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異世界戦線  作者: Chira
第一部 新大陸編
16/36

宴会

「…それじゃあ、乾杯!」


「「乾杯/乾杯ー」」


「…少し待て、まさかエルも飲むのか!?」


陸軍御用達のクラブにて、私は乾杯の音頭を取っていた。グラスを打ちつけ、黄金色の内容物を喉に流し込む。私からすればまあ、安酒に感じてしまう安っぽい液体物なのに、人と飲むとどうしてこんなに良いもののように感じられるのだろうか。一瞬の間の後に脳内に広がる不思議な高揚感に身を任せつつ、塩味のする食材を口に含み、それをビールと一緒に飲み干す。


「少佐、ほら、もっと飲んでください。私の酒が飲めないと言いたいんですか?」


「アレクト、もう酔っているぞ。少しは加減しろ、阿呆」


私が無理矢理肩を組むと、少佐は私にじっとりとした視線を向けつつもジョッキの中身を飲み干した。そして、顔を真っ赤にして机に倒れる。…もしかしてカリン少佐ってお酒に弱い!?


「…ありがとうな」


「えっと、何がですかね?」


そして、穏やかな顔つきのまま少佐は私を見るとニヤニヤしながら感謝の言葉を溢す。最初は部下が上司に何かを強要するという何かしらのハラスメントに該当するのではないかと冷や汗をかいたが、どうやら違ったらしい。…そして、間違いない。少佐、お酒が入ると緊張が解けるタイプの人だ!


「…ふふ」


「もう、頭をそんなに撫でないでください。くすぐったいです」


少佐は私を素早い手つきで膝の上に乗せると優しい手つきで頭を撫で始める。…それからふと正面に視線をやると、目の前にはもの凄い勢いでビールを流し込んでいるエルの姿があった。今まさにテーブルの上にあった酒の肴は消えていっている。勿論、彼らは既にエルの胃の中だ。


「アレクト様ぁ、私は、私はずっと心配していたんですよお。あんな無茶をして、やっぱり後遺症を患って。でも、でも、アレクト様がご無事で良かったですぅー」


エルだから大丈夫だと、思うのは間違いだったか!と思っているとふと、私はエルと目が合った。そして頬を真っ赤に染めながら号泣しだすエル。…不味い、この部隊、酒に強い人が私しかいない!


「え、えっと?少佐、今度はどうしましたか?」


「…私も、心配だったんだぞ。ずっと意識が戻らなくて、これからずっとそうなんじゃないかと思ってしまった」


少佐もエルの雰囲気に当てられたようで、私の髪が何に見えているのかはさっぱりだが、おもむろに頭をハムハムしだした。そして、私を抱く力が強い。お腹周りはここ最近で鍛え上げられたけれど、やはり、少佐の腕力には敵わなかった。お腹が押されて少し苦しい。


「これからは気をつけます。ですから、カリン少佐も自分のことを大切にしてくださいね」


「…私もか?」


不思議そうにこちらの表情を窺うカリン少佐に私は続ける。


「少佐はあんまりにも自己犠牲の精神が過ぎます。もう少し自信を、そうです。自信を持ってください」


私がそう言うと少佐は「…そうか」と静かに呟き、頭をハムハムするのは一度中断し、今度は頭を撫でる。髪を掻き分ける指が頭皮を優しく触れて、相変わらずくすぐったい。


「…アレクト」


「どうかしましたか?ああ、寝言ですか」


それからもう暫くして。私が想定していたものとは違う祝勝会は静かに幕を閉じた。私は気持ちよさそうに眠る少佐の抱き枕にされ、エルは大量の空になったジョッキの中で涎を垂らしながら眠っている。


「結局、一番飲んでいないのは私になってしまいましたね」


こちらの様子を確認しながらおずおずと片付けを始める従業員に軽く会釈をし、こんなことになってしまったことに対して謝意を示しながら私はカリン少佐を起こさないように慎重に腕から抜ける。


「…これからどうしましょう」


計画性がないと言えばそうかもしれないが、私はすっかり徒歩で帰る気でいた。官舎まではそこまで遠くはないし、どちらかというと私が二人に介抱されながら夜道を歩くんだろうなあ、という想定は二つのイレギュラーによって粉々に打ち砕かれている。二人を私一人が持って帰れるだろうか。勿論、無理だ。魔力乱流が起こっている状態で魔力を使えばどうなるのかは教えられてはいないが、とにかく、少佐からは止めておけと釘を刺されている。…でもだからといって二人を置いて私だけ帰るわけにもいかないし、うーん。


「おや、アレクト様。もはや既に宴はお開きですか?」


そんなことを考えていると背後から声が聞こえてきた。あまり話したことはないが、確かに聞き覚えのある声だ。妙に心地よく、そして丁寧な声色。


「ヴィシア大佐ではありませんか。ごきげんよう」


「おっと、これはこれは…あの、アレクト様?どうして私にはそんな丁寧な口調なのですか?」


「あらあら、それは大佐殿が私を貴族として扱うからに決まっているではないですか。普通の貴族の対応としては満点かもしれませんが、私からすれば距離を感じてしまいます。大佐殿がよろしければ、ぜひ私には新米士官と接するのと同じように話していただけると幸いですわ」


