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第29章

 アリアは話し終えると、俯いたままの王子の顔をじっと覗き込んだ。切れ長の双の瞳は静かに閉じられ、そこから彼の表情を窺い知ることはできなかったが、彼の蹲った長身の体躯は、小刻みに震えていた。アリアは王子に何か言おうとしたが、その様子に気圧されて戸惑い、言葉を飲み込んだ。彼女は彼の表情から、その心の内を読み取ろうとしたが、目を閉じた彼の面は無表情で、彼が自分の話に驚き、うろたえているのか、それとも苦悩しているのか、それすらも彼女には知る由もなかった。

 突然、傍らにいるはずの王子が、もう自分には手の届かないどこか遠くにいるような、奇妙な感覚がアリアを襲った。彼の閉じた眼が自分を拒絶し、外界と彼自身を隔てているかのように感じられ、幼い彼女はうろたえた。王子はやがて、ゆっくりとその切れ長の、青い双の目を開いた。青い瞳はいつもと変わらず美しかったが、まるで冷たい宝石のように虚ろであった。彼はまるで、アリアなど初めから側にいなかったかのようにすっくと立ち上がると、もうすっかり濃い闇に包まれた東屋を出ようとした。

「お待ち下さい!」

 アリアは思わず、王子を呼び止めた。彼は立ち止まり、振り返った。彼は、まるで今初めてアリアがいることに気付いたかのように、大きく双眸を見開いた。彼女は思わず、彼に縋りついた。

「王子様、どこへ行こうとなさるのです?もうこんなに暗いというのに。お願いです、どこへも行かないで。どうか、このアリアの側に居らして下さいまし」

 王子は少女の様子を見て、怪訝そうに微笑んだ。

「一体おまえは、何を言い出すのだ?私は、どこへも行きやしないよ。どこへも、行けやしない・・・・・・」

 王子は一瞬の間、再び目を閉じ、空を仰ぐように頭を上げた。そして優しく、少女をその両腕に抱きしめた。

「私はここにいるよ。おまえを置いて、どこへも行けるものか」

 王子の青い双眸が、優しくアリアの碧玉のような瞳を捉えた。彼女の瞳から、大粒の涙がこぼれ出た。

「私は・・・・・・、王子様が・・・・・・、どこか遠くへ行っておいまいになるような、そんな気がして・・・・・・、私が一緒に参ることのできない、遠いところへ・・・・・・」

 アリアはしゃくりあげながら訴えた。少女の愛らしい唇から洩れる言葉は、王子の心に、優しい、憐れみにも似た感情を巻き起こした。彼は少女を愛しく思い、柔らかいマントの端で、そっとその涙を拭ってやった。

「アリア」

 王子は少女の肩を優しく抱き、そのまま再び東屋の椅子に腰を下ろした。辺りの夕闇は静寂に満たされ、彼の声だけが、アリアの心に、まるで音楽のように響いた。

「子供の頃に、大人になったら結婚しようと、約束したのを覚えている?」

 アリアの白磁のように滑らかな頬が、ふっと紅潮した。その様子を見て、王子は一層優しく、彼女を広い胸に抱き閉めた。彼女のふっくらとした体は柔らかく滑らかで、まるで花の蕾のようであった。彼は優雅に丸みを帯びた背まで垂れる、アリアの艶やかな栗色の巻き毛を撫で、まるであやすように囁いた。

「私はおまえの話を聞いて・・・・・・、いや、もう何も言うまい。私は変わらず、永遠にここに留まらざるを得ないのだから。私には、いつまでも変わることなく、この東屋に佇み続けるよりほかないのだから。アリア、私は、形ばかりの王子である以外の私自身を知らない。だが私は、おまえのものだよ。私は、ずっと変わらず、おまえの側にいることを誓おう。だからおまえにも、変わらずずっと、私の側にいて欲しいのだ」

 幸福な思いに満たされ、アリアは王子を見上げた。彼はそっと、アネモネの紅い葩のような、少女の唇に接吻した。闇が二人を包み、甘美な優しさが彼らの心に溢れた。

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