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第24章

  アーロンのリュートの音色に、王妃ヨアンナの葬列に加わっていた人々は、皆肌が粟立つのを感じた。誰もが、彼のリュートが齎した悪夢のような惨事のことを知っていたからである。ある者は体を硬直させ、ある者は思わず辺りを見回し、逃げ場を確保しようとした。だが、皆が恐れているようなことは、何も起こらなかった。かつて王宮を地獄に変えたアーロンと今の彼自身は、まるで別人のようであった。彼は、最早荒ぶる若い男神ではなく、打ちひしがれ、絶望しきった一人の人間であった。人々はやがてざわめくのをやめ、彼の様子をじっと見守った。

 アーロンは苦渋の面持ちで、弔いの曲を奏でた。彼は、かつては最初の妻であるジーナのために奏で、そして自らの復讐のために奏でたこの曲を、今は二人目の妻であるヨアンナのために奏でていた。だがその調べは、もう彼がかつてそれを奏でたときのような、激しい渦のような悲しみも、怒りも、興奮も感傷も、何も表してはいなかった。彼の心は疲れ、乾ききっていた。彼は最早そうした感情すらも抱くことはなく、そして涙を流すこともなかった。ただ彼の心の中には、幾つもの疑問ばかりが、まるで潮のように込み上げていた。

 ―何故ヨアンナは、自分を愛してもいない私を愛し、私の子を産んだ?そして何故、あの娘は死んだ?私はあの娘にとっては仇であり、命を捨てる価値などない男であるのに。そして何故、愛してもいないあの娘との間に、私の子は生まれたのだろう。あの子供が生まれてこなければ、私は王となることもなく、この宮殿に縛り付けられることもなかったのだろうか。あの赤子は誤謬そのものだ、怖しい誤謬だ。あれは怖しいほど私に似ているに、そのくせ私が愛してもいなかった母親と同じ目と髪を持っているのだ。

 ―哀れなヨアンナ。私は、あの娘を愛するべきだったのだ。だが、どうしてもそれはできなかった。ヨアンナ自身、それはわかっていたはずなのだ。それなのに、あの娘は私のために死んでしまった。だが今となっても、私はヨアンナを哀れには思っても、愛することはどうしてもできないのだ。

 ―ジーナ。ジーナは何故、ここにいない?ヨアンナ、おまえにはわかるだろうか。おまえであれば、私の問いに答えてくれるだろうか。何故ジーナは、私の許を離れていってしまったのだろう。誰もがジーナを愛していた、そして誰よりも、この私自身が。そしてジーナもまた、私を愛してくれていた。それなのに、何故ジーナは私の手の届かない、遠いところへ行ってしまったのだろう。誰からも愛されていたジーナが何故?

 ―ジーナは私の許を去り、私には永遠の孤独と、罪と誤謬の申し子である、この赤子だけが遺されている。この子供は、一体何者なのだろう。私は復讐を果たし、勝利したつもりでいたが、果たして本当にそうなのだろうか?もしそうでないとしたら、私は一体誰に負けたのだろう?ヨアンナか?いや、違う。だが、それでは一体・・・・・・。

 やがて、亜麻布に包まれたヨアンナの亡骸は、白檀の祭壇に乗せられた。祭司が、祭壇に火をつけた。アーロンのリュートの調べとともに、祭壇から立ち上る煙は、天に吸い込まれていった。青く高い空の向こう、やがて煙が至るその場所は、黄泉へと至る世界の果てなのであろう。祭司が祈りを唱え、人々は跪いた。アーロンは、ヨアンナの亡骸が白い灰となるまで、耐えることなくリュートを奏で続けた。黄泉へ至ったヨアンナの魂が安らぎを得るのか、それはアーロンにはわからなかった。けれども、少なくとも、彼女はアーロンの子を生むことで、この世に彼女のいたことを示した。そして、こことは違うどこか、もう愛したり苦しんだりすることのない、別の場所へ行ったのだ。

 リュートを奏でていたアーロンに、突然、彼の息子をあやしていた乳母が近づき、恐る恐る声を掛けた。

「陛下、王妃様も、今やお隠れになられました。今一度、お願い申し上げます。どうか今こそ、お世継ぎにお名前を!」

 乳母の言葉に振り返ったアーロンは、じっと幼子を見た。赤子は無心に笑い、小さな手を彼のほうに伸ばしていた。彼は息子に、優しげな、それでいて憎々しげでもあるかのような、複雑な笑みを投げかけた。彼は一瞬呆然としたが、やがて乳母を無視し、リュートを抱えたまま、皆のほうへ向き直った。その表情は、これまでの廃人のような彼のものとは、明らかに違っていた。

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