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異世界戦線  作者: Chira
第一部 新大陸編
11/36

中央戦線〔下〕

戦闘は熾烈を極めていた。ペイルーの腕と一体化したあの大楯、アレはただの盾だと考えない方がいい。目にも見えない速度で振られる大楯は、もはやアレそのものの本来の存在意義を見失ってしまいそうになる。恐らく、私が盾に少しでも掠れば身体は途端に人肉のミンチになり、避けれたとしても風圧で吹き飛ばされることになるだろう。カリン少佐曰く、あの衝撃波はあくまでも大楯を振るう時に発生しているのであり、魔力によるものではないのだそうだ。…いったい私は、何と戦っているのでしょうか。


「少佐!」


「分かっている…!」


そして今私たちは何をしているかというと、ペイルーの盾の破壊だ。いくら硬くても、叩けば壊れる。そう思っていたのだが、やはり現実は非常だ。そう簡単に物事は進まず、私たちは苦戦を強いられることになった。むしろ、下手をすれば私の剣の方が先に音を上げてしまうかもしれない。


それと、これは戦闘中に少佐から聞いた話なのだが、どうやら、魔導兵は身体だけではなく、武器にも魔力を与える常識らしい。そうすれば刃はより鋭利に、盾や装備はより軽く、硬くなるのだそう。原理は身体強化と同じだと言っていた。私も一応剣に魔力を与えてみてはいるのだが、少佐の使っている太刀のように目に見えた変化はなかった。少佐曰く魔力の与え方が下手なのだそうだが、少佐の教え方も正直に言って中々に酷い。元々少佐は感覚派の兆候はあったのでそこまで期待はしていなかったけど…いつか、しっかりとした教官みたいな人に教えてもらえる日が来ることを期待しましょう。


少佐の紫電を纏った太刀が、ペイルーの大楯に向かって振り下ろされる。私の攻撃の時とは違い、それを受けるペイルーの表情には余裕がない。地面を滑り、そして口から血を吐いている。


「今度はお前が前に出ろ」


少佐の声に従って私は地面を蹴り上げ、ペイルーにささやかながら攻撃を行う。少佐は正面から打ち合ったが、私は彼女の隙を窺いながら慎重に行動する。一見すると卑怯だが、私は残念なことに油断をしていなくても運が悪ければ死んでしまうだろう。…きっと、いや確実に、少佐は私が深傷を負うとは思っていないのだろうけど、いや、私が必死になっていることを考えれば、その通りなのかな?


とにかく、私は私から見て左側に回り込むことを心掛けつつ、接近する時間を出来る限り少なくして立ち回る。


至近距離で戦う時間を少なくするのは出来るだけ負傷するリスクを下げるための意図もあるが、それよりも少佐が援護のために振るう飛ぶ斬撃に巻き込まれないようにするためでもある。私は動体視力が悪く、剣から放たれる斬撃の軌跡しか捉えることはできないが、とにかく少佐は遠距離から援護してくれているのだ。


そして、何と言っても飛ぶ斬撃は着弾すると同時に爆ぜる。ペイルーの大楯を見ると焼けたような痕が残っていて、薄く溝ができてる。巻き込まれたくはない。巻き込まれてしまって怪我をしてしまうのも恐ろしいが、何よりそれで少佐に迷惑をかけたくはない。少佐も一応気遣ってくれているのだから、そんな期待に私も応えなければ。


「ああ、そうだね。やっぱり、賢い。タリータ様が言っていた通りだ」


「タリータ様?」


「そうだよ。偉大な、方…あれ?」


ペイルーが隙を見せた。ここしかない、そう思えた。剣にありったけの魔力を流し、身体強化によって体を軽く、強くする。


「隊長!?そんな!」


ペイルーは天を仰ぐ、いや、空中に跳躍したカリン少佐を見ているのだ。そして、天に向かって大楯を構える。こちらのことは眼中にないとでも言わんばかりに。


横隙を晒しているペイルーだが、私はバックステップを踏んで彼女から離れた。次の瞬間、ペイルーの体が地面にめり込む。煉瓦が砕け、大楯も少佐の魔力が伝ってか紫電を纏っている。


「隊長、だめだよ。星に敵意を持つ存在に近づいちゃ!」


ペイルーは少佐を押し退け、盾を身代わりにして左手を突き出す。魔力を失った大楯は太刀によって粉砕される。しかし、それでペイルーの勢いが止まることはなかった。空中に放り出されたカリン少佐の胸には跳躍したペイルーの手刀が迫っている。


「アレクト、今だっ!」


「ご迷惑をお掛けします!」


手刀が少佐の右手を貫いた。それなのに、少佐は痛そうな素振りすら見せずに私へと指示を出す。脚部に魔力を集中させ、重力に従って落下していく二人の位置を確認した後、思いっきり地面を蹴り上げる。私の体はいともたやすく宙に浮かび、距離はみるみるうちに縮んでいく。


「隊長、まさか…」


私の一撃は、カリン少佐を傷つけることなくペイルーの両腕を切り落とした。しかし、どうやらその戦意までは挫くことができなかったようで、信じられないと言わんばかりの表情ながらもしっかりと私のことを視界に捉えて離していなかった。


「アリバルボリ!!」


「おうよ、流石の俺でもここまでお膳立てしてくれれば失敗はしないさ!」


一抹の不安はありつつも、私の声にアリバルボリは自信ありげに登場した。私の貢献度合いはすくないけれどペイルーは現在、両手を失いながらもなんとか立っている状況だ。追い詰められたも同然。結果的に少佐の肉を断ち、ペイルーの骨を切ることに成功したのだ。あとは、アリバルボリを信じるだけ。…お願い、流石にやらかさないで!


