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異世界戦線  作者: Chira
第一部 新大陸編
12/36

残された二人

「これは、一体どういうことだ!」


カリンは行き場のない怒りを『道化』に押し付ける。自分の行っていることがいかに愚かで、馬鹿馬鹿しいかを分かった上で。『道化』は一度結晶の中に包まれている意識のないアレクト、ペイルー両名を一瞥し、そしていつの間にか胸ぐらを掴まれ自分の体が宙に浮いていることに心の中で驚愕した。


「お、落ち着けって。そんなに焦っても結論は出ないだろう?」


「お前が吐けば、全て終わると思わないか?」


『道化』は自分の胸ぐらを掴む力が強くなったことに己の生命の危険を感じ取りながらも、あくまで表層では冷静を取り繕って言い訳を考える。


「アレは、アレクトが望んだ結末だとしてもか?」


カリンは『道化』皮と骨だけで殆ど肉のない指が指す方を睨みながらその言葉の意味を思考する。あの時、アレクトは『道化』を味方として扱っていた。そして彼も内心どう思っていたかは不明だがこちらに協力的な姿勢を取り、結果的には失敗だったが、ペイルーを追い詰めることにも成功していた。アレクトのことを思うならば、彼女がある程度の信頼を置いていた彼のことも丁重に扱うべきだ。彼女の理性は渋々ながら、そう結論づけた。


「…いいだろう」


そして、彼女は胸中で渦巻く己の無力感に呑まれかけながら絞り出すように言葉を発した。『道化』を地面に下ろし、謎の結晶に包まれている二人の元へと歩み寄る。


「これは、魔力によるものか」


「そうだが、お前、いったい何をするつもりだ?」


太刀を構え、魔力を放出し始めたカリンに『道化』は察しつつもまさかと思って声をかける。


「簡単だ。これを壊す」


「おいおいおい、止めておけって!それは、奇跡みたいなバランスで保たれているんだぞ!?」


「下手したら、ペイルーだけでなくアレクトまで命を落とす」『道化』がそう言い切る前に、カリンは太刀を振るった。そして一瞬の間の後、結晶は粉々に砕ける。しかし、中の二人に傷は一切ついていない。見事な魔力の制御だと、『道化』は珍しく感嘆した。


「…よかった、まだ息はある」


「おいおい、ペイルーのことはいいのか?まあこっちは、既に息をしていないが」


カリンはアレクトを抱き抱え、一方の『道化』はペイルーの胸に突き刺さったままの剣を抜く。一体どのような原理でかは分からないが、ペイルーの体の崩壊は止まっているようだった。『道化』はそっと彼女の身なりを整え、そして地面に膝をつく。


「…何をしている?」


「あのなあ、いくら俺がお前らの基準からすれば化け物だとしても、死者に手向けぐらいさせろよ。それが、お前ら人間で言う礼儀なんじゃねえのか?」


『道化』はカリンの言葉に曖昧な返事をしつつ道端に生えていた名もない花を添え、目を閉じて手を合わせた。カリンはそんな『道化』の行動に戸惑いながらも、自分は手を合わせようとはしなかった。


「お前は、化け物か?」


「…確かに、私の方こそ化け物だったのかもしれないな」


そして、自嘲気味に笑う。自分はアレクトにペイルーのことをどのように話しただろうか?昔馴染みだと、一つの喧嘩で別れた愚かな付き合いだったと、そんな風に語ったはずだ。あの頃は、まだ良かった。今のカリンには過去をそうやって評価するだけの資格があった。何故なら、今はみっともない真似をし、荒れ果てた心で死んだ戦友に手を向けようとすら思わないのだから。


「…まあ、これぐらい祈れば奴も俺の裏切りを許してくれるかな」


『道化』は打算的ににへらと笑って立ち上がり、大きく伸びをする。


「なあ、お前はペイルーがどうして帝国を裏切ったのか、知りたくはないか?」


「知りたいも何も、お前が誑かしたのではないか?」


カリンの回答に『道化』はノンノンと指を振る。


「俺だって最初はそう思ったさ。ペイルーをこちらに寝返らせることができたのは俺の類稀な弁舌によるものだってな。だけどな、今だからこそ言えることだが奴は最初から様子がおかしかった。言動が変だとか、顔が妙に青白かったとかそんなんじゃねえ。今でも本当にそうだったのか確信が持てない違和感だ」


