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異世界戦線  作者: Chira
第一部 新大陸編
14/36

二度目の目覚め

目が覚めると、そこには少し燻んだ白色の天井があった。そして、次は嗅覚に意識を集中させると微かに医療用アルコールの匂いが。首を左右に動かせば、私はベッドに寝かされ、軽く点滴までされているのが見えた。どうしてこうなったのか記憶を巡らせてみる。だけど、生憎にも持ち合わせている記憶の中にどうしてこうなったかを説明してくれそうなものはなかった。


「ふわぁー」


おそらく私はだいぶ寝ていたはずなのに、上半身を起こすと大きな欠伸が出てきた。そして急に身体活動を行ったせいか頭が痛い。こめかみをトントンと指の腹で押してやりながら周囲を見渡すと、ベッドの右側でカリン少佐が椅子に座ったまま船を漕いでいる。それを認識すると同時に、さらに奥の扉がガラリと開かれる。背筋を伸ばしてみると、扉を開いた彼女はその小さな体で部屋を見渡し、こちらに気がつくと小走りでこちらに駆け寄ってきた。


「アレクト様、お目覚めでしたか」


「ええ、ついさっき、ですけれどね」


エルは軽食が乗ったお盆を置くと、申し訳なさそうに口を開いた。


「申し訳ありません。アレクト様がお目覚めになるとは思わず、お食事のご用意ができておりませんが、今すぐご用意いたしましょうか?」


「ひとまずはお腹は空いてはいないので大丈夫です。その代わりと言っては何ですが、カリン少佐を起こせますか?私が起こしてしまうと怒られてしまいそうで…」


エルは私の言葉にコクリと頷くと、姿勢良く椅子に座ったまま眠っている少佐の身体を揺すって起こした。少佐は眉目を寄せつつ渋々といった感じで瞳を開くと厳しい目つきでこちらを睥睨する。そしてこちらを暫く睨むとふと、相好を崩して微笑んだ。ぎこちないが、安心感のある笑みだ。


「ようやく、起きたか」


「おはようございます。…その、差し支えなければ何日間眠っていたのかお聞きしてもよろしいですか?」


カリン少佐の目の下にはありありと隈が浮かび上がっている。きっと、私のことをずっと横で見守ってくれていたのだろう。一晩徹夜しただけではもう少し薄い隈にしかならない。少なくとも、少佐は二日間は寝ていないのだろう。肌の色もいつもより白く、正直に言ってしまえば生気がない。


「たしか…四日間ぐらいか?」


「いえ、五日間です。少佐はあの戦闘後から一睡もしていません。一刻も早く休眠を取ってください」


エルは強めに言うが、言っても聞かないことも良くわかっているのだろう。エルはため息交じりに少佐の行動を窘め、一方のカリン少佐はそれを無視しつつ、エルが用意した軽食を一瞬で食べ終えると、大きなあくびを堪えてこちらに話題を振った。


「第六隊長ペイルーの撃破、見事だった。兵役についてからまだ二週間も経っていないことを除けば、親衛隊に推薦することも考えるぐらいにはな」


「そんな堅苦しくしないでください。それに、柔らかい言い方をすればペイルーを倒すことができたのは少佐が私と『道化』の代わりに意識を引き付けてくれたおかげです。結局、私は少佐の足を引っ張ることしかできなかったのですから」


ペイルーの隙を作るために少佐は腕を負傷してくれたにも関わらず、結局は私たちの挑戦的な取り組みは失敗に終わった。こちらの能力を見込んでのことだっただろうに、これでは申し訳が立たない。少佐の右手は既に魔力で治療したのか傷跡すら感じられない綺麗な手をしていたが、結果良ければ全てよしと割り切るわけにはいかないだろう。あれは最善ではなかった。そんなことを思いつつも、ではどうするべきだったかは浮かばない。後悔すらできないということは、実力以前の問題ということだ。


「…少しは喜べ。アレクトが目指していたペイルーに正気を取り戻させるという試みは失敗したが、それはそれ、これはこれだ。目標は達成したのだから少しは嬉しそうな顔をしろ。それがたとえ、同胞殺しというただ自責だけが積み上がっていくものだとしても、いつまでもそんな暗い顔をしていると過酷な現実に押しつぶされてしまう」


「そういうカリン少佐こs、あまり嬉しそうには見えませんが」


カリン少佐は腕を組み、こちらを忌々しげに睨んできた。しかし、本気でそう思っているわけではないのだろう。少しするとため息をついて肩をすくめ、今までと同じように感情の読み取りにくい表情に戻った。


「…私も、お前のように罪悪感を感じずにはいられなくてな。それと、お前と共闘していた『道化』は上から優先的に排除するようにとのお達しが来ていたが、戦う気がないようなので見逃したことも私の中では責任と善意でせめぎ合っているのかもしれない。情報では冷酷で残忍な殺し方を好み、真意を読み取られないように飄々とした態度を取ると聞いていたが、どうやら私もまんまと騙されてしまったらしい」


