第三十七話 勇者が気になった記録のかけら
「リア、どうしたの? 難しい顔をして。今日はあの羽根男との約束の日だよね。初めて貴族街のカフェに連れて行ってもらうんでしょう。小説の主人公たちがよく遊びに行っている場所だって、昨日楽しそうに言っていたじゃないか。ルークも今日はキースに監視されているし、誰にも邪魔はされないよ――。」
ロイドは、カウンター越しにオフィーリアを見ながら尋ねた。
「初代黒魔法使いについて調べていたのよ。」
オフィーリアは、すでに見慣れた記録の束をひらひらと振ってロイドに見せた。
「初代黒魔法使いの記録って――どこにも残されていなかったはずだよね。」
ロイドが眉を顰めながら尋ねる。
「そうよね。ポンコツ記録係がまたやらかしてくれたのよね。初代黒魔法使いがずっと呪いにかかったまま喋ることができなくなってたからって、彼についての記録を全く残していなかったのよね。」
思案顔で頷くとロイドは、ゆっくりとカウンターに腰を下ろした。
「初代白魔法使いのエミリア様の記録からは、黒魔法使いも一緒に召喚されていたってことが判っただけで、黒魔法使いの能力とかそういうのは、全然わからなかったよね。」
「そうよ。白魔法使いのエミリア様、べらべら喋るわりには、肝心なことはこれっぽちも教えてくれなかったのよね。自分の好きなことばっかり。
ポンコツ記録係だって、ただただエミリア様の証言を記録していただけで、黒魔法使いのことなんてこれっぽっちも――。
井戸にかけられていた黒魔法についてだけは、クレアさんのご先祖様が遺してくれた記録があったから判ったけど、人間の悪意を取り去るってだけだったしね。
どうやって取り去るのか? とか、取り去った後どうなるのか? とか、全然わからなかったわよね。今まで、黒魔法使いの先祖返りが現れたって記録もないし――。
黒魔法使いの記録少なすぎじゃない? 私、どうしても納得がいかなくって......今、この島に四人も先祖返りが存在しているっていうのに、黒魔法使いだけがいないっていうのも――すっごく気になっていて、で、それで、もう一度マダムの物置を漁ったのよ。何か、黒魔法使いについての情報があるかも知れないって、そして見つけたのが、これ。」
オフィーリアは、傍らに無造作に重ねられた紙の山をとんとんと指で叩いて見せた。
「これって――新しい記録かい? この紙きれの山。これをひとつずつ、リア、これを君が全部一人で解読したの?」
ロイドは、感心と呆れが入り混じったような複雑な表情をしてオフィーリアに尋ねた。
「リア、君、羽根男と会ってから、あれからずっとマダムの物置部屋に籠っていたけど、まさかずっと、このために?」
オフィーリアは、黙って頷いた。
「一度気になり出したら、居ても立っても居られなくなっちゃって、それで、ルークの魔法をじゃんじゃん使って、それで、読んじゃったのよ。片っ端から、ひとつ残らず――。」
ほぼ寝ずの作業だったわと、オフィーリアは遠い目をしながら言った。
「それでね。調べた紙のほとんどは、そんなに重要なものではなくって、賢者の記録を作成する時にできた書き損じみたいなものだったのだけれど、でもね、最後のこれがね――。私、とうとう見つけちゃったのよ。」
オフィーリアは、嬉しそうに紙を差し出して言った。
「黒魔法使いエミリオ様がようやく喋れるようになってそれでポンコツ記録係がようやく残したおそらく、最初で最後の記録よ。」
ロイドは、緊張気味にオフィーリアの差し出した紙を受け取った。古びて茶色く変色した紙はうっすらと湿り気を帯びていた。
紙の上部には、しっかりとした文字で大きく題名が書かれていた――。
【魔王撃退後の祝賀会にて 黒魔法使、エミリオの証言 その2】
じゃあ、さっそく、えっと黒魔法について説明しないとな。俺の黒魔法は、主に人間の精神に影響を及ぼす。
――――奪うことができる。とにかく、良いものも悪いものも全部奪い取れちまうんだ。
そうだよな。俺がこの中で一番強いかもしれないな。俺が喋ることができて、魔法を使えていたら――魔王も追っ払うんじゃなくて倒すことができたかも......すまんな。
ああ、そうだった、魔法についてだったな。この俺の魔法だが、なんでも奪うことができると言っても、そう易々と発動することは出来ないんだ。とにかく発動させるまでに時間がかかる。きちんとした手順を踏んで、詠唱――――、条件も整えて――、あと、魔力も膨大に――――
――――――白魔法使いだ。俺の場合は、双子の姉、エミリアだな。彼女は、俺の黒魔法をいつでも解除できる能力を持っている。そういう――――を生まれた時にそれで――。
だから、俺が、暴走して誰彼構わずに魔法を発動しても、エミリアが一瞬で解除して――――。
黒魔法使いと白魔法使いは必ず同じ年の同じ―――――――。
「――これって、絶対ポンコツ記録係、寝落ちしたよね。祝賀会での記録だからね。それも、仕方がないのかな。」
オフィーリアから受け取った紙を読み終わったロイドが、がっかりとした表情で言った。
「そうね。大体、この記録を始めた時からこのポンコツ、もう何杯もお酒を飲んでいて酔っぱらっていたのよ。これが正式な記録として保管されなかったのも、きっと、このポンコツが酔っぱらい過ぎて記憶を飛ばしたんだわ。」
「――そっか。でも、よくこんな殴り書きの紙切れをリアは見つけることができたね――」
ロイドは、オフィーリアの頭を撫でて彼女を労った。すごいでしょと、オフィーリアは、自慢げにロイドを見上げたが、ロイドの表情を見たオフィーリアは、目を見開いた。
「あれ? ロイドどうしたの? お仕事中のロイドみたいよ。え? なに? どうかした? あ、やば」
素早くカウンターを乗り越えたロイドは、逃げ出そうとするオフィーリアの腕を掴んで尋ねた。
「リア、もう一枚あるんでしょ? この記録、その2だけじゃなくって、その1も。だっておかしいじゃないか、なんで記録係が記録を始めた時にもう何杯もお酒を飲んでいたって、リアは分かったの? この記録にはそんなこと一つも書かれていないよ。それに、そもそも、この一番上の題名、リアが書いたんでしょう? その2って、リア――、君。そんなんで、僕を騙せると思ったの? さあ、全部話して。」
ロイドの隙一つない微笑みを見たオフィーリアは、肩を竦めて観念したように言った。
「そうだね。ロイドにも秘密ごとは出来ないんだったね。ルーク以外みんな、秘密は、なしだったね......」
すみません。と、オフィーリアは、ポケットから小さく折りたたまれた茶色の紙切れを出した。
ロイドが開いた紙の一番上には、オフィーリアの文字で【魔王撃退後の祝賀会にて 黒魔法使い、エミリオの証言 その1】と書かれていた。