『道化』はその後もその違和感をどうにかして言葉にしようとしていたが、最後までその違和感をカリンが納得する形で説明することはできなかった。カリンは『道化』の言葉に黙って耳を傾けていたが、眉間に皺を寄せ、もし両腕がアレクトに塞がれていなければ腕は不満げに組まれていただろう。


「つまり、どういうことだ」


「ああ、つまりだな?俺はペイルーが本質的にあんなことになってしまった理由についてある程度の予想ができているということだ。カリンもペイルーと戦っていて感じただろう?なんだか詩的な、聖書の言葉を引用したかのような言葉遣いをしていたと」


「それは確かにそうだ」


カリンの目にも、ペイルーの様子は同じように少しばかりおかしく映った。彼女の記憶の中のペイルーは良い意味で無知だった。己の中に確固たる芯を持たないからこそ、彼女は誰にも寄り添い、助けることができた。


それなのにあのように小賢しい言葉を並べていれば、他人との余計な諍いを生む事になる。確かにその通りだ。そこまで考えてカリンはコクリと頷いた。


「…それで?」


「そして、ソイツの正体はお前も知っている人物だ。お前らからすれば俺と同じE3で、どこからか手に入れたドレスを炎で綺麗に飾り付け、全てを焼き尽くさんとする悪意の塊の具現化のような悪女」


「『魔女』、か」


特別脅威度区分E3コードネーム『魔女』。彼女は北部戦線、とりわけラグノーブルに出現し、防衛部隊を焼き払い、迎撃に出撃した魔導兵と戯れに交戦しては帰っていく戦場の悪夢そのものである。カリンも彼女との交戦経験は何度かあったが、とにかく彼女の身に纏う炎は厄介だった。『魔女』の纏う炎は酸素ではなく『魔女』自身の魔力を使って燃えている。つまり、水をかけても消えないのだ。一度火がつけば、それを燃やし尽くすまで決して消えることはない。対抗する手段はただ一つ。その魔力の主導権を無理矢理奪い、制御下に置くことだ。だが、それは理論上の話だ。言い換えれば、机上の空論、言うは易く行うは難しといったところだろうか。


他人の魔力を奪うということは、言い換えれば知らない他人の体の一部を自分のものにするということに等しい。勿論、そんなことをしてしまえば臓器が脱落してしまうのは目に見えて明らかだ。しかし、本来ならば特別脅威度区分に設定されたネームドとはそういうものなのである。むしろ、何故『道化』がこんなにも友好的にこちらに接してきているのか、数多の戦場で死闘を繰り返し、そして今回もそのつもりでいたカリンからすればそちらの方が不可解であった。


「だが、お前らが知っているのはその程度だろう?鋼鉄をも熔かす炎を操り、彼女に近づくには常に魔力によって体を保護し続けてやる必要がある。確かにそれだけでも凶悪であることには変わりないだろう。けどな、真に恐るべきは別にある」


「…とっとと話せ」


正気を取り戻したカリンは本心では人に感傷する時間を与えず、ペラペラとどうでもいいことを捲し立てている『道化』に苛立ちを感じていた。だが、そんなことをしてしまえば自分もそんな憎むべき敵と同類になってしまう。だから、ここは歯を食いしばり、拳に爪を立ててあくまでも文明人を装う。


「なんだよ。俺だって確かな結論は出てないんだ。一つ一つ、指差し確認の代わりにこうして喋っている。その胸中、お前はあくまでも理性的でいるのかもしれないが、気配が駄目だ。そこは、アレクトからひとつ指導でも受けるべきだな」