「たぶん、『道化』は本気でカリン少佐と戦いたくはなかったと思いますよ…」


どうにも、アリバルボリのことを上層部とカリン少佐は過大評価してしまっているらしい。確かによく頭の回る卑怯者ではあるが、それと同時に彼は小心者だった。飄々とした態度も生まれ付きらしいし、そう思うとほんの少しだけ可哀想に思えた。まあ、彼も結果的に数え切れないほどの人間を殺してきたでしょうし、お互い様ですね。


「まあ、地雷を避けながら探り探り話すのもこれぐらいにしよう」


カリン少佐は一度ぐっと伸びをして、花瓶の横に添えてあった書類を手に取った。そしてこちらと書類を交互に見る。


「アレクトは今の自分の状況はわかっているか?」


「そういえば、特に怪我をした覚えはありませんが病床に寝かされていますね。なんか、病気でも見つかったんでしょうか。それとも、感染症でしょうか」


日頃からだらしない生活を送りつつも、不摂生と言われるほどではなかったはずだ。それに最近は基礎体力をつけるためにカリン少佐から色々扱かれていた。それに点滴まで。まさか、実は生まれ付き不治の病に罹っていて寿命まで残り僅かだったりするのだろうか。いや、そもそもヴエルフォードからはこの体は基本的な病気にはかからないと聞いていた。この体が終わるのは魔力を全て使い切った時か私が今の状況を死だと認識するか。ということはつまり、私は何か特別な病に罹ってしまったということになる。…うーん、治るといいんですけど。


「病気、と言うには少し語弊があるな。ただ、体が不調であると言うことだけを考えれば病気とも言えるだろう」


「もう、カリン少佐にしては話が長いですね」


私が暗に「早く話してください。長ったらしいです」と言うと、少佐は書類を放り投げ、前屈みになった。そして少し言いづらそうにしながらもはっきりといった。


「お前の魔力には魔力乱流の兆候がある」


「魔力乱流、ですか?」


また知らない言葉が出てきた。最近は魔力魔力と、どうにも理解し難い概念に対して思考を半ば放棄しかけていたが、今回は単語の意味を考えれば推測ができそうだ。魔力乱流、つまり、私の体内の魔力が乱れているといったとこだろう。


「体内の魔力は本来ならば他の誰にも干渉することができない。だが、稀に他の誰かからの介入を受けてしまうことがある。その介入の結果自分の意思に関係なく魔力が動いてしまうことを魔力乱流という。最悪、体内で暴れる魔力を制御できなくなって死に至ることになるが、お前のはまだ兆候だ。安静にしておけば時期に鎮まるだろう」


「つまり、私が誰かから魔力の介入を受けたということですね。一体誰が…」


「まさか、ここにきてお前に心当たりがないとは思わなかったぞ。…どう考えてもペイルーに決まっているだろう。ペイルーが死ぬ最期の時、お前は彼女の溢れる魔力の奔流を堂々と真正面から受けたはずだ。どう考えても、あれしかなかろう」


ああ、確かにそうだ。私はペイルーの体から広がる結晶に取り込まれかけ、少佐がペイルーの首を刎ねてからすぐに意識を失ってしまった。無抵抗となった私が、残ったペイルーの魔力の影響を受けないか?と聞かれれば答えはイエスだろう。…それと、今思い出したことだけど、黒い世界での正気を取り戻したペイルーとの会話でも「少しだけお邪魔する」と、自分からはあまり長居をしないようにしようとしていた。つまり、あの光景は私がペイルーの魔力に晒されたことで見ていた幻覚ということになるのだろうか?


「あの…」


「お前が心配とすることはよくわかる。だが、上層部から、さらに言えばレーリッヒ閣下より直々に短い間休養を取れとのお達しがあった。からだがなまらないように魔力を使わない体力作りはさせるが、無理に魔力を使わせるようなことはさせない。お前は再び体内の魔力の主導権を取り戻すまでは比較的安静にさせる。…それに、一応書類上は初陣だったからな」


あの時の会話の内容を共有するタイミングを逃してしまった。しかし、もしペイルーとの会話のことを話したとしても少佐はどんな顔をするだろうか。カリン少佐は皆を憧れさせ、その結果無理をした彼らは死ぬって…話すのはやめておこう。少佐は五日間も私のことを心配してくれていたんだから、これ以上の不安をさせるべきではないかな。


「とにかくだ、今は休め。私の直感が正しければこれから落ち着いて寝ることもままならなくだろうからな」


「それでは私はカリン少佐の直感が外れるように心から願っておくことにします」


「そうしろ」


カリン少佐は一度大きく伸びをすると、最初と比べて爽やかな表情で退室していった。残るエルも少佐が食べ終えた軽食の食器を片すために一度退出するのだろう。ふらふらと足元がおぼつかない少佐を心配そうに見上げながらエルはお盆を持ってその後ろを歩く。


「エル」


「なんでしょうか」


キリッとした表情で私の声に反応するエルに自然と笑みが溢れた。そういえば、彼女は何故か私のことを大層慕ってくれている。私が申し訳なくなるほどに。これも忠誠心から来るものなのだろうか、そう思って、私は尊敬されるような貴族の態度を取ってお上品に命令する。


「申し訳ありませんが、昼食を用意してください。寝起きなので軽めでお願いしますね」

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