最後に手のひらを合わせて大佐ににっこりと貴族スマイルをお見舞いする。大佐が態度を投げないとするならば、私もこの態度を変えることはない。


「…なるほど、ではこの程度ならばよろしいですか?」


「それで、大佐殿はどうしてここへ?もしかして、一人酒を邪魔してしまったでしょうか」


形式的な敬礼を交わし、早速本題へ移る。私の背後には机に伏して夢現の二人がいる。カリン少佐と大佐は親しげな様子だったけれど、やっぱり、たとえ寝ていたとしても部下を視界に入れながら飲む酒は気持ち良くはないだろう。


「いいえ。今日はあなた方と飲み交わすためにここまできたのですがね。…どうやら既にお開きの様子のようですが」


大佐は爪先立ちで私の背後を覗き込むような動作をしながら、「おっと、やはり少佐は下戸でしたか」と呟く。


「でしたら、アレクト様に直接お伝えするといたしましょう」


ヴィシア大佐はカウンターから酒といい感じの肴を要求すると「こんなものしかありませんが…」と言って差し出された黄金色の液体がなみなみ注がれたジョッキを受け取る。そしてそれを一気に胃の中へ流し込み、椅子に座らずカウンターに体重を預けた。


「アレクト様はてっきりそれどころではないのかと思っていましたが、この様子を見るに随分と勝利に浸っているようで」


「ご存じかは分かりませんが、私の魔力はどうやら一度暴れると手が付けられないそうなんです。魔力乱流と言うらしいのですが」


ケラっと笑う大佐に対していったい彼がどれほどの情報を持っているか探りを入れるためにもまずはこちらから手札を公開する。ペイルーが実際に裏切っていたことや『道化』との一時的な共闘。このあたりの情報は隠しておかなければならないだろうが、他は特に問題ないはずだ。


「ほう、アレクト様がそんなことになっているとは。名前を聞いた限りでは、魔力が体内で乱れていると、まあそんな感じですか?」


「そうなんです。ですから、基本的に何もすることが無くて暇なんです。特にここ数日は」


目覚めてからしばらくは体内の魔力量の確認や、さらにその内のどれぐらいの魔力に暴走の兆候があるのかを体に色々な機材を取り付けて検査していた。つまり、何かすることがあったのだ。


「…我々は戦うために此処に来たのに、名誉の負傷で毎日白いベッドの上と」


「そんなところです」


その後の医師の「安静にしていればすぐに全ての魔力は制御下に戻るでしょう」の一言で私は何もできなくなってしまった。そして今日でようやく、といったところである。それでもまだ完全には魔力乱流が鎮まったわけではないので、今まで息をするように行ってきた身体強化も使えない。そういえば生身の人間はこんなにも無力だったなと、少しだけ皮が厚くなった手を見て感傷に浸るのが精一杯だった。


「お気持ちはわかります。私も今や後方職ですから。不満を受けるばかりで、塹壕で命を散らしていく勇士の方々を少しばかり羨ましく思ってしまったのはここだけの話です」


ヴィシア大佐は酔った勢いか少し過激な内容を気持ちよさそうに吐き出す。


「私にも魔導適正なるものがあれば良かったのですがね。私は人を殺すことで生きていくと決めた人間であったのに、今行なっていることといえば荷物整理ですよ。いや、別に充実していないわけではありません。むしろ、少しばかり休暇を頂戴したいぐらいには多忙ですがね。…ですが」


大佐は胸元から一つ封を取り出し、それをひらひらと遊ばせる。


「カリンに直接渡したら、きっと私は怒鳴られていたことでしょう。しかし、今回は運がいい。アレクト様、お受け取りください。暴れ馬を御するのは任せましたよ」


「卑怯ですよ、大佐殿」


これを受け取らなければ、つまり私もカリン少佐のことを厄介だと思っているということになってしまう。私は恐縮しながらそれを受け取る。外から触った感覚では特段おかしいところはない。おそらく中には普通の命令書が入っているのだろう。


「ええと、できる限りの範囲で内容をお伺いしても?」


「アレクト様は強欲ですね。ですが、それぐらいならいいでしょう。一言で言うならば、皆さんには北に向かってもらいます」


北…もしかして、再び中央戦線に行くのだろうか。そして薄くなった戦線を食い破り、南部戦線の敵軍の側背を強襲する。悪くはない作戦だろう。


「つまり、私に『王子』とのリベンジマッチを用意すると?」


今度は手加減してくれないんだろうなあ、と思いながら言葉にすると、大佐は首を横に振って否定する。


「アレクト様が一体何を考えたのかは分かりかねますが、おそらくもっと北です」


「もっと、ですか?」


ランカラより北で、そして中央線線で無い。…つまり、残されているのはただ一つだ。夏も初春の涼しさで、冬は言わずもがな。碌な資源もなく、世界大戦でその地形の脆弱性が露呈して初めて手が加えられた帝国にとっての不毛の大地。