魔力封鎖(デッドロック)!!」


アリバルボリがいつの間にか回収していた魔動力機が掛け声とともに光始める。魔動力機が光を帯び始めるのは本体が耐えられないほどの魔力を供給されている証拠だ。両腕を失っているペイルーには四方に設置された魔動力機の爆発は避けられまい、そう思ったのだが、何故か魔動力機はいつまでたっても爆発することはなかった。


「…っ、」


またやらかしたのか、そう思った時だった。魔動力機の光は淡く霧散したかと思うと、ペイルーを包む結界になる。紫色のそれは少佐の紫電にそっくりだったが、魔動力機の中に残留していた魔力を参照していたのだとしたらなにもおかしいことではない。


アリバルボリが結界に向かって手を翳すと、そこの部分だけ結界は透明になり、彼は涼しい顔で中に侵入した。一方のペイルーはとても苦しそうだ。刃物によって切断されたせいか両腕の血は止まらず、アリバルボリに対して敵意を剝き出しにしているが、両腕を失ってしまっているため何もできず、アリバルボリによって壁際に追い詰められていく。


「…これは、成功したのか?」


「分かりません。ここからは彼の出番ですから。とても怪しい人ですが、精々期待しておくとしましょう」


少佐は私の言葉を聞くとジットリとした視線でこちらを見てくるが、それに対して私は肩を竦めて返答する。この賭けは成功すれば万々歳で、失敗したら悲しい気持ちにはなるが、私たちにリスクはないのだ。


「ですが、敵と味方が共通の敵を前に手を組むと考えれば、なかなか悪い気はしなくありませんか?私、こういう展開は大好きですけど」


「…忘れかけていたが、そういえばお前は貴族だったな。いいだろう。私も、お前が信じたものを少しだけ信じてみることにする」



「よお、お前のことを助けに来てやったぜ」


「…最初から、こういうつもりだったのね」


結界の膜に体重を任せ、肩で息を切るペイルーに対し、アリバルボリは心外だと言わんばかりに肩を竦めた。


「おいおい、冗談キツイぜ。自分が自分なのかすら分からなくなっているにもかかわらず常識人ぶるのは、少し教養が足りないんじゃないか?俺の記憶では、帝国の士官課程はそんな甘っちょろいもんじゃなかったと思うんだがな」


アリバルボリは両腕がいつまで経っても再生せず、狼狽しているペイルーを優越感に浸りながら眺める。


魔力封鎖(デッドロック)、それは古き者の中では魔力の乏しい存在であるアリバルボリが他者を己と同じ土俵に立たせることのできる彼の奥の手である。しかし、理論上ではたしかに魔力を使うことのできないように制限出来るのだが、現実ではそれはなかなか難しいことだった。


アリバルボリは十分な魔力を持っていない。つまり、もし彼の一帯に魔力が無い空間を作るとしても、それにも膨大な魔力を必要とすることになる。よって、魔力封鎖(デッドロック)を発動するにはある程度の範囲を指定する必要があった。しかし、カリンやペイルーのように魔力の豊富な者はとにかく動き回る。もし自分の血を使って丹精込めて魔法陣を描いたとしても、その外に出られてしまえば元も子もない。しかし、弱き者にはわざわざ魔力封鎖(デッドロック)を使う必要もなく、中々に使い勝手の悪い代物となっていた。


だが、アリバルボリはアレクト達が使用していた魔動力機に一筋の光明を見出した。あれは魔力を流せば無条件に推進力を得ることができる。そのため、魔動力機は持ち主の魔力を判別することができる必要がある。『道化』はそれに着目し、己の魔力を識別させ、魔力を推進力に変換させずにそのまま放出した。四方に同密度の魔力が広がり、その広がった魔力を使って『道化』は魔力封鎖(デッドロック)の範囲を指定したのだ。魔動力機は魔力を無条件に推進力に変換してしまうので、その点については魔力にあらかじめ魔力封鎖(デッドロック)の指向性を乗せることでして解決した。アリバルボリは魔力の操作だけは得意なのである。


「やめて、近づかないで!」


「おいおい、確かにお前は日頃から鍛えていたとは思うがよ、そんなんで何かできると思ってるのか?その、無くなった両腕さえあれば違ったかもしれないがな」


恐怖と、敵意の色を瞳に灯すペイルーを一蹴し、アリバルボリは腰を落とした。利き手である右手はペイルーの胴体を貫くために鋭くなり、彼女はそれを防ぐ術を持ち併せていない。


