混じりの笑みに本心からのものを返す。少佐はそんな私に一瞬驚いた表情を見せるとほんのりと頬を赤く染め、車窓に膝をついて照れ隠しのように外を眺めた。北の大地はいよいよ白くなり、窓は外と室内との温度差で結露が発生している。私は寒さについに耐えきれなくなり、ひとつ身震いをして控えめに外套を羽織った。

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