不器用なクロエ
人混みの中だと言うのに、人を避けることなく歩くことが出来ている。
その歩きやすさに、クロエは少し驚いた顔を向けたが、彼の瞳がこちらを振り返ることはない。
彼女の手はファニスの腕に添えられており、彼は自身の身体を上手く使いながらクロエが歩きやすいように人を避けていた。
彼のエスコートは嬉しかったが、強要させてしまっているのではないかとクロエは段々不安になって来た。
すぐ隣にいるはずなのにいつもより遠く感じる彼の横顔を見つめる。ファニスなら視線の一つや二つ、瞬時に気付くだろうに、一向にこちらを見ることがなくクロエは焦りを感じた。
迷惑だったのかもしれない…
そんな不安が頭をよぎる。
イオンの気遣いについ甘えてしまったが、女性である自分の顔を立てようとファニスが気を遣ってくれたのかもしれない…
あの時、自分が断ればこんなことには…
「はぁ…」
クロエは、まとまらない思考につい小さく息を吐いてしまった。それは、喧騒に紛れてしまうほどの微かな声であった。
「疲れましたか?」
クロエのため息に気付いたファニスは、脚を止め気遣うように彼女の顔を覗き込んできた。いきなり正面から視線が合い、油断していたクロエに動揺が走る。
「い、いえ。そのようなことはありません。」
きつい言い方をしてしまった。
彼の気遣いに、感謝の言葉すら言えなかったクロエは、内心めちゃくちゃ落ち込んでいた。こんな時に女性らしく振る舞えない自分に嫌気が差す。
「無理はしないでくださいね。慣れない土地で気を張った任務が続いて疲れたでしょう。」
あんな言い方をしてしまったのに、自分に優しい言葉を掛けてくれるファニスに、クロエは申し訳ない気持ちで一杯になった。
「いえ、私よりもファニス様の方が大変な任務だったでしょう。それなのに、このようなことに巻き込んでしまい申し訳ございません…」
クロエは、申し訳なさからファニスの顔を見ることが出来ず、頭を下げた。
「確かに、今回の件はイオン様のお戯れが過ぎますが…」
途中で言葉を止めたことに、クロエは身構えた。次に続く言葉は、自分に対する苦言に違いないと思ったからだ。
それに、クロエ自身も後悔していた。あの時、イオンとファニスの気遣いに甘んじることなく、己を律して自分が断るべきだったと。公私混同してしまった自分に、後悔を通り越して羞恥心が湧き出てくる。
怖くなってしまったクロエは、ファニスの言葉を遮るように謝罪の言葉を口にしようとした。だがその瞬間、ファニスが彼女の手を握ってきた。突然のことに、クロエは言葉を発することが出来なかった。
ファニスは、彼女の手を握ったまま、真剣な瞳で彼女の目を見た。
「帝国の件が落ち着いたら、私からお誘いしようと思っていたのですよ。それなのに、主君にはっぱをかけられてしまいました。仕事のせいにして先延ばしにして、とんだ体たらくですね。」
「え…」
自嘲気味に笑うファニスのことを、クロエはこれでもかというほど大きく開いた目で見た。
まさかファニスがそんなことを考えていたなど夢にも思わなかったからだ。あまりに自分にとって都合が良すぎる展開に只々驚くことしか出来なかった。
「その反応は…やはり気付いていませんでしたか…これは私の日頃の行いのせいですね。これからは、我が主君を手本とし、振り向いて頂けるよう本気を出します。ご覚悟を。」
その瞳はひどく真剣であり、真に受けないことなど出来なかった。
想い人にそんなことを言われ、勘違いだと思っていたかったのに、クロエの心は浮き足だってしまった。恋愛に疎いとは言え、この状況では期待せずにはいられない。
「…畏まりました。」
だが、口を突いて出た言葉はあまりに素っ気なかった。どうしても騎士である自分が全面に出てしまう。クロエは心の中で、素直になれない自分に頭を抱えた。
「これは中々手強そうですね。」
ファニスは、弱気な言葉とは裏腹に、顔には好戦的な笑みを浮かべていた。
いつもの温和な態度とは異なる強気な姿勢に、クロエは心臓を鷲掴みにされてしまった。胸の高鳴りが止まない。
「お手柔らかにお願いいたします。」
「ええ」
だが、やはり返事は騎士そのものであった。
頬を赤く染めながらも騎士らしく振る舞うクロエに、ファニスは優しい笑みを向けた。
「では、任務に戻りましょうか。」
「はい。」
ファニスはまた腕を差し出し、エスコートの形をとった。
口では任務と言いながら、食べ物屋を見て周り、数を食すために半分こをして味見をする様はデートそのものであった。
帝国に来てからというものの、ずっと張り詰めていたクロエの心は、ファニスのおかげで一時の休息を得ることが出来たのであった。
***
「アレシア、もうすぐ二人が戻って来ちゃうから、このまま隣町に移動しようか?観光客に人気の遺跡があるんだって。」
「護衛を撒いたらダメでしょう…」
「僕はアレシアさえいれば、他には誰もいらない。アレシアは?アレシアも僕だけいれば十分でしょう?」
「いや、そういう問題では…」
「大丈夫、二人でいればどんな問題でも解決出来よう。」
「相変わらず話が通じないわね…」
相変わらず絶好調のイオンは、アレシアと共に街散策を楽しみつつも、妻を口説くことに余念がなかった。