「苦しませはしないぜ。正直に受け入れてくれればの話だがな」


アリバルボリの手がペイルーの心臓を貫いた。手は彼女の鮮血によって染まる。


「ゴホッ…」


ペイルーは口から血を吐き、アリバルボリはそれに直撃した。血の匂いは彼の感性からすればどうしても好ましく思えないが、また洗えばいい、家事ができないのにもかかわらず、彼はそんなことを考えていた。それは、彼の慢心からだろうか、それとも、善いことしたという清々しい気持ちからくる善良な心からだろうか。


「あ…?」


魔女によって操られている証拠である宝石を心臓から抜き取り、腕を引き抜こうとしたその時、アリバルボリはいくら力を入れても抜けない己の腕に疑問を呈した。これはまるで、真実の口に入れた手が抜けなくなってしまったようなものではないか!


「おい、これは一体どういうこと…くそッ!」


困惑しながらも顔を上げ…彼は悟った。そして大きく舌打ちをし、腰につけた短剣を抜こうとする。だが、それは遅すぎた。ペイルーの両腕が再生する。それは人間の腕と言うには長すぎた。そして、何故か腕の関節が二つもある。…いいや、冷静に現状を分析している場合じゃねえ!アリバルボリは己の腕を切り落とそうと短刀を振り上げたが、両腕によって肩を固定され、身動きが取れなくなる。


「畜生ッ!!」


呑気に解説をしている暇はねぇ。罠だ、これも奴は織り込み済みだったんだっ!とっておきの魔力封鎖(デッドロック)も宝石に仕組まれたリミッターが解除させられて魔力が発生したせいで矛盾を起こし、急速に崩壊している。この化け物を外に出すわけにはいかない。俺は苦し紛れにペイルーの喉元に噛みついた。肩が引き千切られている。だが、それで時間が稼げるなら何でもいい。何のために時間を稼いでいるのかは分からないが、とにかくこんな化け物を野に放つ訳にはいかない。悪魔の箱を開けてしまったのは残念ながら俺だ。その責任は自分が取らなければならない。恥は、自分で雪がなければいけない。


「あ、あは。すごい、ちからがたくさん…」


結界が破れ、ペイルーの皮膚は段々と焦げていく。そして、俺の体も。宝石を最後まで握っていたせいだろう。魔女の野郎が好きな、真っ赤な宝石。ペイルーの姿に隠れて色も形も分からないが、きっとそうだ。しくじった、しくじってしまった。気のいい人間の期待も裏切り、それどころか抱えきれないであろう爆弾を置いて俺はこの世界から退場だ。


それと、今になって分かった。恐らく、彼女が腕を再生することができたのは俺の体から魔力を吸い取ったからだ。貫いた腕を自分の肉体の一部だと認識し、ならば腕も、そして俺の体すべてを。認識を段々と広げることによって俺の体を巡る魔力を使ったんだ。自分だけは魔力が使えるようにとわざわざ複雑な魔法にしたのが今回の俺の敗因だろう。だがな…反省しても次は無いというのに俺の思考はこんなにも澄みきっている。魔力が少なくなってきた。そろそろ走馬灯でも見えてくるころかな…


「何をやっているんですか、アリバルボリ!」


薄れゆく意識の中、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。走馬灯にしては随分とはっきりとしていて、そして今の現状にピッタリ合うような叱責の仕方だ。


畜生、結局ここでも恥晒しかよ…



はっきり言ってしまえば、アリバルボリは二度あることは三度あるを実践してみせた。三度目の正直を期待した私が馬鹿だったかもしれない。目の前にいるのは化け物だ。あれが元々は人間だったとは到底思えない。元来、人間を嬲り殺すために生まれてきた化け物のはずだ。カリン少佐の思い出は、きっと勘違いだったのだろう。そうに違いない。


「ガハッ、痛っでえー」


アリバルボリの肩を引き千切ろうとしていた腕を切り落とすと、彼はそれを待っていたと言わんばかりにペイルーから距離を取った。なぜすぐ距離を離さなかったのか、そう思ったが、切り落としたにも関わらずものすごい速度で腕を再生するペイルーの姿を見て納得した。彼は腕を抜けなかったのだ。何ともみっともない話だが、実際彼は腕が動くようになると手に持った短剣でひしゃけた自分の腕を切り落としている。まるで蜥蜴の尻尾切りのようだ。


「何をやってるんですか!次はないと、言ったはずですよね!?」


呆気に取られているアリバルボリを庇うように前に立ち、異常な長さの腕を切り落とす。しかし、ペイルーの腕は切っても切っても形は歪になりながらも再生し、攻撃は衰える様子がない。


「確かに技は成功したはずなんだっ!だが、奴は罠を仕掛けてあった。自然に自壊するような時限付きでな」


片腕を失いながらもアリバルボリは私に加勢した。片腕はやはり体のバランスが取りづらそうだが、今はそれだけでもありがたい。


「どういうことですか」


「『魔女』に操られる人間は心臓に宝石ができる。本来ならばそれを無理やり体外に出してやれば次期に正気を取り戻すんだが…魔女の野郎、相当彼女がお気に召したらしい。まさかあんなことまでするとは。とことんしつこい奴だぜ」


