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第31章

 責めるような母親の態度に、アリアは明らかな拒絶の色を示した。彼女は母親の問いには答えず、黙って部屋を出ようとした。これまで娘が一度も示したことのなかった、その反抗的で煩わしげな態度は、ノンナをひどく狼狽させた。彼女は思わず、娘を呼び止めた。

「お待ち!」

 アリアは眉を顰め、碧玉のような瞳に、怒りと拒絶の色を浮かべたまま、振り返って母を睨み返した。だが、母は更に娘を詰問した。

「おまえ、どうなんだい?どうして、母さんの質問に答えないの。今までまさか、王子様と一緒だったのではなかろうね?」

 ノンナの度重なる詰問は、アリアの心に宿った怒りを更に強くした。彼女は正面から母親を見据え、これがあの従順だった娘なのかと思われるほど、きっぱりとした態度で答えた。

「ええ、仰るとおり、これまで王子様とご一緒に居りました。今日だけじゃない、これまでもずっとそうだったし、これからもずっと一緒なのだと、私たちは誓い合ったわ。母様こそ、それなのになぜ私をお咎めになられるのですか」

 娘の口から溢れた言葉に、ノンナは思わず顔を歪め、手を挙げて彼女の柔らかい頬を打った。ノンナが娘を打つのは、これが初めてのことであった。アリアは驚き、目を見開いたまま座り込み、凍りついたように動けなくなってしまった。ノンナの柔和な顔は歪み、双の瞳には涙が浮かんでいた。彼女は声を震わせながら、娘に言った。

「馬鹿な子だよ。おまえは何も、分かっていないのだね。たしかにおまえは美しい、まるで満月か、日輪のようだよ。何も王子様でなくたって、どんな君子もおまえの姿に喜び、おまえを愛さずにはいられないだろう。けれども、アリア、よくお聞き。人間には、生まれ持ったさだめというものがある。どんなに王子様がおまえを愛して下さろうと、おまえを大切に思って下さろうと、おまえは、王子様の妻となることなどできないのだよ」

「なぜ?」

 アリアは思わず問い返した。

「母様、それはなぜなの?王子様は私に、きっと結婚しようと仰ったわ。嘘ではございません、その貴いお心から、本当にそう仰って下さったのでございます。それなのにどうして、私たちが結ばれていけないわけがございましょう」

「おまえはまだ、わからないのかい!」

 ノンナは更に、深い皺の刻まれた面を苦痛に歪めた。

「おまえくらいの歳になれば、ものの分別がついてもいい頃だろうに、全くおまえという子は!いや、こうなったのも、おまえを育てた私の責任だ。やはりおまえと王子様は、一緒に育てるべきではなかった!その僭越に、自ら気付かぬとは。おまえと王子様は、幼い頃から本当の兄妹のように仲がよかった。私はそれが、孤独な身の上のあの方にも良かれと思い、敢えてそのままにしておいた。それが今となって、おまえも王子様も苦しめることになろうとは。おまえたちはまだ子供だとばかり思っていたのに、このようなことになるなんて!アリア、私は何も、おまえを責めていうのではない。娘が愛する者と結ばれて幸福になることを、願わぬ母はどこにもいない。ただ私は、おまえが苦しむさまを見るのが辛くてたまらぬ。おまえは所詮、ただの下女でしかなくて、王子様は王子様なのだよ。おまえにとって王子様が何であろうと、王子様は王子様、おまえはただの下女にすぎないのだよ。おまえが王子様と結ばれることはまずあるまい、もしあったとしても、所詮下女でしかないおまえは、妾としてあのお方にお仕えするほかはあるまいよ。アリア、どちらにしても、王子様を愛する限り、おまえは茨の道を進み、苦杯を嘗めねばならないのだよ。私は、そんなおまえの姿を見たくはない・・・・・・。母さんの言うことをわかってくれるね、アリア」

皺の刻まれたノンナの眦から涙が流れ、萎びた彼女の頬を伝って落ちた。涙に濡れた目で、彼女は真っ直ぐに娘を見つめた。アリアは、全てを理解した。彼女の細い弓のような眉の弧が歪み、大粒の涙が碧玉のような双眸から溢れ出た。

嘆き悲しむ娘を、ノンナは優しく抱きしめた。彼女はもう、娘に何も言うことはなかった。泣き疲れたアリアが幼子のように眠るまで、ノンナはずっと、その栗色の巻き毛を優しく撫でてやった。

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