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えっ⁉︎俺が地黄八幡⁉︎  作者: XxxpvqxxX
元服前
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7/9

7話

大永元年 1521年 3月甲斐国 本栖城


本栖城は呆気なく落ちた。

今回の出兵に際して全ての兵を一度曳馬城に集めた。其処で1週間過ごした。

西遠江に兵を集めたことで、三河への討ち入りだと思わせ、三ツ者を惑わせ誤情報を甲斐に伝えた後、其処から一気に、転進して甲斐に侵攻した。転進後街道を封鎖し、素破を多数放ち情報を甲斐に与えなかった事も有り、碌な抵抗もさせず数時間で攻め落とした。本栖城は仲道往還の監視の為の城だったが機能させなかった。

その後3日程、休養をとって東進した。



大永元年 1521年 5月 甲斐国 右左口


2ヶ月程を掛けて勝山城、御坂城、富田城などの諸城を落としていった。現在の軍勢は7000程。攻め取った城に抑えの為に兵を少しばかり残している。今は、親父が、右左口に来るまで此処で陣を引いて待っている。予定通りに攻略が進んでいる為なのか、戦が長く続いてる為なのか、ストレスが溜まり、それを発散する為なのか国人衆の兵の中で乱取りを行う者が出た。

今後の甲斐統治を考えて今回の出兵での乱取りを行なう事は、予め禁止していた。その為軍規違反として被害者たちの目の前で容赦なく首を刎ねて首を晒している。少しでも怨恨を減らす為だ。

これは織田信長が行なっていた『一銭斬り』を当家でやっている形だ。

 ただ、それだけだと兵士達を押さえつけるだけで暴発の可能性もある。当家直属の兵であればしっかり訓練されてるから大丈夫だが、国人達の兵は農民兵だ。休息を与えたり、恩賞の銭の一部を今、前もって渡して、女を買いに行く自由を与えた。


大永元年 1521年 6月 甲斐国 右左口


「若」

「なんだ?」

「後、一刻程で、此方に到着するようです。」

傅役の美濃守が報告してきた。

予想よりだいぶ早い。此方が此処に着いてからまだ2週間程しか経っていない。まず此方が通って来た仲道往還は甲斐〜駿河間を結ぶ道路で最短のルートだった。それに加え難所も無く行軍での苦労は無かった。だが、親父が通っている甲州往還は距離も長く、難所も多い。道幅が1メートルちょっとしかないところもあるのだ。此れから雨季に入るから、富士川が渡れず立往生すると思っていたのだがな。


「握り飯と汁物を用意しろ。向こうはかなりの強行軍だろう。水は一度煮佛させてから使う事を忘れるなよ。腹を下すからな。」

直ぐそばに控えていた炊事部隊の隊長の者に命令した。当家では、炊事専門の部隊が存在する。付近の村で山菜などを買いに行かせたり、金を持たせているので、数人の忍びがこっそりと見張ってもいる。炊事部隊に敵が紛れ込んで毒を入れる可能性もある為、それも含めての常時監視だ。

食事は普通であればこの時代、行軍中は干し飯と焼き味噌に梅干しだ。だが、正直言うと現代を生きていた俺にとってこれは厳しかった。合戦中であれば仕方ないが、それ以外であればしっかりとした物を食いたい。兵達の士気も上がる事だしな。

水についても一度火を通すことを徹底させている。戦場に置いて病になる事は命取りになる。それに国人達にとって足軽を失う事は大損害だ。自らの領民だからな。税収に影響する。生きていれば、助けようとし、それでその救護に余計に人を使い被害を拡大させる。戦をしに来ているのに戦死なら兎も角、病で死ぬなんて無駄死に以外の何物でもない。

当家の兵は金で雇っている言わば傭兵だ。言っては悪いが金さえあれば換えがきくからな。まだ良い。



半刻程したら、視界の奥の方に軍勢が見えた。凡そ1万くらいだろうか。それから15分程して此方との距離が150メートルくらいの距離になって行軍が止まり、30名ほどが此方に向かって来た。