軽く舌打ちをしながらアリバルボリは短剣にベットリと付着した血を落とす。あたりの建物はすっかり崩れ、なかなか酷い有様となっていた。手を貫かれてしまったせいか、カリン少佐も姿を表さない。魔導人形でもない生身の体では怪我を回復するのにも時間がかかるのだろうか。


「もう一度心臓を狙う。三度もやらかしたんだ。これ以上お前らの手は借りないで一人でやってやるさ」


「何を勝手なことを言っているんですか。一人では勝てるわけないのですから一緒に行きますよ。ペイルーを救うと言ったのは貴方なのですから最後まで責任を持ってください」


「お、おう…」


半ば諦めたような言い方にカチンときたので、少し強めにアリバルボリの背中を叩く。ドスッ、と鈍い音が鳴り、アリバルボリは痛そうに背中をさすった。


「心臓を貫くのは、さっきみたいに手でなければいけないのですか?」


私の質問にアリバルボリは首を横に振る。


「正気を取り戻させるにはこの際心臓部を傷つけられるのなら何でもいい。彼女の体を見てみろ。体が焦げていくと同時にキラキラ光ってるだろう?」


アリバルボリが指のさす方を見ると、ペイルーの体に赤色の部分があるのが見えた。


「…あれは、宝石ですか?」


「まあ、そんな感じだな。アレは魔力が結晶化したことで出来る。そして、アレを放置していれば過剰に供給された魔力に耐えられずにペイルーは崩壊する。核となる宝石が心臓部にあると思うんだが、前回の俺はそれを回収しようとしたら防衛機構が作動したってわけよ。だから、とっとと破壊するのが吉だったんだ。クソッ」


彼の苦々しい表情は失敗への後悔を雄弁に物語っていた。今度こそ次はないのだろう。アリバルボリも片腕を失い、私も今の所は無事だがいつ戦闘不能になるかわからないし、少佐も手を怪我してしまい全力は出せないだろう。この短い時間で形勢は大分不利になった。ペイルーを取り戻すことも、最初と比べて大分難しくなってしまった。


「行きますよ。こちらは時間がありません。次失敗したらとっっても微妙な雰囲気で帰ることになるんですから!」


けれど、こんなに努力して、結局どうしようもなくなってトボトボ帰る?そんなのはごめんだ。ここまできたのだから成果を持って帰らなければ。サンクコスト効果など知ったこっちゃない。あれはつまるところ、判断を間違っても、正しい結果を手に入れられればいいのだ。


『道化』を無理矢理立ち上がらせて目配せをし、地面を蹴る。そして少佐の見様見真似で飛ぶ斬撃を放ち、ペイルーの両腕を切り落とす。すると、ペイルーは関節が二つある腕をたちまち再生させ、殺意とも、驚愕とも取れる表情でこちらを見てきた。距離を詰めれば長い腕では攻撃するのは難しいだろうと思ったが、現実というのはなんとも世知辛いものである。


「め、女神の残滓が…!」


「私なんかを女神呼ばわりすると、剣神様に怒られてしまいますよ」


私と敵対する人たちは私のことを見るなり女神だとか何とか言うが、私はそんなに美しいだろうか。お父様曰く私はお母様に外見は似ていて、そのお母様も美しかったらしいが、私の容姿をお母様と比べないでいで素直に褒められたことはない。


…もっと男の人とちゃんとした関係を持つべきなのかな?でも、レーリッヒ閣下もそんなこと興味なさそうだしなー。


死に物狂いで襲い掛かってくるペイルーの攻撃を躱し、心臓を狙って刃を振るってみる。しかし、流石と言ったところか。大楯が無くなったとしてもペイルーの守りは鉄壁だった。やはり彼女自身でも心臓部が弱点だとは理解しているらしく一切の隙が無い。腕も元に戻っているのに、いや、だからこそだろうか。肉は斬ることができるが、骨が斬れない。


「おめぇ、強いな…」


渋々といった様子で戦闘に参加するアリバルボリがぼそり呟くが、私は自分の実力を誇らしく思ったことはない。残念なことに私の実力は少佐に到底及ばない。それに、手加減をせずに全力を出してもこの程度の実力なのだ。カリン少佐が涼しい顔で攻撃をいなしていたいたのとは違い、私の場合は何とか攻撃を受け止めているに過ぎない。効率的な戦い方もできていないし、もし私がこの現状を誇ることが出来るのならば、私の人生はもう少し面白いことになっていたでしょう。


「また変なことを言って。喋りながら戦っていると舌を噛んで死にますよ」


「けッ。だが、今回ばかりはそうだなっと!」


ペイルーの足技をアリバルボリは体をのけぞらせて回避し、アリバルボリが態勢を立て直すまで私がペイルーの気を引く。負けることは無いが、勝つこともない。あまりにも地味な一進一退の攻防。ただ時間だけが消費されていく。それは私たちにとっては損失にも等しいことで、その代わりと言っても何だが時間が経過していくのに比例して心の中には焦りが蓄積していった。


