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第三十五話 はにかみ勇者とスカイブルーのドレス

「姉ちゃん、いよいよご令嬢になれるんだな。うらやましいぞ。俺も、姉ちゃんと一緒に夜会に行って、たっくさん美味しいもの食べたいなー。リア姉ちゃんいいなー。姉ちゃん、可愛いな―。」


 テッドは、毛糸の聖剣をぴすぴすと振り回して、うらやましいな、一緒に行きたいと言いながら楽しそうにオフィーリアの周りを走り回っていた。


「テッド、こらあんた、落ち着きな。うっとうしいね。今、ドレスの微調整をしているんだよ、針が刺さったら危ないから、離れな。それに、これはリアの仕事なんだよ。遊びじゃないんだ......一応ね――。」


 クレアは、ニヤリとした笑みを湛えてオフィーリアを眺めた。オフィーリアは、いつもの紺色のワンピースではなく、スカイブルーのドレスに身を包んでいた。


 オフィーリアは、初めて身に着けるふわふわのドレスに夢中だった。彼女は、ドレスの裾をそっとつまんで、はにかんだ笑みを浮かべた。さわさわとドレスの表面を撫でては、そのやわらかな感触にうっとりとして、幸せそうな表情を見せている。


 クレアは、オフィーリアが久しぶりにみせる無垢な笑顔に心底安堵した表情を浮かべて、ドレスにテキパキと待ち針を刺していった。


「しかし、あのルークがね。まさかリアにドレスを準備していたとはね。あの子、王宮で引きこもっていた割には、やる事やってたんだね。夜会にも頑なに一人で参加していたんだろう? 一人で参加してドレスは準備している。あの子の愛情は、底なしだね。

それに、このドレス、怖いくらいに、リアとルークの色で占められているじゃないかい。

あの子の執着心というか、独占欲、すごいね。怖いわ、これは。」


 ――ドレスの裾には、濃紺色の刺繍があしらわれている。腰回りには刺繍と同色のふんわりとしたサッシュリボンが巻かれていた。


「テッドがルークを警戒する気持ちがわかるよ。この間もあんた、あの粘着王子に襲われそうになったんだろう。テッドから聞いたよ。」


 クレアは、ちらりとテッドを見た。テッドは、眉尻を下げて苦笑しているオフィーリアに胸を張りながら言った。


「俺はリア姉ちゃんを悪者から守るってキース兄ちゃんと約束したんだ。今の一番やばい敵は、ルークだな。」


「テッド、貴方から、最近よくキースの話を聞くけど、キースってよく孤児院(ここ)に来ているの?」


 オフィーリアは、興味深そうに尋ねた。テッドが答える前にクレアが話し始めた。


「ああ。キースかい。あの子、今、孤児院に寝泊まりしているんだよ。ギルドの食堂は、孤児院の方に近いだろう? あの子、毎晩酒を吞んで食堂に入り浸っているからね、食堂で夜を明かすこともよくあったんだよ。それでね、マダムが孤児院の空き室を使えってね。」


「キース、そんなにお酒を飲んでたっけ? 毎晩――?」


 オフィーリアは、首を傾げて不思議そうな顔をしている。


「キース兄ちゃん、俺と一緒に寝てるんだぞ。あ、でも俺が寝るときにはいないし、時々、朝、兄ちゃんがベッドにいるのを見るくらいか? でも、昼間も孤児院(こっち)にいるぞ。

キース兄ちゃんがいるとき、俺、リア姉ちゃんの小さい時の話をいっぱい聞いてるんだ。キース兄ちゃんとすっごく仲良くなったから、その内、兄ちゃん、リア姉ちゃんの秘密も教えてくれちゃうかもな。」


 いたずらな笑みを浮かべて嬉しそうに話し終えたテッドにオフィーリアは笑顔で返したが、その表情には納得のいかない様子がみてとれた。


「とにかく、キースの事は良いから、それよりリア、あんた、ダンスは踊れるのかい? 夜会では食事はするのかい? 当て馬ったってそれなりにしないといけないからね。マナーも覚えないと。これから忙しくなるよ。

ダンスは誰も頼んでなくてもルークが教えてくれるだろうから、ルークに任せるか。

ああ、あと、あの子の事だ、あんたにベッタリするために、マナーもあの子が担当するって言うだろうね。

あの子が王子の端くれで良かったよ。こういう時に役に立つ。

ま、とにかく、キースの事は放っておきな。リアは何にも心配することはないよ。あいつも良い大人だしね――。」


 クレアは、早口で捲し立てるように話すと、オフィーリアの裾に最後の待ち針を刺した。


 これくらいの調整ならすぐにできそうだと納得したような表情をしたクレアは、オフィーリアにドレスを脱ぐように伝える。


 コンコン――


「リア、クレアさん、ちょっといいか?」


 クレアの返事を聞いて扉を開けて入って来たのはレオンだった。


「リア、今、店に例の当て馬を依頼してきた令息が来ているんだが――、彼がすぐにお前に会いたいそうなんだ。早めに着替えてこっちに来てくれないか?」


 そう言ってレオンは疲労感を漂わせながらそのまま部屋を出て行った。


「令息って、イーサン・ディープ伯爵令息のことかい? あんた、夜会の当て馬って、当日に彼に会うんじゃなかったのかい? まだ夜会まで半月もあるって言うのに、何の用だろうね。わざわざ平民街(こっち)までくるなんて――」


 面倒くさい事になりそうだね。と呟いたクレアは、小さくため息を吐いた。横目でちらりをオフィーリアの様子を窺う。


「伯爵令息、小説の......本物にご対面――」


 オフィーリアは、目を輝かせていた。


「ようやくいつものリアに戻ったね。マダムとシンシアには、感謝しなきゃね。」


 ふっと笑みを浮かべてクレアは、オフィーリアの背中をポンと叩いた。


「さ、リア、早く着替えて店に戻りな。初めて生で見る本物の上級お貴族様だろう? 楽しんできな。」


「うん!」


 人懐っこい笑顔を見せたオフィーリアは、すぐに着替えを済ませて足早に孤児院を後にした。


 クレアは、オフィーリアが脱いだドレスを抱えながらオフィーリアを見送った。


 オフィーリアのまだ幼さの残る後姿を見ながら、クレアは幸せそうに微笑んだ。

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