第三十四話 勇者、キスを語る。
「キース! 酷いじゃないか!? 僕は、フィーが最近悩んでいるから様子を見てくれって言っただけなのに! なんで、ふ、二人でき、き、キスなんて事になるんだよ!」
叫ぶように抗議の声を上げたルークは、乱暴な足取りでソファに近づくと、キースとオフィーリアの間に自身の体を捻じ込んだ。
「キスしてねぇよ。くっついてないし。な。姫様。それに、なんだよ。キスぐらいで真っ赤になって、動揺しちゃって。お前、恋愛小説読んでるんだろ?大人用のすごいやつ。髪の毛にキスするよりもすごい事、知ってるんだろう。」
キースは、ニヤニヤしながらルークを見遣った。ルークは、真っ赤な顔をしたまま、オフィーリアに抗議の視線を向ける。
「だって、キースには、秘密は無しなのよ。この間の事も、キースには、全部お見通しで、テッドも、みんなにぺらぺらとね。だから、仕方ないでしょう。」
ルークから送られる視線に耐え切れなくなったオフィーリアは、縋るような目でキースを見上げた。キースは、楽しそうに二人を眺めている。
「昔から俺は姫様の一番だからな。俺たちに秘密事はないんだ。」
自慢げにそう言い放ったキースに咎めるような視線を送ったオフィーリアは、それから困ったような表情をしてルークを見た。
「ルーク、そんなに怒らないで、キスだって、してないわよ。くっつかなかったし――。ただちょっと温かかっただけ......。」
「あ、あたたたたたかかった!? くっつかなかったって、だってフィー、さっき目をがっつり瞑っていただろ。なんでキスしてないって言い切れるんだ! もしかしたら、ふわっとちょっとだけ、フィーがわからないくらいにくっついたかもしれないし。だ、だから、温かかったのかもしれないだろう!」
必死の形相で訴えかけるルークの視線から逃れるようにオフィーリアは、身を捩らせた。目線を、うろうろと古びた絨毯の四方に漂よわせる。
「それくらい......私でも分かるわよ。だって、くっつくと、ほら、ぷるってなるでしょ。ほら、くちびるがくっついたら、ぷるってさ。」
「ぷるん、ぷるって――」
はっとしたルークが顔を真っ青にした。小刻みに震えながら、彼は、おそるおそるオフィーリアに尋ねた。
「フィー、君、もしかして誰かとキスをしたことあるのかい――?」
「え?」
大きく目を見開いたオフィーリアは、それからしまったという表情で両手で口を塞いだ。
オフィーリアが自分の失言に気がついた時には、既にルークの上半身が彼女に覆いかぶさっていた――。
「おい、おい、俺の目の前で何はじめようとしてんのルーク、だからお前は姫様の一番じゃないんだよ。怖いなお前。闇落ち寸前だぞ、その目。しかも、お前、俺らの事いつから見ていたんだ。怖すぎだろ。」
キースは、慌てた様子でオフィーリアに覆いかぶさっていたルークを引き剥がした。
オフィーリアは、顔を真っ赤にしながら惚けた様子で天井に視線を這わせている。
「大丈夫か、姫様。姫様にはまだ、刺激が。な。ほら、聖剣がやばいくらいに――」
キースがそう言ってオフィーリアの腰を指さす。
「あ、すっごい、光ってる。うわぁ。キースの時よりも光ってるんじゃないか、これ。うわぁ。僕でも光るんだ。なんだこれ嬉しいな。」
闇落ち寸前だったルークが、今度は、嬉々として聖剣とオフィーリアを交互に見つめた。
「テッドの言う通り一番やばいな、このヤンデレ王子」
呆れた様子でそう呟いたキースは、オフィーリアの手を取った。彼女をソファから起こすと彼は、オフィーリアをまっすぐと見つめて言った。
「とにかくだ、姫様は、まだ、子どもなんだ。勇者だとしても、子どもだ。だから、難しい事は考えずに、若いうちは、恋だ、愛だで騒いでいればよし。真実の愛を探すんだろ? 極めるんだったよな。
だったら、魔王とか貴族とかそんな難しい事は、俺ら大人に任せろ。
ルーク以外にもこの世には沢山いろんな人間がいる。恋愛だってし放題だ。
だから、姫様は、一旦勇者から離れて、人生を楽しむこと。もし、また悩んで、楽しめなくなったら、すぐに俺に言え。いつでも姫様を楽しませてやるからな。」
いいな。そう言ってキースは、オフィーリアの額に一つキスを落とした――。
「こんの!? キース、また、俺のフィーに勝手に」
ルークは、素早くオフィーリアをキースから引き剥がすと彼女を腕の中に収めた。ちらりと聖剣の様子を窺う。聖剣は徐々にその光を失っていった――。
「あらあら、私のかわいい子ネコちゃん。みんなに大人気ね。逆ハーってやつかしら。」
カーテンを開いて、マダムクロッシェが顔を見せた。
「マダム、おかえりなさい。話し合いは終わったの?」
オフィーリアは、ルークを引き剥がしながらマダムクロッシェに視線を向けた。
「王女の話は、なんとか終わったわ。それにしても、あの子のわがままは国宝級よ。」
疲れたわ。と、マダムクロッシェは、ソファに横たわり、深く息を吐いた。
「そう言えば、そろそろシンシアが顔を出すそうよ。リア、彼、貴方に夜会に出席して、当て馬になってもらいたいそうよ。貴方、夜会に参加したことないでしょう? 存分に楽しむといいわ。念願の小説の世界に飛び込めるわよ。」
魔王よりも、夜会よ夜会。そう言ってマダムクロッシェは、妖艶な笑みを浮かべた。




