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第26章

 アーロンの息子は満月のように美しく、屈託なく育った。誰もがこの幼子を愛していたが、父親であるアーロンだけは、息子の存在を受け入れることができずにいた。子供は無心に父親を慕い、何かにつけてアーロンに纏わりつこうとしたが、アーロン自身はどう子供に接してよいのかわからず、ぎこちない笑みを返して乳母に子供を退がらせるよう命じるばかりであった。

 実際アーロンは、息子の全てに戸惑わざるをえなかった。彼は、自分の息子に対してある種の嫌悪感、否、寧ろ恐怖心すら抱いていた。子供は、元々生き写しといってよいほどアーロンによく似ていたが、成長するにつれ、その度合いは益々大きくなるようであった。自分によく似た少年が、屈託なくしている様子を見るにつけ、アーロンは貧しくても幸福だった自分の過去を否応なく思い出した。そしてそれは、ジーナの幻影へと続き、アーロンを更なる絶望の淵へと追い遣った。その一方でアーロンは、少年の自分に似ていない部分―即ち、その空のように澄んだ青い目と、ふさふさとした金色の髪―にも、戸惑いと苛立ちを隠すことができなかった。それがヨアンナと、血塗られた復讐の光景を連想させたからだ。少年がその澄んだ青い目で自分を見上げるたびに、アーロンの脳裏には、血腥い殺戮の際に感じた、身を蕩かすような残虐な快感と、純粋に彼を慕い、まさにそのことによって彼を奈落の底へと突き落としたヨアンナの姿が浮かんだ。そして彼は、更に深い苦悩に襲われるのであった。

 ―ヨアンナは、死して尚その澄んだ目で私を苦しめる、この子供を使って。あの復讐の日に感じた興奮と快楽は、今となっては地獄の業火となって私の身を焼き滅ぼす。吐き気を催すような、私自身の心の闇・・・・・・。そして、そのために己の身を供し、私にこの罪の子を遺したヨアンナ。あの娘は私を永遠に苛み続けるために、この子供を生んだのか?それも、自分の命と引き換えに。この子は、あの娘の生まれ変わりなのであろうか。ヨアンナ、私を許してくれ。頼むから、もう、その目で私を見るのは止めてくれ・・・・・・。

 やがて時が経ち、子供も分別のつく年頃になると、もう幼い頃のように、無邪気にアーロンのほうへ腕を伸ばすことはなくなった。幼子は子供なりに、父であるアーロンの、自分の姿を見たときの、うろたえように気付いていたようでもあった。彼はやがて、自らアーロンを避けるようになっていった。まるで父親の姿を見ることが、禁忌そのものであるかのように。

 そうしてアーロンが息子を避け、息子もまたアーロンに近づかぬまま、何年もの時が過ぎた。アーロンは、苦悩のうちに歳を重ねた。深い絶望と虚無のために、彼の髪はすっかり白くなり、その美しかった面には、深々と皺が刻まれていた。すらりとした長身だった体は曲がり、最早リュートを奏でなくなったその手は、しなやかさと柔らかさを失っていた。皺深い瞼の奥のアーロンの双眸は、この何年もの間、政務だけに没頭せざるを得なかった、彼の深い悲しみと苦しみを物語るようでもあった。

 一方、アーロンの息子は、以前のアーロンによく似た美丈夫に成長した。象牙のように白い肌、すらりとした長身の体躯、高い額、切れ長の、杏仁形をした目の形、細く尖った高い鼻梁、うっすらと笑みを含んだような、薄く形のよい唇。どこひとつをとっても、彼は驚くほど若き日のアーロンに似ていた。ただ、母親似の艶やかに長い金髪と、空のように澄んだ青い目の色を覗いては。アーロンの息子である王子は、成長するにつれ、何もわからぬ子供の頃に見せていたような屈託のなさは失っていった。それでも、彼の伸びやかな美しさは、誰の心をも虜にした。

 ある日のこと、王子は、甘い香りの漂う花園の中心にあるあずまやで、独り物思いに耽っていた。彼は時間の許す限り、いつもここで過ごすことを常としていた。

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