「何をそんなに焦る。別に追い詰められてる訳でもないのに」


アリバルボリがそんな私の胸中を見破り戦闘の合間合間にこちらにささやきかけてくる。


「カリン少佐が怪我をして、それに貴方もやらかしたではないですか。この状況でどうやって落ち着けるというんですか!?」


「気持ちは分からんくはないが、まあ落ち着けって。確かにあの少佐が怪我をしたし、俺がしくじっちまったのも確かだ。ただ、だからといって焦る必要があるか?あの戦姫サマが何もせずこうしているのは俺たち二人でもどうにかなると思ってるからだろ。俺には分かるぜ。強者の余裕っていうやつだ」


今度はアリバルボリが私の背中をポンと優しく押し、前に出た。腕の出血は止まっている様子はないが、腕を切られた時と比べると少し長くなっているように感じる。ゆっくりとだが再生しているのだろう。


「だが、お前がさっさと終わらせたいんだったら俺は首を縦に振るしかないな。どれ、ちょっとだけ身代わりになってやるよ。そしたら、お前も文句はないだろう?」


「そうですけど、そしたら貴方が最悪死ぬことに…」


私の心配を余所にアリバルボリは蝶のように舞う。軽くステップを踏み軽い足取りでペイルーの攻撃を躱すが、蜂のような攻撃は彼女には効果は無いようだ。ナイフは皮膚を貫かず、小さく響いたのはアリバルボリのもう何度目かも分からない舌打ち。


「やってやるぜぇ、俺はよお!自分でも自分がどうしてこんなことをやっているのかはよくわかっちゃいねえが…」


アリバルボリはこちらを振り向くと不敵に笑う。


「せっかくここまできたんだ。そうだろう!?」



手のひらの怪我が治るまでペイルーの対処をアレクトと、そして『道化』に任せているつもりだったカリンだったが、彼らの奮闘ぶりを目にし、もう少しだけ静観してもいいのではないかという衝動に駆られていた。これならば、アレクトにとっていい勉強になる。部下の育成にも抜け目ないカリンは、脳内でそんな言い訳を組み立てながら死闘を繰り広げている三人を眺めていた。


カリン・セラントは、ある時までは冷酷な人間だった。冷酷であろうとしていた。戦場は冷たく、一切の容赦も無しに命を奪っていくのだから、感情なる不確かなものをわざわざここにまで持ってくる道理はないと考えていたからだ。


しかし、そんな考えは必然か、それとも偶然かは分からないが、打ち破られることとなった。かつて彼女が第二親衛隊を率いていた頃、同じ女性であることを理由にペイルーが編入されることになった。彼女は何処までも崇高な人間だった。戦場でも、いや、戦場だからこそ人を救うのだと確固たる志を抱き、戦場では弱気存在を守るためにその力を振るった。その姿は、あくまでも己は国家の暴力装置だと半ばあきらめていたカリンとは対照的だった。


だからか、カリンはペイルーの行動に眉目を寄せることはあったが、妨げるようなことをすることはなかった。カリンもペイルーの善性に自然と救われ、無意識のうちにそのことを理解していたからだ。


しかし、やはり戦場というものは微かなやすらぎですらも無常にも奪っていく。少なくとも、矮小であった自分自身ではその身に不相応だっただろうと、カリンは過去を思い出して寂しい気持ちになった。


きっかけは些細なことだった。それは、ある任務でのこと。ペイルーが回収した非戦闘員を、カリンは行軍上の理由で連れていけないとして拒絶した。おかしなことではない。アレクトが死んでから間もなく始まった敵方の大規模な攻勢は、C軍集団に撤退の計画を立案する暇を与えなかった。結果的に、多くの兵器と人間が失われることとなった。カリンは我々がその数多の内の一つになることを嫌ったのである。自分たちと、他愛ない非戦闘員。その二つを天秤に載せた上での合理的判断だった。少なくとも、あの時の彼女の中では。


「とはいいつつも、結局は言い訳に過ぎないか…」


カリンは太刀を握る手に力を入れ、魔力を流す。まだ右手の痛みを堪え、姿勢を前向きにしてゆっくりと高度を落とす。髪がたなびき、体内から溢れる魔力の奔流を太刀へと流しこむ。


カリンは太刀を握る手に力を入れ、魔力を流し込む。まだ回復しきっていない手のひらが痛むが、それでも握る手の力は緩めはしない。体内からは魔力が溢れ出し、彼女の長髪がふわりと浮かぶ。


「…上官たる私が不器用と知ったら、彼女は笑うだろうか」


まさか、アレクトは自身が応急処置に手間取るほどの不器用だとは思うまい。そこまで考え、カリンは淡く笑った。今までの彼女にとって、貴族とはまさに天上の存在だった。窺い知る由があるのは彼らの住居たる広大な館と名前のみで、そこだけ見れば下手な神と何ら変わりはない。軍役に就いてからはしばしば貴族階級の人間とも出会うことが増えたが、やはりその態度は傲慢で、そして彼らからは誇りが少なからず見え隠れしていた。


