イオンの通常運転
帝国で過ごす最後の日となった今日、アレシアとイオンの二人は、ファニスとクロエを連れて帝都の街に来ていた。
イオンは目立つ金髪を束ねて帽子の中にしまい込んでいる。いつかのイサフを彷彿とさせる格好であった。
アレシアもニット帽で髪を覆い、周囲に溶け込むような地味な服を着ている。
だが、王族の関係者と気付かれないものの、美形揃いの四人は十分に目立っていた。
護衛の二人は慣れているようで動じることはなかったが、普段着に近い格好で目立っているアレシアは落ち着かなかった。
公式の場以外で注目を浴びることがないため、どのように振る舞っていいか分からない。どうすべきか迷っていると、微笑んだイオンはアレシアの正面に立った。
「美しい姫君、どうか君をエスコート出来る幸運を僕に恵んではくれないだろうか。」
泣きそうなほど懇願する想いを瞳に宿し、手を胸に当て、美しい姿勢で騎士の礼を取った。
息を呑むほど美麗な様に、周囲からため息が漏れた。そして、アレシアからは本気のため息が漏れた。
「なんで目立つことをわざわざやるのよ…」
「デートには必要なことだろう?相手の許可を頂かないと。」
イオンはじっとアレシアの瞳を見つめ、緊張した面持ちでひたすらに彼女の返事を待った。
その緊張はなぜか周囲にまで伝播し、見守っている街の人々も胸の前に手を組み祈りを捧げ始めた。
数十人に希う瞳を向けられ収拾がつかなくなったアレシアは、色々と諦めることにした。
「ええ、よろしく。」
「ありがとう、僕の愛しいアレシア。」
イオンは言葉と同時にアレシアの手を取り、その甲に口付けをした。流れるような美しいと所作に、周囲からは歓喜の声が上がった。
お忍びの意味を全く理解していないイオンに、アレシアは慌てて両手で彼の腕を掴んだ。
「もうっ早く行くわよ!」
「アレシアが僕のことをこんなにも欲しがってくれるなんて…僕は今幸せの頂にいるのかもしれない…こんなにも幸せな瞬間が訪れるとは…」
相変わらずアレシアへの愛に溺れるイオン。
にこにこと嬉しそうに引き摺られていった。その両脇を真剣な表情のファニスとクロエが固めた。昨日のことがあったため、護衛にも力が入っている。
「そう言えば、今日は最終日だったから、皇帝陛下や皇子殿下達と会議があったんじゃないの?街に遊びに来て良かったの?」
「ああ、皇子は二人とも体調が良くないらしい。昨日は少し話を出来たからね。今日は無理をせず、こちらの自由時間にさせてもらったよ。」
「そう…昨日こともあったし、そんな話せる雰囲気じゃないのかしら…」
心配そうに俯くアレシアを見たイオンは、彼女の腰に腕を回してぐっと自分の側に引き寄せた。
「ひゃあっ!」
いきなりのイオンの行動に、驚いたアレシアは小さく悲鳴を上げた。驚く彼女の眼前に、イオンの美しい顔が迫る。
「僕とのデートなのに、他の男の話はやめてほしいね。」
鼻先がくっつきそうなほど近くで囁いてきた。息のかかる距離に、アレシアは一気に顔が熱くなった。
「ちょっ!他のって…国にとって重要な相手の話でしょう!!」
「それ以上この話を続けるのなら、口付けで黙らせるが?」
真剣な熱い瞳で、普段と違って強い言葉を口にするイオン。
アレシアは、色んな意味でドキドキが止まらなかった。心拍数が上がっていく。心臓が飛び出してしまいそうなほど鼓動が速い。
恥ずかしさのあまり、アレシアはどうしていいか分からなくなってしまった。
彼女の反応を十分に堪能したイオンはクスッと微笑み、いつもの甘い雰囲気に戻った。
「なんてね。口付けをしたいのはいつもだけれど、乱暴なことはしないよ。」
「もうっ!揶揄わないでっ!!」
「ごめん。アレシアがあまりに可愛くてつい。アレシアが可愛すぎるのがいけない。僕のことを煽って翻弄してくるから。」
「そんなことしてないわよ!」
街のど真ん中できゃっきゃとイチャつく二人に、護衛を含め周囲は生暖かい目を向けている。
もちろんイオンは気付いた上でやっているが、アレシアは周囲を見る余裕などなく、どういう状況か全く理解してなかった。
「アレシア様、そろそろ…」
「クロエまで何よっ!!」
主人の不憫さに耐えきれず、クロエがやんわりとアレシアに周囲を見るように促した。
「えっ」
気付いた時には見事に観衆のど真ん中にいた。
あの場から逃げて来たつもりだったのに、また人を集めてしまっていた。
現状に気付いたアレシアは、羞恥心で顔に熱が集まるのが分かった。真っ赤になった頬に手を添える。
「そろそろ行こうか。せっかくのデートなのに時間がなくなってしまう。」
「誰のせいよっ!!」
今度は元凶であるイオンがアレシアの手を取った。大きな声で文句を言いながら暴れるアレシアのことを宥めすかしながら連れて行った。
アレシアの手を引く彼の横顔はどこまでも幸せそうであった。
「ファニス、クロエ」
少し距離をとって護衛をしていた二人は、すぐイオンの側にやってきた。
「護衛は不要だ。二人も街散策を楽しむと良い。」
「「は!??」」
二人は息ぴったりに驚きの声を上げた。
その反応に互いに目を合わせ、その後気まずそうに目を逸らした。
「そうよ!ファニスとクロエも目立つ側の気持ちを思い知ればいいわ!!」
アレシアは完全に八つ当たりであった。
「しかし、我々は護衛としてこちらに…」
気遣いを無視するファニスに、イオンは一瞬考える顔をしてまた口を開いた。
「では、任務を与えよう。クロエと二人で、この街で最も人気のある食べ物を買って戻ってくるように。だが、急がなくていい。僕もアレシアとの二人きりを満喫したいからね。」
イオンはファニスに意味ありげな笑顔を向けた。主君にここまでされ、ファニスに断ることなど出来なかった。
「お心遣い感謝申し上げます。必ずや期待に応えられるものを買って参りましょう。では、クロエ行きますか。」
「はい、ありがとうございます。イオン様、アレシア様。」
二人は深々と礼をすると、ファニスのエスコートで街の中に消えていった。
「さて、邪魔者もいなくなったことだし、僕らも楽しもうか。」
「まったく…」
イオンはアレシアに極上の笑顔を向けると、意気揚々と街に繰り出して行った。