「…北部戦線」


「その通りです。地獄を具現化したようなただひたすらに白い大地が、アレクト様らをお呼びです」


そう言いながら楽しそうにジョッキを煽る大佐を見て、私は堪らずカウンターの椅子に腰掛ける。中々酷い惨状だ。このクラブの中も、そして想像を超えるここの部隊の激務ぶりも。


「それで、次は『魔女』と戦ってこいと?」


先程から全く手をつけられていないソーセージに齧り付きながら足を組み、見るからに不満そうな態度を取る。椅子に腰掛けている私はつまるところに彼より上の立場だと暗に示しているということで、おっと、意図せずかなり挑発的なことをしてしまった。


「…これは機密情報なのですが、アレクト様にそう言われてしまっては仕方がありませんねえ。どうやら、あの悪女、ラグノーブルから手を引くそうなのです。この言質は現地の魔導兵が彼女から直接聞いたものなので、まあ、つまりそれを信用するということは彼女を信用するということにもなってしまいますが…」


「どう考えても怪しいでしょ?」そう言われてしまっては私も頷くしかない。いつから帝国は頭脳戦を仕掛けられてしまっていたのだろうか。いや、たしかに海を挟んだジョーク好きの連中が集まる王国と比べればかなり優しいけれど…


「そうでしょうね。いかんせん、根拠がそれしか無いのでは非常に難しい二択でしょう」


信じるか信じないか。それはつまるところ理性の葛藤になる。今まで意思を持った暴力兵器だと思っていた彼彼女らと急に話し合いをするなど、たとえ冷酷な殺人マシーンの頭脳を担当している参謀本部の面々もすぐに結論を出すことはできないだろう。だからこそ、私たちは今まさに使いっ走りに出されようとしている。


「…ですが、そうであるならば、私たちは今まで通り遊撃のために待機していた方がいいのではないですか?」


「ええ、『魔女』による被害を最小限にするのならばそれがよろしい。ですが、アレクト様にやっていただきたいことは別にあります」


「つまり?」


「…ご存知ですか?今までありえなかったことなのですが、帝国から離反者が現れました」


酔いが一気に醒める。…まさか、ヴィシア大佐はハーデル・ロンバルトで私たちが何をしたのかを知っている?


「第五親衛隊にラトヴィールとヘストリカという幼いながらにしてその魔力量から魔導兵となった二人がいます。経緯だけを見ればアレクト様と似ていますね。そして、その二人は長らく生死が分からず行方不明となっていましたが、最近姿を現したのです」


「北方戦線でですか?」


ヴィシア大佐は首肯する。よかった、ということはペイルーの件については静かに片付いたらしい。ということは、私が『道化』と共闘したことも明るみにはなっていなさそうだ。


「彼女らは『魔女』に従う素振りを見せ、あろうことか魔力を察知して駆けつけた魔導兵と戦闘状態に突入。そして、それから間も無く『魔女』も戦場に出現。暫くの戦闘の後彼女達は撤退しました」


「なるほど。とういうことは四〇一特別魔導大隊がこれから北方戦線に派遣されるその意図は、同士討ちをしろと、己の手をかつては確かに帝国臣民だった存在を相手に戦えと、そういうことですね?」


大佐は私の言葉をキョトンとした表情で聞いていた。普段ならば威圧感を放っていた赤髪も、案外可愛いではないか。


「ええ、そうです。そう言ってほしいのであればそう言いましょうとも。四〇一特別魔導大隊には引き続き、同胞殺しをしてもらいます。それが、経緯はどうあれ離反者と、その予備軍への示しになりますから。最悪の場合、敵と手を組んでも構いません。『魔女』にそれが通用するかは分かりませんが、くれぐれもよろしく頼みますよ。アレクト様?」


「…知っていたのですね」


「勿論です。一見こんな飲んだくれでも、ええ」


ヴィシア大佐はおぼつかない足取りで立ち上がると、まずはカウンターに空になったジョッキを置き、それから店員を寄越させると何か小さな紙切れを渡した。


「これで頼みます」


私の気のせいでなければ大佐の渡した紙切れは妙に角が整っていて、小切手のように見えたが、きっとそれは私の気のせいによる産物だろう。酔いはすっかり醒め、思考も冴えわたっていたとしても、それは変わらない。つまり、私の気のせいなのである。


大佐は一度大きく伸びをし、そしてバランスを崩して地面に倒れ込んだ。


「あの、大丈夫ですか?」


「…アレクト様、申し訳ございませんが少し肩を貸してください。外で車を待たせています。そこまで、どうか」


へへっ、と笑うヴィシア大佐に私は溜息を下し、そして肩を貸してやる。大佐はそこまで飲んでいなかったと思うのだが、これは既に駄目そうだ。…私の周りで何か祝い事をする時は酒を用意するのは止めておこう。私は心の中でそう誓った。

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