だが、アレクトはどうだろうか?あの天真爛漫な多感な時期真っ盛りだと理解できるあの少女が、まさかあのレーリッヒ閣下よりも家格の高い五大貴族のリーベ家の御令嬢だとは。貴族という存在が皆ああであったならば、きっと今の自分もきっともう少し気楽だっただろうに。カリンはそこでそんな彼女からのお願いを思い出し、胸中に抱いている様々な感情を忘れ一度愉快な気分になる。


「殺さないようにペイルーと戦えと、私の新しい部下は随分と無茶なお願いをするものだ」


…さあ、いくぞ。


彼女が戦況を見た限り、アレクトと、そして何故かこちらの味方でいる『道化』の二人がかりでもペイルーを圧倒するまでにはいかないらしい。結局、最終的には自分がやらなければならないのか。カリンは久しぶりに頼られていることに胸を温めながら地面を蹴り上げ、跳躍した。


「ペイルー。お前に未練はあるが、どうか、私の未来のために倒されてくれ」



中空が裂け、視界を覆う紫色に胸が締め付けられる。本能がここは危険だと激しく警鐘を鳴らすが、その一方で理性はその光景を達観して眺めていた。


「カリン少佐!やっと来てくれたんですね!」


「傷が治っていない。あまり無茶はできないぞ」


「わかりました、ですがあと、もう少しだけ…!」


「…仕方が無いな。お前の露払いに徹してはみるが、あまり期待するなよ?」


「ありがとうございます!」


少佐はあくまでも渋々といった様子でこちらの要求を受け入れてくれた。命のやり取りを行うはずの戦場で、こんなにもチャンスが巡ってくるのはやはり少佐の力量があってこそのことだろう。この状況から本当にペイルーを救うことが出来るのかは私からしても怪しいところだが、とにかくやってみなくては。


少佐が紫色を纏った太刀を振るうと、ペイルーは勢いよく吹き飛んだ。露払いに徹すると言っていたが、早速なことに不安になってきた。そして、どうやらそんな私の懸念と同じことをアリバルボリも思っていたらしい。控えめに指を少佐に向けつつ、こちらに視線を向けてきた。


「お、おいっ、アレは流石に不味いんじゃねえか!?」


「うっ、そのことくらい私だって分かっています。行きますよアリバルボリ!」


私がそう言うとアリバルボリは短剣を逆手に持ち替え、腰を低く下して二人との距離を縮めるために地面をかけた。心臓部を狙う剣先を捉えたペイルーは咄嗟に胸の前で両腕をクロスするが、今までとは違いアリバルボリはナイフを振るう。そして、彼女の両腕を斬った。ペイルーは絶句したのか目を見開いてアリバルボリを見つめ、一方の彼はこちらを振り向いてニヤリと笑う。まるで今までの苦戦は全てこのための布石だと言わんばかりに。


「行け、アレクト!」


ペイルーの方を見ると、今までならばすぐに回復したであろうペイルーの両腕は出血したまま治癒していなかった。私は咄嗟に剣に魔力を流す。剣が軽くなったのを感じながら跳躍する。景色がたちまち移ろい、私はペイルーの胸元へと潜り込むことに成功した。


奇妙なことにも淡く光を放ち続けるペイルーの胸元に向かって剣を突き刺す。まるで体内を巡る鮮血のように鮮やかな光を放つ結晶は剣と触れるとバラバラと崩れ、剣先からは生暖かい感覚が伝わってきた。おそらく、心臓だろう。私の剣はペイルーの心臓を貫いた。彼女は口から血を吐いている。


「アレクト、今すぐ離れろ!」


『道化』の声によって、私は現実へと引き戻される。離れろ、私はその意味を少しの間だけ理解することができなかったが、剣を握る手に違和感を感じ、下を向くことでようやくその理由が分かった。剣が、そして手が、ペイルーの体から広がる結晶に飲まれている。咄嗟に剣を引き抜こうとしてももう動かすことができない。私は一度素早く深呼吸をし、冷静に『道化』に向かって叫ぶ。


「無理です、両手が動きません!」


そう言っている間にも、結晶はだんだんと私の体を侵食していき、ついに腕まで飲み込まれてしまった。ペイルーは空を仰いだままピクリとも動かず、だがしかし、確実に体の崩壊は始まっていた。四肢が塵へと変わっていく。魔力によって殺されたものが消えていくのと同じような光景だ。一つだけ違う点があるとすれば、その代わりに魔力が心臓から漏れ出していて、おそらくペイルーが完全に塵となる前に完全に私はその結晶の中に閉じ込められてしまうことになる。


尖った結晶が私の喉元まで迫る。この状況をどうにかしようと剣にありったけの魔力を流して結晶を斬ろうとしてみたが、剣に注いだ魔力は結晶に吸収されてしまい、むしろより状況を悪化させることになってしまった。


結晶はついに私の胴体にまで迫る。この状況をどうにかしようと剣にありったけの魔力を流し、ペイルーの体を切断してみようとしたが、剣に注いだ魔力はたちまちペイルーへと流れ出てしまい、むしろより結晶を成長させるだけに終わってしまった。