「お待ちして降りました。かなりの強行軍だったようで、握り飯と味噌汁を用意して降りますので、兵達にも休ませてあげてください。」


よく見ると、親父や一緒にいる者達の鎧にも土汚れなどで、少し汚れている。



「済まんな、間も無く雨季に入る。忽ち川の水が増水して、甲州往還を使い物にならなくなってしまう。よって、その前に通過しようとかなりの強行軍を敷いた。

数日兵達を休ませたい。」




丸4日兵達の休息に使い、17000の軍勢で躑躅ヶ崎を目指した。この4日で進撃のルートを皆で話し合ったが、笛吹川に沿って少し東進し、真南から躑躅ヶ崎を目指すようにした。釜無川方面から行くと、荒川で戦闘になる可能性がある。荒川は名前のとうり川の流れが荒い。史実で負けている事もあり避けたかった。その為此方のルートにした。




そして今、此方と武田は重川を挟んで対峙している。


此方の兵力ら凡そ17000相手の兵力は2000程だ。数の上では此方が圧倒的に上回っているが、油断はできない。相手は武田信虎だ。敵の本陣に大井氏の旗も見える為そこに大井信達もいるのだろう。此方の陣容だが、3つの陣に別れている。先陣に福島越前守に福島越後守、福島常陸介親子を大将に遠江の国人達、計6000。2陣目が本陣となっており、親父が率いる福島家の兵が6000。後陣が俺を大将に福島助春と傅役の美濃守、原友胤親子と備中守がそばに控えており、兵力は5000だ。朝比奈も此処にいる。


「進軍せよ‼︎」

父上が命を下すと、法螺貝が鳴り響き、先陣の兵6000が前進し、重川を渡り始めた。先陣の兵は皆、竹を束にし纏め盾として持たせている。

竹であっても束に厚みを持たせているから川を渡り終えるまで、敵の矢から身を守る程度の時間稼ぎくらいはできる。竹は軽いので、動きが阻害されにくい。甲斐が山国という事もあって、どこでも簡単に取れ、右左口で親父の到着を待っている間に調達しておいたのだ。

本陣と後陣も先陣に合わせ少しずつ前進する。



武田の兵から矢が雨あられと飛んでくるが、盾でしっかりと守っている為、損害は100にも満たない。そのまま突き進み武田の先陣とぶつかった。



6000対2000で数的には圧倒的だが、敵が守備に徹している事もあり、中々押し込めない。決め手に欠けるという状態になって、此方の本陣から法螺貝が鳴り響いた。それに伴い敵の中陣で陣形が乱れ始めた。甘利虎泰と、小畠虎盛が寝返った。



「美濃守、備中守、各々1500の兵を率いて左右から迂回して敵本陣を奇襲せよ。俺は2000を率い、退路を断つ。友胤と助春、朝比奈殿はは俺とともに来い。武田信虎と大井信達を逃してはならん。武田は甲斐の守護だ。逃亡先の家に甲斐出兵の大義名分を与えたくない。此処で確実に殺さなくてはならん。馬ひけーっ!」

「「「「はっ」」」」



美濃守が左から、備中守が右からそれぞれ兵を率いて、敵本陣目掛けて突き進む。俺はその隙に2000の兵と裏に回り潜んでいる。

敵は、数の多い此方の軍勢に苦戦して、本陣への奇襲に反応できず、武田の軍勢はそのまま壊滅した。




武田信虎side



まさか、これ程までに惨敗するとは。要害山城まで引き、其処で籠城するしかないか。捲土重来、今は、耐え忍ぶ。いずれ必ず叩き潰してくれる。福島も今川も絶対に許さん。


そう決意し、退却を指示した。退却を始め軍を反転させると、前方に沢瀉紋の旗が一斉に翻り、大量の矢が降ってきた。



side end


「今だ、旗立てーい!。弓隊…一斉射放てーい!」

「第2射よーい。放てーい!」


俺たち2000は背後に回り撤退してくる敵の正面に回り込み、武田軍が反転し退却し始めると一斉に矢を射かけた。

突然の奇襲に敵は直面し、バタバタと倒れていった。

「今が、好機! 全軍かかれー!武田信虎の首を上げるのだー!」


ワーッと兵士が吶喊して行く。


そして遂にその時が訪れた。

「武田信虎、打ち取ったー!」

その声が聞こえると一部の武田の兵で武器を落とす兵がで始めた。

「おらは、降伏するぞー」

「んだんだ、お殿様は死んじまっただー」

信虎討ち死にの報を受け武田兵達の士気は急落し、崩れていった。











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