「お前は、ひとつお灸を据えられるべきだと思うがな」


カリンは吐き捨てるように呟き、そして『道化』にもしっかりと聞こえるように大きめの舌打ちをする。


「…だが」


「んだぁ?」


「お前がどうしてそこまでアレクトに肩入れするのか、私には疑問だ」


「おいおい、とんだ自己中だぜ」


『道化』はいつの間にか応急処置が施されたアレクトの寝顔を眺め、少しだけ声のトーンを落とす。さながら、ここからは真面目な話をしますと言わんばかりに。


「なあ、カリン。もし、ペイルーがアレクトを指して使った詩的な言葉選びが、全て真実である可能性があるとしたら、どう思う」


「アレクトが星に敵意を持つ存在、あるいは女神の残滓である可能性があるということか?」


「ああ、俺はどちらでもない可能性とそのどちらか片方、そして終いにはその両方である可能性があると考えている。だが、俺の勘からするとどっちか片方だと思うがな」


「それはどうしてだ」


カリンは国家の指針として超非現実的な建国神話を信じ、帝国の守護神として剣神を信仰することに異論はない。それは今や昔の物語であり、今この瞬間を生きている彼女自身にとっては何の影響もないことだからだ。しかし、目の前にいる世間を何も知らないお嬢様がそれに連なる存在の可能性がある?馬鹿馬鹿しいと一蹴してしまいたいという願望はあれど、彼女は神妙な雰囲気で頷くのが精一杯だった。なぜなら、そんなことをしてしまえば自己を確立することとなったここ数年を否定してしまうことになる。


魔法、魔導兵、そしてネームド。非現実的な現実に慣れ切っていたカリンだったが、決してその区別がつかなくなってしまったわけではない。それが可笑しいことは当事者の一人であるカリンは一番よくわかっているつもりでいる。せっかく宙に揺蕩うだけだったカリンという存在が地に足つけることを許された出来事を、可能性だけで潰してしまっていいものか。結局カリンは『道化』が零したそれを渋々ながらも受け入れるしかなかった。


「…待て、どうして私はそんなことをした?」


「当ててやろうか。それはお前が…」


ニヤニヤと薄気味悪く笑みを浮かべる『道化』。それを見たカリンは慣れた手つきで太刀を具現化させ、刃を『道化』の喉元に押し付ける。


「おいおい、こんなところで青春ごっこか?俺は否定しねえぜ。…だから、その太刀を下ろせって。悪かったから」


「次は無い」


『道化』はつくづく自分は運から見放されていることにため息を吐いて額を滑り落ちる脂汗を拭う。そして、自分がとうに人間らしい思考を手に入れてしまっていたことを自覚して憂鬱な気持ちになった。


「ふう、危なかった。…で、話を戻すか。まあ、ここまで言えば分かっていると思うが、魔女の野郎が何かしら能力を行使してペイルーを洗脳、ないしそれに近いものをやったと考えるのがまあ、限界だわな。考察ってのはあくまでいくつもの仮定を正だとした場合の話だ。ただ、俺の根本的な考察は間違っていないと言ってやろう。なぜならペイルーは『魔女』の本名、というか彼女の真名タリータを口にしたからな」


「タリータ、それが奴の名か」


『道化』は壁に寄りかかって静かに頷く。


「そうだ。そして、間違いなく奴はお前のことを目につけている。きっと、遅かれ早かれ挨拶に来るだろう。間違いなく派手なパーティーになる。それこそ、ランカラを巻き込む誰も手を付けられないであろうな」


「それはお前の慈悲か?」


「まさか、これもあくまで俺の予想だ」


『道化』はナイフを手で遊ばせながら歩き出す。カリンはそれを静かに見つめていた。本来ならば、ネームドを前にして何もしないなど軍法裁判行きだ。だが、幸いなことにここは未奪還領域だ。法による秩序がない人間が経験したことのない領域。ここでは信頼も、ルールもない。最初から何もなかった。カリンが戦ったのは裏切り者のペイルーだけで、残念なことに『道化』にはすぐに逃げられてしまったのだ。


「おっと、最後にひとつだけ、俺からアドバイスだ」


そして、「あのカリン魔導少佐でも追いかけることのできなかった」『道化』は粉雪が降り始めた曇天を見上げて呟く。


「アレクトのことは文字通り命懸けで守るんだな。おっと、もちろん揶揄ってるわけじゃねえ。お前の鉄と血によって支配された色褪せた人生を少しでも色鮮やかにしてやるための、化け物の俺からのアドバイスだ」


「それじゃあ、暫くは表舞台に姿を現すつもりはねえから」そう言って『道化』は再び歩き出す。肩と頭は雪のせいかうっすらと雪化粧が施されていて、本当に見た目通りの浮浪者ならば今年の冬は乗り越えられないだろう。だが、そんな心配は杞憂だ。何故なら『道化』は人ならざるものなのだから。カリンはそんな化け物の後ろ姿を静かに見つめていた。勿論、腕には未だ意識の戻らないアレクトを抱きかかえて。

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