動かなくなっていく両腕が熱い。視界の中を占める結晶の割合がみるみるうちに増えていく。私の体を包み込む結晶の勢いは止まらず、それどころか、ついに私の体から魔力を奪い始めた。意識が遠のいていき、まずは聴覚が朧げになる。


「オイオイ、勘弁しろって!…ッ、痛っでぇ!」


私に手を伸ばそうとしたアリバルボリは、突然彼の掌めがけて成長した結晶に貫かれて情けない声を上げる。そして、結晶は決して私を離さないと言わんばかりに急激に成長して、ついに私を包み込んだ。


「これは、流石に近づけないな…」


ぼんやりとアリバルボリがそんなことを呟いたのが聞こえてきた。まるで真冬の朝のように寒い。命の灯が今まさに消えようとしているのかのように、段々と何も考えられなくなっていく。体の震えはとまらず、耳鳴りが大きくなり、体の内側から聞こえてくる心臓の鼓動だけが妙に耳に残る。


「ご、ごめんなさい…」


どのように生きていたとしても、体が弱ると脳内に浮かび上がるのは漠然とした後悔。私はお父様に、ここまで無事に育ったことについて感謝しただろうか。…いや、ここ一か月は、家にすら帰っていないんだった。


「た、隊長…」


…隊長?生憎、私の記憶の中にはそうやって呼んだことのある人間はいない。隊長といえば、カリン少佐ぐらいだけど、私は少佐って呼んでるから違うよね。あ、でも…


そういえば、私の目の前に少佐のことを隊長と呼んでいた人がいるではないか。ペイルー、もしかして、さっきまで私が喋っていたと思っていたアレはペイルーの呟きだったの?


「ふ、ふふ。アレクトちゃんは、おっちょこちょいだね…」


力なく上を見上げていたペイルーの頭がこちらを向く。


「見ず知らずの私に、ここまでしてくれてありがとうね、アレクトちゃん」


痛みを堪え、無理に作ったであろう微笑みをペイルーは向けてきた。アリバルボリが言っていたことは嘘ではなかった。もはや治療は不可能だが、正気を取り戻したのだろう。カリン少佐にもこの話を伝えなければ、そんなことが一瞬思考をよぎったが、それ以降はなんだか頭が重たくなって何も考えられない。あれ、いしきが…


剣の柄を両手で握ったまま、私の視界は黒くなっていく。死んだ時と同じような孤独感によって胸が張り裂けそうになる感覚。このままではもう一度死んでしまう、本能がそう警鐘を鳴らす。


だが、今の私には何もできることは無い。体は既にそのほとんどが結晶に飲み込まれ四肢は動かず、結晶はついに首元まで侵食してくる。もう限界だ。私は誘惑に耐え切れずに瞼を閉じる。暗い世界に落ちていく。なぜか、不安は無い。けれど、確かに私は恐怖している。本能は安らぎを感じ、理性は命の危機に対しけたたましく警鐘を鳴らしている。だが、それよりも、意識が遠のく。私はついぞその誘惑に勝つことができず、意識を手放してしまった。



そこは暗澹とした空間だった。しかし、ここにいるだけで私は不思議と安らぎを感じてしまっている。もしかして、死後の世界だったりするのだろうか。そうなると、私はヴァルハラに行くことはできなかったらしい。別に、古代の英雄様に死後お目見えしたいというわけではないのだけれど…


「影をそのまま濃縮したような心象風景ね」


背後から柔らかい声が聞こえてくる。声色は違えど、この声には聞き覚えがあった。後ろを振り返る。すると、そこには案の定ペイルーがいた。人の姿を逸脱したおぞましい姿ではなく、新品同然に手入れされた軍服に身を包み、中尉の肩章を身に着けて。


「ここは、どこなんですか?」


「ここはアレクトちゃんの心の中。私はかつてペイルーだった存在の残滓。最後のあの時、魔力を伝ってあなたの心の中にお邪魔させてもらったの。もちろん、私はあなたにとって異物だから、私はきっとすぐに消えるわ。だけど、どうしてもアレクトちゃんに話しておきたいことがあって」


そう言って優しく微笑むペイルーの表情は柔らかく、そして儚かった。きっと、ここでひとつ風が吹いてしまえば彼女は吹き飛ばされてしまうのだろう。そう思えるほどに優しい笑みだった。


「それじゃあ、その話したいこととは?」


ペイルーはその言葉を聞くと悲しそうな顔をして俯いた。地面も変わらず暗闇で覆われている。影がない不思議な空間。本来ならば少しぐらい興味が湧いたのだろうが、今はそういう気分ではない。光を反射することなくただそこに存在する闇というのは、自分をちっぽけなものに感じさせる。


「アレクトちゃんは、きっとこれからこれ以上の苦難を経験することになるわ」


「それは…」


「ごめんなさい。私もなぜなんであんなことをしてしまったのか、自分でも分からないの。でも、私の話は信じなくてもいいから、せめて覚えていてはくれないかしら」


「別にペイルー…さんのことを信用していないというわけではないんです。カリン少佐も貴女のことはずっと信用していたようですし…」


言い訳じみた言葉しか出てこない自分に嫌気がさす。こんなところで摩擦を生んでも何にもならないというのに、私の心は相変わらず貴族のままだ。自分の恥を見せないように立ち回り、他人の痛いところを突く寂しい人間。


ペイルーはそんな私をみるとふふっ、と笑い、優しく私の頭にポンと手を置いた。


「ペイルーでいいわ。どうせ、これで私はお終いなの。最期の最期で互いに思うことがあったままお別れなんて寂しいから」


ペイルーは暗に自分はもう死ぬんだ、あるいはすでに死んでると分かっていながらも、あくまで冷静に、そして優しく接してくれている。頭に乗せられた手はいつも大楯を握っていたせいだろうか、ゴツゴツとまではいかなくてもしっかりと分厚さがある。とても安心する手だ。


「カリン少佐は英雄だわ。誰彼もが少佐に羨望し、その光に焼かれて戦地で死んでいく。もしかしたら、私もその一人なのかもしれないわね」


「元第六隊長でも、ですか?」


「帝国親衛隊は第四小隊とそれ以下とで隔絶した実力差があるわ。創立された当初が第四小隊までしかなかったというのもあるけれど、第一隊長から第四隊長までは魔導兵という兵科が設立された当初からの生き残りだから」


帝国最高峰の魔導兵の集まりだとされる帝国魔導親衛隊。しかし、その中でもどうしても埋めることのできない実力差というものはあるらしく、帝国魔導親衛隊が設立された当初から存在する第一から第四小隊と、魔導兵の増加によって親切された第五から第八小隊には隔絶した実力差があるそうだ。


「カリン隊長は第二小隊長。第一隊長様は常に皇帝陛下の身辺の警護を担当しているから、実質的な戦力のトップはカリン隊長よ。隊長は強い。だけど、ようやくわかったの。隊長は強いからこそ、人を殺しているってね」


その言い方には少しむすっと来るものがあったが、ペイルーはそんな私の胸中を知ってか知らでか話を続ける。


「隊長は多くの人々を守るわ。ネームドと対等か優勢以上に立ち回り、本来ならば抵抗むなしく虐殺されるはずだったであろう兵士たちと民間人を助ける。でも、それは決して個人には向かない。少佐は迷いなく小を捨てて大を選ぶような人間。だけど私は、そうはなれなかった。自ら志願して隊長の下についたのに、身勝手にも自分から立ち去ってしまった」


少佐は確かに強い。けれど、憧れだけで彼女の後を追っていても、いずれついていけなくなってしまう。それが戦場での死なのか、ペイルーのように追いかけるのを諦めるのかは人それぞれだ。ペイルーは私もそうなってしまうことを憂いているのだろう。


「私もそうなると思いますか?」


もしかしたら、そう思って聞いてはみたが、ペイルーは少し俯いて首を横に振るばかり。それまでにカリン少佐は天賦の才に恵まれているということらしい。


「私は、行方不明になった分隊員を探していたの。だけど、いつの間にか私も行方不明になって、いつの間にかこんなことに…アレクトちゃん、私はね、アレクトちゃんに私のようにはなってほしくはないの」


腰を下ろして視線を私に合わせ、ペイルーは私の手を握る。


「死なないで。もし死ぬとしても、私のようにはならないで」


ペイルーの目が潤み、手を握る力がより一層強くなる。私も負けじとばかりにペイルーの手を握り返した。ペイルーは驚きはしたが、私の目を見ると何か話そうとワナワナと動かしていた口を閉じる。


「私は死にませんよ。ペイルーには悪いですけど、少佐から遅れをとるつもりはありませんから」


「ふふっ、アレクトちゃんは優しいわね。…でも、そうね。あなたみたいな人がいてくれれば、カリン隊長もきっと、寂しい思いをしなくて済むわね…」


ペイルーは再び微笑むともう一度体が塵へと変わり始める。もう、終わりなのだろうか。ペイルー自身もすぐに帰ると言っていたが、こんなに早くなくてもいいのではないだろうか。


「その、もう少しゆっくりしてくれてもいいんですよ?」


「アレクトちゃんは優しいわね。でも、それは本当に本心なの?もしそうだったら、私はきっと永遠をアレクトちゃんの中で生きることができるわね」


「え…むぐっ」


ペイルーに思いっきり抱きしめられ、首の骨が折れかかる。そしてしばらくすると彼女の姿は見えなくなっていた。首が痛い。力一杯締め付けられて骨が折れてしまうのかと思ったが、そこは手加減してくれていたのだろう。首をペチペチと叩いて離れていないことを確認しているとふと、自分の体が透明になっていることに気がついた。そして、とても眠い。


「それでは、さようなら」


虚空に向かって呟く。だが、案の定返事は返ってこなかった。今度は先程とは違い、魅力的なお誘いに乗って意識を手放す。体を前に倒して、地面に向かって落ちてみるがこれがなかなか心地が良い。私は自分の体が溶けていくのを感じながら、深い眠りについた。

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